2015年05月21日

さよなら、レターマン! 最後まで“ホスト”であり続けた男


現地時間20日、CBSの深夜トークショー番組
『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』が
最終回を迎えました。

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デイヴィッド・レターマン


この番組は、デイヴィッド・レターマンという
アメリカの国宝級コメディアンが司会を務める平日の帯番組で、
1993年8月30日に放送を開始した番組です。

それ以前にも、レターマンはNBCで
『レイト・ナイト・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』という
番組の司会を担当していたので(詳しくはこちら)、
今回、レターマンは、33年間に及ぶトークショーホストのキャリアに
自ら終止符を打ったことになります。



昨年(2014年)3月、日本のフジテレビでも
『森田一義アワー 笑っていいとも!』が最終回を迎えましたが、
終了間近の『いいとも!』に豪華ゲストが押し寄せたように、
『レイト・ショー』でも最終回に向けて特別な趣向が凝らされました。

『レイト・ナイト』初回(1982年2月1日)でも
『レイト・ショー』初回(1993年8月30日)でも最初のゲストだった
ビル・マーレイは、2015年5月19日、
『レイト・ショー』最後のトークゲストとして出演。
彼は、「レターマンが深夜トークショーホストになった日」と
「それを終えた日」の両日に立ち会ったわけですね。

もちろん、レターマンの盟友であるマーレイは
「最初」と「最後」だけではなく何度もレターマンの番組に出演しており、
5月19日の放送では名場面集が放送されました。
この名場面集からは2人の仲の良さが伝わってきます。





深夜トークショーには音楽ゲストが付きものですが、
中でも『レイト・ショー』は音楽ゲストの人選に力を入れており
(超有名ミュージシャンから新進気鋭のバンドまで)、
私もこの番組の音楽コーナーで多くのアーティストを知りました。
そういえば、フェニックスも『1901』を歌いに来ていたっけ……。



2015年5月19日(つまり最終回の一つ前の回)には
1993年以来22年ぶりの『レイト・ショー』出演となる
“生ける伝説” ボブ・ディランが登場しました。
今回、ボブ・ディランが歌ったのは、
今年2月に発表されたニューアルバムに収録されている曲です。

国民的長寿番組の実質的なレギュラー最終回ですから
普通だったら特別な曲で華々しく盛り上げるところですが、
レターマンの『レイト・ショー』は
最後まで音楽コーナーを「歌手のプロモーションの場」として設定。
レターマンは、あくまでもホスト(仕切る側)として
ある意味で淡々と『レイト・ショー』のラストを飾ったのです。




――そして迎えた2015年5月20日。
レターマンが司会を務める最後の『レイト・ショー』は、
ジェラルド・R・フォード元大統領の有名な就任演説
「Our Long National Nightmare is Over...」を引用した
映像コントから始まりました。

ジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントン、
ジョージ・W・ブッシュの歴代大統領(いずれも本物)が登場し、
バラク・オバマ現大統領が「オチ」を担当しています。
アメリカのバラエティ番組と政治家の関係性は本当に独特ですね。



映像コントの後、レターマンがいつものように登場。
収録スタジオのあるエド・サリヴァン・シアターの観客は
スタンディングオヴェーション(総立ち)でレターマンを迎えます。

さらにその後、最終回ならではの
懐かし映像や撮り下ろし特別映像が放送されました
(『もしもレターマンがタコベルで働いたら』は不朽の名作!)。




番組の名物コーナー「Top Ten」は、
毎回、1つのお題に10個のジョークを当てはめる
レターマンの「一人大喜利」的なコーナーです。
最終回のお題は、「前からデイヴに言いたかったこと」。

記念すべき最終回ということで、
10のジョークを言うために10名のサプライズゲストが登場。
ビル・マーレイ、スティーヴ・マーティン、バーバラ・ウォルターズ、
アレック・ボールドウィン、ジェリー・サインフェルド、
ジム・キャリー、ティナ・フェイ、クリス・ロックらが華を飾りました。



『レイト・ショー』の後任司会者:スティーヴン・コルベアに
愛情あふれるエールを送り、ついに別れの挨拶。
レターマンが「Thank you and Good night.」と言い終えると、
フー・ファイターズが『Everlong』の生演奏を開始します
(この曲はレターマンの一番好きな曲)。
音楽とともに映し出されるのは、懐かしの映像と写真です。



本当の本当のラストは、スタッフクレジットでお別れ。
『レイト・ショー』をめぐっては
過去には脚本家ストライキ騒動(2007年)などもありましたが、
この番組が多くのスタッフに支えられていたことは
紛れもない事実だし、視聴者も理解しておくべきことでしょう。




――さて、レターマンといえば(?)、ジェイ・レノ。
長年に渡る2人の対立関係は
このブログでも過去に触れた通りですが(詳しくはこちら)、
自身の冠番組の最終回でも2人の違いは明確に現れていました。

昨年(2014年)2月に放送を終了した
NBC『ザ・トゥナイト・ショー・ウィズ・ジェイ・レノ』最終回にも
やはりサプライズゲストたちが登場しましたが
(ビリー・クリスタルやオプラ・ウィンフリー、ジム・パーソンズなど)、
自らの冠番組の最終回におけるレノは
ゲストたちから「お別れの歌」を聴かされる「受動的」な立場。
番組ホストであるはずのレノが、
最終回ではまるでスペシャルゲストのように扱われていたのです。

これに対し、『レイト・ショー』最後の
音楽コーナーでもボブ・ディランの新作アルバムを紹介し、
名物コーナーではゲストたちをネタ要員に「使用」したレターマンは、
最後までホスト(仕切る側)であり続ける「能動的」な立場でした。
私は、まさにこの点にこそ、2人の違いが現れているように思います。

人気者として「花束を贈られる側」になる道を選んだレノと
最後まで「Master of Ceremony」であり続けたレターマンは、
やはり、コメディアンとして対照的な存在だと言わざるを得ません。
(ちなみに、ここでの「能動的」「受動的」とは
「番組内で出しゃばっているか否か」とはまったく異なるお話です。)



――デイヴィッド・レターマンは引退してしまいましたが、
『レイト・ショー』の看板自体は存続します。
今年9月から始まる新生『レイト・ショー』の司会者は、
コメディ・セントラルの風刺バラエティ番組『コルベア・リポー』で
不動の地位を獲得したスティーヴン・コルベア。
レターマンの後継者と呼ぶにふさわしい人気コメディアンです。

この2人は過去にも『レイト・ショー』で共演していますが、
それだけではなく、昨年(2014年)12月の
ケネディ・センター名誉賞授賞式でも「共演」しています
(ケネディ・センターはこのブログにしばしば登場しますね……)。



動画をご覧頂ければ分かるように、
2012年の名誉賞受賞者:デイヴィッド・レターマンが
2014年の名誉賞受賞者:トム・ハンクスの業績を紹介するために
プレゼンターとして登場するのですが、
なぜかスティーヴン・コルベアも舞台後方からやって来てしまう。

場違いのコルベアに向かってレターマンが一言、
「Not yet. (まだ早いよ)」。
――これは、翌年(2015年)に控えた
コルベアの『レイト・ショー』司会就任と絡めたギャグですね。
アメリカ在住者なら笑わざるを得ない楽屋オチのギャグです。

ちなみに、なぜ同授賞式の場にコルベアが居たのかというと、
この年の授賞式ではコルベアが司会役を務めていたから。
同授賞式には大統領夫妻が出席するのが恒例ですが、
司会のコルベアは「本日は素晴らしい方にお越し頂いております。
……ミシェル・オバマとその夫です」
といったシニカルなジョークを本人たちの前で飛ばしていました。



――何はともあれ、デイヴィッド・レターマンという
国宝級のコメディアンが国民的番組『レイト・ショー』を去り、
アメリカのテレビ界では着々と世代交代が進行しています。
今年8月には、ジョン・スチュワートも
コメディ・セントラルの『ザ・デイリー・ショー』を降板予定です。

今年9月からは、コナン・オブライエン(TBS『Conan』)、
ジミー・キンメル(ABC『ジミー・キンメル・ライヴ!』)、
ジミー・ファロン(NBC『ザ・トゥナイト・ショー』)、
そしてスティーヴン・コルベア(CBS『レイト・ショー』)らが
「深夜トークショー戦争」で熾烈な争いを繰り広げることになります。

深夜トークショーのホストになることは、
アメリカのコメディアンの最終目標と言っても過言ではありません。
「夢を叶えた男たち」が今後どのような競争を展開するのか。
そして、彼らの番組から次代を担うコメディアンが登場するのか。
世代交代と切磋琢磨を繰り返し、コメディ界は進化していくのです。
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2015年02月26日

アカデミー賞の“名”司会者は一日にして成らず


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左上から ホープ、クリスタル、ゴールドバーグ、マーティン、
スチュワート、デジェネレス、マクファーレン、ハリス


このブログでもお伝えした第87回アカデミー賞授賞式ですが、
 →『“ミュージカル司会者”ニール・パトリック・ハリスの歩み(進行形)
ニール・パトリック・ハリスの今年の司会ぶりをめぐっては
本国アメリカで評価が分かれているようです。

「おおむね好評だった」というのはその通りなのですが、
「オープニングナンバーが素晴らしかった」という意見がある一方で
「凡庸だった」「パッとしなかった」との意見もあるとのこと。
「悪くはないけど、良くもないよね」という辛辣な声も聞こえます。



そんな中で、私がその内容に最も納得したのは、
ロサンゼルス・タイムズ紙のスティーヴン・ザイトチック記者による
Oscars: Why Neil Patrick Harris
 (and everyone else) is wrong for the job
』というコラム。
「たしかにハリスの司会はイマイチだったかもしれないけど、
 そんなこと言ったら誰だってイマイチじゃないか」という内容です。

1990年代以前のアカデミー賞授賞式といえば
ボブ・ホープやジャック・レモン、ビリー・クリスタルなどの
コメディアンたちによる華麗なる司会ぶりが思い浮かぶわけですが、
2010年代を生きる私たちは、もしかしたら
彼らの司会ぶりをあまりに過大評価しすぎているのかもしれません。

もちろん、彼らの司会が「イマイチ」だったと言うつもりはありません。
他でもないクリスタルの司会を見て私はオスカーにハマったのだし、
彼らの司会ぶりが素晴らしかったことは「歴史的事実」でしょう。
しかし、人間が過去を美化しがちな生き物であることもまた事実であり、
彼らの「亡霊」を神聖視し続けるのであれば
私たちは「昔はよかった」というたわ言しか吐けなくなると思うのです。



過去のオスカー司会者を振り返ってみると分かることですが、
著名なコメディアンだからといって
オスカー司会者として好評を博すというわけでもなければ、
オスカー司会者としてその後定着するというわけでもありません。

1985年: ジャック・レモン(4)
1986年: アラン・アルダ/ジェーン・フォンダ(2)/ロビン・ウィリアムズ
1987年: チェヴィー・チェイス/ゴールディ・ホーン/ポール・ホーガン
1988年: チェヴィー・チェイス(2)
1989年: (不在)

1990年: ビリー・クリスタル
1991年: ビリー・クリスタル(2)
1992年: ビリー・クリスタル(3)
1993年: ビリー・クリスタル(4)
1994年: ウーピー・ゴールドバーグ
1995年: デイヴィッド・レターマン
1996年: ウーピー・ゴールドバーグ(2)
1997年: ビリー・クリスタル(5)
1998年: ビリー・クリスタル(6)
1999年: ウーピー・ゴールドバーグ(3)

2000年: ビリー・クリスタル(7)
2001年: スティーヴ・マーティン
2002年: ウーピー・ゴールドバーグ(4)
2003年: スティーヴ・マーティン(2)
2004年: ビリー・クリスタル(8)
2005年: クリス・ロック
2006年: ジョン・スチュワート
2007年: エレン・デジェネレス
2008年: ジョン・スチュワート(2)
2009年: ヒュー・ジャックマン

2010年: スティーヴ・マーティン(3)/アレック・ボールドウィン
2011年: ジェームズ・フランコ/アン・ハサウェイ
2012年: ビリー・クリスタル(9)
2013年: セス・マクファーレン
2014年: エレン・デジェネレス(2)
2015年: ニール・パトリック・ハリス

1990年代のアカデミー賞授賞式では
クリスタルとゴールドバーグがほぼ交互に司会を務めましたが、
2000年代に入ってからは毎年のように司会者が交代しています。
スティーヴ・マーティンやジョン・スチュワート、
エレン・デジェネレスが複数回司会を担当してはいるものの、
彼らの司会が全方位的に大喝采を浴びたという事実はありません。

エディ・マーフィが司会を突然降板したという事情もあって、
2012年の授賞式ではクリスタルが司会に復帰しました。
もちろん、8年ぶりとなる彼の司会は好評ではあったのですが、
彼が「神業」を見せたかというとそんなことはありませんでした。
その証拠に、以前は常に噴出していたクリスタル司会復帰待望論も、
2012年の授賞式以降はすっかり影を潜めてしまいました。

視聴者はもはや、スチュワートにも、デジェネレスにも、
そして「Mr.アカデミー賞」ことクリスタルにも、
オスカー司会者としての積極的な価値を見出さなくなっているのです。
現在の視聴者はオスカー司会者に多くを求めすぎており、
毎年のように「最後の切り札」をビリビリに破いているのが実情です。



こうなると、オスカー司会者をめぐる近年の混迷は、
司会者側というよりは視聴者側に原因があると考えるべきでしょう
(ここでの「視聴者」とは、批評家的な視聴者のことですが)。
エミー賞やトニー賞の授賞式で絶賛されたハリスの司会が
オスカーに移ると「イマイチ」と評されてしまったのはそのためです。

過激なジョークを展開したクリス・ロック(2005年)や
セス・マクファーレン(2013年)によるオスカーの司会は
文字通り大不評を浴びましたが、彼らが司会に抜擢されたのは
それまでのクラシカルな司会者に対する反動の結果でもありました。

ロックやマクファーレンが不評を買ったことからも明らかなように、
視聴者は、オスカーの司会者に対して
ラジカルであるよりはクラシカルであることを望んでいるのですが、
実は心のどこかで、ラジカルさを秘めた司会者を望んでもいる――。

だからこそ、「客席にピザを配達」というデジェネレスのコントは
斬新な演出ではないが予定調和的でもなかったがゆえに、
老若男女の幅広い視聴者層から支持を受けることができたと言えます。
オスカー視聴者は、「過激派」を拒絶する代わりに、
安定感を基調とする「微かに先鋭的な」司会者を望んでいるのです。



2013年の「マクファーレン事件」直後、
カナダ・スクリーン・アワード(カナダ版アカデミー賞)授賞式で
マーティン・ショートが司会を務めました。
ショートは今やクラシカルなコメディアンの代表格ですが、
同授賞式での彼の司会ぶりはカナダ国内外で高い評価を受けました。
「彼こそが模範的な式典司会者だ」というわけです。


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同授賞式直前、ラジオ番組に出演したショートは
本家アカデミー賞での「マクファーレン事件」を受けて、
こんなことを語っていました。

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まさしくこれぞ「式典司会者の鑑」といった発言ですが、
もしもショートがオスカーで司会を務めたとしても
「彼に毎年司会をやってほしい」という意見は少数に留まるでしょう。

――念のため書いておきますが、そう予想するのは、
私がショートのことを好きでないからではなく
(私は自分がショートのファンであると自信を持って宣言できます)、
オスカー司会者についてあれこれ語る人々は、
ボブ・ホープやクリスタルの「亡霊」に惑わされている限り
もはやどんな司会者が現れようと満足しないだろうと思うからです。



そこで私のささやかな提言ですが、
オスカーの司会者に「神業」を求めるのはもうやめにしましょうよ。
神様はアカデミー賞授賞式の司会なんてやりません。
ボブ・ホープもビリー・クリスタルも人間だったという事実に、
彼らの司会ぶりを高く評価する人々ほど自覚的になるべきです。

今年の司会を務めたハリスに話題を戻しますが、
もちろん、彼は俳優であってスタンダップコメディアンではありません。
自分でも述べている通り「Song and Dance Man」であり、
ジョーク分野が弱点なのは以前から分かり切っていることです。
逆に言えば、ジョーク分野をより強化することで、
ハリスはさらにハイグレードな「式典司会者」に成長できると言えます。

ましてや、ハリスは式典司会者としての天性の資質を有しており、
彼ほどポテンシャルのある式典司会者は滅多にいません。
ジョークを含めて「期待以上ではなかった」からといって
ハリスの起用を今後あきらめるのは、あまりにももったいないことです。

ホープやクリスタルがオスカーの名司会者と評されたのは、
彼らが一夜限りしか司会をしなかったからではなく
彼らが何回も(あるいは連続して)司会を務めたからでしょう。
たった一晩で90点以上が取れなかったからといって
毎年コロコロと司会者を交代させるのでは、育つものも育ちません。
(50点以下しか取れなかった司会者を変えるのは当然だとしても。)

まさに、「オスカーの名司会者は一日にして成らず」。
(私を含む)オスカー視聴者に求められるのは、
オスカーの司会者が神様ではなく人間であることを理解し、
減点主義から加点主義に発想を転換させることではないでしょうか。
私は、ハリスがオスカーの司会を積み重ねていくことを望んでいます。



 <補足>

そもそも、オスカーの司会者が注目され始めたのは、
私の推測では、1980年代終盤になってからのことだと思います。
1980年代中盤までは、超大御所のホープやレモン、
ジョニー・カーソンが例外的に単独司会を務めた年を除けば、
複数名のハリウッドスターによる共同司会体制が一般的でした。
その頃までは、司会者の存在価値は軽視されていたと思われます。

しかし、1988年、当時はまだ中堅コメディアンにすぎなかった
チェヴィー・チェイスが単独司会者に抜擢されたことで
「司会者次第で授賞式はこんなにもつまらなくなるものなのか……」
という意識が視聴者に共有されてしまい、皮肉にも、
司会者の人選に注目が集まるようになったのではないでしょうか。

もっとも、当時の彼にホープらほどの“質”を望むのは酷な話で、
チェイスを何らかの「元凶」とみなすのはアンフェアです。
ましてや、19871988年はオスカー授賞式自体が迷走しており
(意味不明のミュージカルナンバーがオープニングを飾りました)、
むしろチェイスこそ授賞式の最大の「被害者」だったと言えるでしょう。

私自身、1987・1988年のオスカー授賞式映像を見ても、
ホープらと比べれば地味で単調であるとはいえ
チェイスのジョークや司会ぶりがそれほど酷いとは感じません。
あくまでも、ホープらと比較した場合に不足感を抱くだけなのです。
逆に、チェイスのおかげでハードルが低まったからこそ
1990年のクリスタルの司会ぶりが際立ったとも考えられそうです。
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2015年02月24日

“ミュージカルな司会者”ニール・パトリック・ハリスの歩み(進行形)


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第87回アカデミー賞授賞式にて (2015年2月22日)



このブログをお読みのみなさんは、
アカデミー賞授賞式のオープニングをご覧になりましたか?
……いえ、アカデミー賞授賞式を見たかどうかなんて聞いてません。
アカデミー賞授賞式のオープニングを見たかと訊ねているんです!

……というわけで
突然の逆ギレ・追及モードで幕を開けた今夜のブログですが、
ニール・パトリック・ハリスが初司会を務めた
2015年の第87回アカデミー賞授賞式について振り返りますよ!
(ただし、ミュージカルパフォーマンスの部分のみ。)



その前に、ニール・パトリック・ハリスについてのおさらいです。
俳優のニール・パトリック・ハリス(以下ハリス)は、
これまで4度のトニー賞授賞式(2009・2011・2012・2013年)、
2度のエミー賞授賞式(2009・2013年)で司会を務めてきました。

いずれの授賞式でも上質なミュージカルナンバーを披露し続け、
今やトニー賞エミー賞の“顔”のような存在となっています。
もはや、ハリスが司会じゃない授賞式なんて物足りないですよね!
(※個人の感想であり、物足りなさには個人差があります。)

ハリスがアカデミー賞の司会を務めるのは2015年が初めてですが、
実は、2010年のアカデミー賞授賞式でも
司会者登壇前にオープニングナンバーだけ歌い上げていました
(2010年の司会者はスティーヴ・マーティン&アレック・ボールドウィン)。
今年はまさに、満を持してのアカデミー賞初司会となったわけです。

それでは、トニー賞エミー賞アカデミー賞で披露されてきた
ミュージカルナンバーの数々を振り返ってみましょう。
――ちなみに、トニー賞は演劇・ミュージカルの祭典、
エミー賞はテレビ番組の祭典、アカデミー賞は映画の祭典です。
ここは期末試験に出るところなのでしっかり暗記しておいてください♡


★2009年 トニー賞
『Tonight (トゥナイト)』

作詞:マーク・シェイマン&スコット・ウィットマン
原曲:レナード・バーンスタイン
▼『ウエスト・サイド物語』名曲の替え歌で… 今夜の授賞式を総ざらい



★2009年 エミー賞
『Put Down The Remote (チャンネルはそのままで)』

作詞・作曲:マーク・シェイマン&スコット・ウィットマン
▼“オープニングナンバー伝説”はこの年から! テレビ界に捧げる応援歌



★2010年 アカデミー賞
『No One Wants to Do It Alone (みんな誰かが必要さ)』

作詞・作曲:マーク・シェイマン&スコット・ウィットマン
▼「今年の司会はボクじゃないってさ」 この年の司会が“2人組”なので…



★2011年 トニー賞
『Broadway Is Not Just For Gays Anymore
 (ブロードウェイはゲイだけのものじゃない)』

作詞:デイヴィッド・ジャヴァーバウム
作曲:アダム・シュレシンジャー
▼自分の性的指向だってネタにする! ノンケもNYにおいでよ♡



★2012年 トニー賞
『What If Life Were More Like Theater
 (もしも人生の舞台が劇場だったなら)』

作詞:デイヴィッド・ジャヴァーバウム
作曲:アダム・シュレシンジャー
▼大御所パティ・ルポーンも登場! 舞台演劇界に捧げるラブソング



★2013年 トニー賞
『Bigger (規格外!)』

作詞:リン・マニュエル・ミランダ
作曲:トム・キット
▼この年のノミネート作品を紹介しつつ… ド派手にブチかます!



★2013年 エミー賞
『The Number In The Middle Of The Show
 (授賞式の途中ですがミュージカルナンバーをどうぞ)』

作詞:デイヴィッド・ジャヴァーバウム
作曲:アダム・シュレシンジャー
▼中盤のナンバーこそ至高!? サラ・シルヴァーマンも絶賛暴走中!



★2015年 アカデミー賞
『Moving Pictures (活動写真)』

作詞:ロバート・ロペス
作曲:クリスティン・アンダーソン=ロペス
▼『アナ雪』夫妻が作詞・作曲! 映画界に捧げるオマージュソング



――ハリスがトニー賞エミー賞アカデミー賞で披露してきた
ミュージカルナンバーをざっとご紹介しましたが、
デイヴィッド・ジャヴァーバウム&アダム・シュレシンジャーのコンビが
作詞・作曲している曲が多いという事実にはお気付きですよね。

このコンビについては以前にこのブログで取り上げたので、
もののついでにお読みいただければ幸いです。
典型的コメディアンなんていらない!? 「役者司会」がブームの米授賞式
(個人的には、2011年のエミー賞授賞式で
 その年の司会者:ジェーン・リンチが披露したオープニングナンバー
 『TV Is a Vast Wonderland』がお気に入りだったりします。)



毎年、司会者人選が難航しているアカデミー賞授賞式にとって、
トニー賞エミー賞授賞式で功績を挙げてきたハリスは、
アカデミー賞司会者としての「最後の切り札」的存在でした。

今年の授賞式で満を持しての登場となったわけですが、
どうやら、ハリスの司会ぶりは米国内外でおおむね好評だった様子。
来年以降、1〜2年おきのペースで
ハリスがアカデミー賞の司会に起用される可能性はあると思います。

はたして、ニール・パトリック・ハリスは、
1990年代〜2000年代前半のビリー・クリスタルのように
新「Mr.アカデミー賞」としてその名を歴史に残すのか。
はたまた、ありふれた「準レギュラー司会者」の一員として終わるのか。
さらには、ジャヴァーバウム&シュレシンジャー組の復活はあるのか。

もはや彼が「典型的コメディアン」かどうかなんて関係ない――
一連のミュージカルナンバーに胸をトキメかせてきた私としては、
クリスタル以上の「ミュージカル司会者」である
ニール・パトリック・ハリスの活躍にさらなる期待を寄せるところです。
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