2016年05月21日

そして、もう一本の「道」がなくなった ―ケーシックの大統領選(7)


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▲ 支持者を前に演説するケーシック (2016年4月22日)


 米大統領選の共和党指名争いから撤退したジョン・ケーシックは、記者会見で撤退の理由を語りませんでした。しかし、ドナルド・トランプが代議員の過半数を獲得することが確実となり、共和党大会で「決選投票」の行われる可能性がなくなったためだと考えられます。

 テッド・クルーズの電撃的な撤退(後述)に伴い、約21時間とはいえ「トランプと戦った最後の男」となったケーシックは、どのような流れの中で9か月半に及ぶ争いに終止符を打ったのでしょうか。
 今回のエントリでは、撤退を表明した5月4日に至るまでの「ケーシックの大統領選」を時系列に沿って振り返ることにしましょう。

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 ◆「トイレ法」には「署名しないだろう」


 4月10日、ジョン・ケーシックはCBSの『フェイス・ザ・ネイション』に出演し、自分だったら「HB2」には「おそらく」署名しないだろうと発言しました。
 ノースカロライナ州で施行された「HB2」(通称「トイレ法」)とは、トランスジェンダーに「出生証明書と同一の性別」のトイレを使うよう義務付ける州法です。3月23日、共和党所属の同州知事パット・マクロリーによって署名されました。
 ケーシックは「HB2」について、「信教の自由は保護される必要があるが、それも行き過ぎると『トリッキー』になる。『トリッキー』であることは正しいことではない」「我々の州(オハイオ州)ではこのような問題は浮上していない。もしもこの法律に書かれている通りのことが実行されたら、人々は激しく分断し、社会はより複雑になるだろう」と語っています


 ◆ケーシックファミリーの対話集会


 4月12日、ジョン・ケーシックとその妻カレン、そして双子の娘エマとリースは、アンダーソン・クーパーが司会を務めるCNN対話集会に家族揃って出演しました。家族揃ってテレビ番組に出演するのは、おそらくはニューハンプシャー州予備選(詳しくはこちら)を控えた今年(2016年)1月以来のことです。
 党指名争いの立候補者であるテッド・クルーズは、「指名争いの候補者は8以上の州で代議員の過半数を獲得する必要がある」という共和党規則を遵守するよう主張していました。この規則を候補者たちに遵守させれば、ケーシックを撤退に追い込み、自らとドナルド・トランプの一騎打ちを実現できるからです。クルーズのこの主張に対し、ケーシックは「党大会は閉ざされたものではなく、オープンなものにするべきだ」との持論を展開しました。クルーズの「提案」が死活問題となるケーシックとしては、規則の文言にとらわれず、より多くの候補が党大会に参加できるようにするべきだと主張したのです。


 ◆同性婚でも「歩み寄り」志向

 このテレビ版対話集会で、ケーシックは同性婚の問題にも言及しています。
 発言そのものは「私は伝統的な結婚の信奉者だが、同性結婚式に出席した。人にはそれぞれライフスタイルがある。同意はできないかもしれない。でも、お互いに少しずつ理解し合うべきだ。(同性婚禁止を違憲とする)最高裁判決は下された。先に進もう」というもので、これまでの主張から特に変化はありません。
 ケーシックは性自認や性的指向をめぐる「デリケートな」話題には積極的に介入せず、米国民が分断されることなく「歩み寄り合う」ことを促してきました。同性カップルへのウエディングケーキ販売拒否をめぐっても、「ケーキ屋ならば客にケーキを販売すべきだ」と語る一方で、「拒否されたカップルは別の店を探せばいい」と述べています(詳しくはこちら)。


 ◆「米国は分かれ道に立っている」


 4月12日、ケーシックは『分かれ道(Two Paths)』と題した会見をニューヨーク市で開き、自身の政権構想を発表しました
 「今、アメリカは厳しい分かれ道に立っている。我々がどちらを選ぶかを世界は注視している」と語り始めたケーシックは、このままでは米国が「暗闇への道」を進みかねないと警鐘を鳴らしました。
 「この道は怒りを生み出し、恨みを煽り、恐怖や憎しみによって人々を分断する。この道に進んでも何も課題は解決されない。私たちの国は弱くなり、人々は互いを貶し合うだけだ」。
 この1つ目の道に対してケーシックが提唱するのは、課題を合理的に解決するための「よりよく、より高次元な」道です。ケーシックの提唱するこの「道」は、ケーシック曰く「困難を通じて確立されたアメリカ人の理想に基づくもの」だとのこと。ケーシックは自身の提案する道こそが「私の信じるアメリカであり、すべてのアメリカ人が望む方向性だと考えている」と語り、会見を締めくくりました


 ◆「ポジティブ・キャンペーン」の集大成

 ケーシックが選挙運動で「分かれ道」というフレーズを用いるのは今回が初めてではありません。政界復帰を果たした2010年のオハイオ州知事選でも、ケーシックは『分かれ道』と題するテレビコマーシャルを制作しています。このコマーシャルでは文字通り、道路の分岐点で映像が撮影されました。「民主党らしさ」を抱える共和党の政治家として、様々な政治的意見の微妙な差異を意識せざるを得ないこそ、ケーシックは対比的な発想を好む傾向があるのでしょう。ケーシック陣営としては6年前の「成功体験」を活かしたいと考えたのかもしれません。
 今回の記者会見でケーシックはトランプやクルーズを名指しこそしませんでしたが、「暗黒への道」の主導者がトランプとクルーズを意味していることは明らかでした。とはいえ代替案として前向きなビジョンを示したことで、ケーシックのこの会見は「ポジティブ・キャンペーン」の集大成を飾ったといえます。


 ◆ジョージ・パタキの支持表明


 4月14日、元ニューヨーク州知事のジョージ・パタキがケーシックへの支持を表明しました。
 パタキは1995年から2007年までニューヨーク州知事を務め、昨年(2015年)5月には大統領選の共和党指名争いに名乗りを上げましたが、その年の暮れに選挙戦から撤退し、マルコ・ルビオへの支持に転じています。そのルビオも選挙戦から撤退した今、4月19日のニューヨーク州予備選(代議員95名)を控え、元ニューヨーク州知事のパタキが誰の支持を表明するのかと注目されていました。
 FOXニュースの取材に対し、パタキは「ケーシックは本選でヒラリー・クリントンを破ってくれるだけでなく、うんと懲らしめてくれるだろう。そして、ワシントンD.C.を国民の手に取り戻してくれるだろう」と語りました。各社の世論調査が示している通り、ケーシックはクリントンに勝利する可能性が最も高い共和党候補です。パタキはそのことを強調することで、8年ぶりの「共和党の大統領」を望む共和党員・支持者の関心を引こうとしたのでしょう。


 ◆「本気すぎる」? 食事スタイル


 この頃、ケーシックは「あること」で全米から微かな注目を浴びていました。
 そのあることとは、「ピザの食べ方」。ニューヨーク州での選挙運動の合間にレストランを訪れた際、ナイフとフォークを使ってピザを食べたことから、ケーシックは「おかしな食べ方をする候補」として冷ややかな視線を送られたのです。
 「おかしな食べ方」が適用されたのはピザに対してだけではありません。チキンやホットドッグ、ハンバーガーを前にしたケーシックは、まるで「今食べておかないと次はいつ食べられるか分からない」という本気(マジ)な面持ちで食事をしていました。ケーシックのこの本気すぎる食事スタイルについては、米国の政治ニュースサイト「POLITICO」ではもとより、政治ニュースとは無縁そうな美容・ファッション情報サイト「The Cut」でも写真特集が組まれたほどです
 他人の弱点を見つけることが得意なトランプはすかさず、「こんな醜い食い方をする人類(human being)は見たことがない」とケーシックを揶揄しました


 ◆なぜナイフとフォークを使ったのか


 4月15日、ケーシックは、NBCのトーク番組『レイト・ナイト・ウィズ・セス・マイヤーズ』にゲスト出演しました。この番組に出演するのは7か月ぶり2度目です。
 アメリカの深夜トーク番組は毎日2〜3組のゲストを呼ぶのが慣例で、「格」の高いゲストを「ファーストゲスト」として先にスタジオへ招きます。ケーシックの前回出演時(2015年9月22日)のファーストゲストは俳優のパトリック・スチュワートで、ケーシックはセカンドゲスト扱いでした。
 しかし今回は、ケーシックはファーストゲストとして扱われました。「次期大統領候補5名」の一人に生き残り、ゲストとしての「格」が向上したということでしょう。
 司会のセス・マイヤーズから「ピザの食べ方」をイジられると、ケーシックは「あのピザはとても熱かったんだよ! だから私は過ちを犯してしまった。……フォークを手に取ってしまったんだ」と冗談交じりで返しました。自身が食べ盛りの男子だった頃を回想し、「学生時代は15人のルームメイトがいた。あの時はピザが一瞬でなくなっていたよ」というエピソードも紹介しています


 ◆スティーヴ・ブシェミの『ファーゴ』コント


 『レイト・ナイト』のセス・マイヤーズはケーシックに友好的でしたが、CBS『レイト・ショー』のスティーヴン・コルベアはそもそも共和党に批判的です。ケーシックはこれまで『レイト・ショー』には2度ゲスト出演していますが、いずれの回でもコルベアの態度は手厳しいものでした(詳しくはこちら)。
 ケーシックが出演したわけではありませんが、4月2日放送の『レイト・ショー』ではケーシックがネタにされています。この日のゲストはスティーヴ・ブシェミ。コーエン兄弟の映画『ファーゴ』(1994年)などでおなじみの個性派俳優です。
 番組では、ケーシックが2006年の著書で『ファーゴ』を酷評していることに触れた上で、ブシェミがケーシック役を演じるコントが披露されました。ブシェミが演じるケーシックは本人にまったく似ていませんが、コントのオチは『ファーゴ』を観たことのある人なら思わずニヤリとする趣向となっています。
 ところで、ケーシック役を演じた俳優としては、NBCのバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』のコリン・ジョストを忘れるわけにはいきません


 ◆「アルコールのある場所には行くな」


 4月15日、ケーシックの発言が民主党から批判されることになります。この日、ニューヨーク州で対話集会を開いたケーシックは、女性への性犯罪に対するオハイオ州での取り組みを紹介した上で、ある「アドバイス」を参加者に提供しました。
 「私には16歳の双子の娘がいる。そのようなこと(性犯罪)は考えたくもないことだが、残念ながら心配しなければいけないことだ。そこで、ちょっとしたアドバイスをしておこう。『アルコールの置いてあるパーティーには行くな』。いいね?」。
 この「アドバイス」に会場では拍手が起こったものの、民主党の全国委員会はすかさず反発しました。同委員会のスポークスパーソンであるクリスティーナ・フロイントリッヒは「我が国に求められているのは犯罪に立ち向かう大統領だ。警告するだけの大統領はいらない」との声明を発表しています
 ケーシックはこれまでオハイオ州知事として性犯罪対策に取り組んでおり、実際には女性に自衛策を求めてきただけではありません。しかし、女性蔑視を疑われる過去の言動(詳しくはこちら)も相まって、ケーシックに良からぬイメージが付着しているのも事実です。


 ◆ブライアン・サンドヴァルの支持表明


 4月16日、ネバダ州知事のブライアン・サンドヴァルがケーシックへの支持を表明しました。ケーシックを支持する現職州知事は、アラバマ州のロバート・ベントリー、アイダホ州のブッチ・オッターに続き、これで3人目となります。
 サンドヴァルは共和党内では穏健派とされ、地元での支持も厚い政治家です。全米50州・計7万5000人を対象とした各州知事の支持率調査では、ネバダ州におけるサンドヴァルの支持率は66%、不支持率は20%で、全米で4番目に高い支持率を記録しています。ちなみに、オハイオ州におけるケーシックの支持率は59%、不支持率は29%でした


 ◆サンドヴァルの激励メッセージ

 サンドヴァルはヒスパニック系として初めてネバダ州司法長官を務めたことでも知られ、今年2月には合衆国大統領バラク・オバマから米最高裁判事の後任(詳しくはこちら)に検討されましたが、検討が報じられた段階で辞退しています。
 サンドヴァルは声明の中で「ケーシックは実現可能な政策を提示している唯一の候補だ。そして彼ならば本選でヒラリー・クリントンを倒すことができる。私は先頭に立ってそのことを訴えていく」と述べ、ジョージ・パタキ同様、「本選でクリントンに勝利できること」をケーシックの長所としてアピールしました。
 これは余談ですが、まだ50代と若く、ヒスパニック系であり、地元での支持が厚く、ライバル政党の政権からも信頼されているサンドヴァルのような政治家は、順調にいけば、将来の大統領候補として本命視されることでしょう。


 ◆「吹っ切ることはできないだろうか」


 4月17日、CNNの報道番組『ステート・オブ・ザ・ユニオン』に出演したケーシックは、「信教の自由」とLGBTの権利をめぐる対立について、「妥協点を見出すべきだ」と語りました
 続けて、「私が言いたいのはリラックスするべきだということなんだ。もし誰かのやっていることが不快だと感じたら、その人のために祈ってあげよう。もし誰かがあなたに対して間違ったことをしていると感じたときは、少しの間、吹っ切ることができないだろうか。この問題はいずれ落ち着く。だが今は議論の分かれる問題で、双方にとって悪用されかねない問題なんだ」とも話しています。
 さらに、娘・リースのかつての発言を引用する形で、「私の娘の一人が言ったように、この国は『合衆国(United States)なのであって、分衆国(divided states)ではない』んだ」と話題を締めくくりました。


 ◆民主党全国委員会の批判

 当然のように、民主党全国委員会はケーシックのこの発言を批判しました。同委員会のスポークスパーソンであるT・J・ヘルムステッターは、「LGBTに対する差別に関して『リラックスするべき』『吹っ切ることはできないだろうか』などと言及するとはとんでもない」との声明を発表しています
 それでも共和党の政治家としては、ケーシックがLGBTに理解のある人物であることは否定できません。連邦下院議員時代は結婚防衛法(同性婚禁止法)に賛同し、現在でも「私は伝統的な結婚の信奉者である」と公言して憚らないケーシックですが、最近では「友人に同性愛者がいる」ことや「妻とともに同性結婚式に出席した」ことを強調しています(詳しくはこちら)。
 今年改選を迎えるオハイオ州選出の連邦上院議員で、この指名争いでケーシックへの支持をいち早く表明したロブ・ポートマンが同性婚の支持者であることも、ケーシックがLGBTの権利に否定的ではない理由の一つかもしれません。


 ◆ピーター・キングの投票表明


 4月19日、ニューヨーク州選出の連邦下院議員ピーター・キングが、MSNBCの情報番組『モーニング・ジョー』に出演し、ニューヨーク州予備選でケーシックに投票したことを明かしました。
 キングは下院安全保障委員長を務めたこともあるベテラン議員で、率直な物言いをする政治家としても有名です。2013年には大統領選への出馬に意欲を示したものの、2015年に不出馬を表明しています
 キング本人の弁によると、「テッド・クルーズなんか大っ嫌いだ。もし彼が大統領候補に指名されたら、私は青酸カリを飲む」「かといってドナルド・トランプを支持するつもりもない」というのが、ケーシックに投票した理由とのこと。


 ◆ケーシックに優しい『ジョー』

 キングが出演したMSNBC『モーニング・ジョー』は、元連邦下院議員ジョー・スカボロー(共和党)が司会を務める朝の帯番組です。この番組にはケーシックも度々ゲスト出演しており、今年2月のサウスカロライナ州予備選直前にはケーシックの「感動的なハグ」の話題を取り上げています(詳しくはこちら)。
 スカボローはこの大統領選では当初、ジェブ・ブッシュを支持していましたが、ブッシュの撤退後はケーシックの支持者に転じました。「反トランプ」候補をクルーズに一本化しようとする動きを牽制する狙いもあったのか、4月6日には「クルーズは決して指名を獲得できないだろう」と語っています。スカボローやキングの発言からも分かるように、この番組は「どうしてもクルーズを好きになれない」共和党主流派のスタンスを反映しているのです。


 ◆ハリエット・タブマンを称賛

 4月21日、ケーシックはペンシルヴェニア州立大学で開かれた対話集会で「彼女は単に偉大だったのではない。彼女の功績ゆえに偉大な人物となったのだ」と語り、19世紀から20世紀にかけて活動した奴隷解放運動家ハリエット・タブマンを称賛しました
 ハリエット・タブマンは黒人奴隷の娘として生まれ、地下鉄の「車掌」となって多くの奴隷たちを解放に導きました。米国の歴史教科書では必ず取り上げられている人物であり、2020年に発行される予定の新しい20ドル札の肖像画に採用されることも決まっています。
 ちなみに、米紙幣に女性の肖像画が描かれるのは約120年ぶりで(1896年まで流通していた1ドルの銀兌換券には初代大統領夫人マーサ・ワシントンの肖像が描かれていました)、黒人が描かれるのはこれが初めてです。


 ◆トランプはタブマンを評価せず


 ハリエット・タブマンについて、ケーシックは「彼女は草の根で運動を巻き起こし、変革をもたらした。同志とともに世界を変えたんだ」とも語り、その偉業を手放しで評価しています。
 一方トランプは、タブマンが紙幣の肖像画に採用されることに不服のようです。現行の20ドル紙幣には第7代大統領アンドリュー・ジャクソンの肖像画が描かれていますが、「ジャクソンには偉大な歴史がある。紙幣からある人物を取り除くとは乱暴なことだ」「タブマンの肖像は(めったに使われない)2ドル紙幣に使ったらいい」などとコメントしています
 トランプをめぐってはこれまで、白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)元最高幹部からの支持を即座に拒否しなかったことや、発言が女性に対して差別的であることなどが問題視されてきました。トランプが黒人女性であるタブマンをぞんざいに扱っているのは、これらのことと何か関連があるのでしょうか。


 ◆「コンサートに行かなくて後悔」


 4月21日、ミュージシャンのプリンスがミネソタ州の自宅兼スタジオで急死しました。57歳でした。
 国際的ミュージシャンの訃報に接したケーシックは、「生前、彼のコンサートに行かなかったことを後悔しているよ。彼は非凡なミュージシャンだった。話によると、彼の未発表曲を集めて今後100年間はアルバムを出すことができるそうだね。驚くべきことだ」と記者団に語りました


 ◆ケーシックの音楽趣味

 ケーシックはピンク・フロイド再結成を「公約」した史上初の大統領選候補で(詳しくはこちら)、レディオヘッドやオフ・スプリング、オアシス、スノウ・パトロール、フー・ファイターズ、リンキン・パークなどのファンでもあります。1990年代に活躍したバンドばかりが並んでいるのが気になるところではありますが、今回の大統領選候補の中でも随一の「ロックバンド好き」だといえるでしょう
 なお、ケーシック陣営は昨年12月、ジェブ・ブッシュの好きな歌がロス・デル・リオの『恋のマカレナ』(1993年発表)であることを揶揄していました。一昔前のヒット曲を未だに愛好するブッシュは、2016年にはふさわしくないセンスの持ち主だというわけです。


 ◆クルーズとケーシックの「選挙協力」


 4月24日、クルーズ陣営とケーシック陣営はある協定を締結しました。その協定とは、トランプの指名獲得を阻止するため、これから予備選が実施される3州で「共闘」するというものです。
 ケーシックよりもクルーズに勝算があるインディアナ州ではケーシック陣営が選挙運動を停止し、クルーズよりもケーシックに勝算があるオレゴン州とニューメキシコ州ではクルーズ陣営が選挙運動を停止する。そうすれば、「反トランプ票」が自然と一本化され、党大会前にトランプが代議員の過半数を獲得するような「最悪の事態」を防げる――。トランプの過半数獲得が現実味を帯び、生死の瀬戸際に追い込まれていたクルーズ・ケーシック両陣営はそう考えたのです。


 ◆「私のために投票してほしい」


 合同で活動するわけではないとはいえ、対立していたはずの両陣営が「協力」することには疑問の声も上がりました。特にケーシックは今年3月、ルビオ陣営から同様の「選挙協力」を持ちかけられた際、「自分の支持者に『他の候補に投票しろ』と言うつもりはない」と拒否しています(詳しくはこちら)。
 4月25日、NBCの情報番組『トゥデイ』に電話出演したケーシックは、自分はインディアナ州で選挙活動を停止するだけであって、「私に投票するなと言っているわけではない。私のために投票してほしい」と主張しました。今年3月の発言との整合性をとった形ですが、苦しい釈明に聞こえてしまうのも事実です。
 もっとも、ケーシック陣営はこれまでも勝算のない州では「不戦敗」を決め込んできました。もともと勝ち目がなかった地域で運動を停止したところで、それほど大量の票が別陣営に流れるとは思えません。ましてや、候補を一本化しても単純な票の足し算にならないことは選挙の常識です。「すみ分け」の効果のほどは不透明でした。


 ◆唯一の弟・リックの「心の病」


 ケーシックは選挙戦で「心の病」に言及することが少なくありません。その理由を暴く記事が、4月25日、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載されました
 ジョン・ケーシックは3人兄弟の長男です(弟:リック、妹:ドナ)。次男・リックは学生時代にうつ病と診断され、入退院を繰り返しました。現在も障がい給付金を受給しながら、生まれ育ったペンシルヴェニア州で暮らしています。
 ニューヨーク・タイムズ紙はケーシックへの支持を表明した新聞ですが(詳しくはこちら)、この記事は仲睦まじい兄弟の美談を伝えているわけではありません。成人後の兄と弟の関係は決して良好ではなく、19年間に渡って絶縁状態でした。
 しかしリックの妻が死去した際、ケーシックは弟に「君のために祈っているよ」と電話をかけます。リックも「兄さん、ありがとう」と返し、これをきっかけに2人の関係はやや修復されました。とはいえ微妙な距離感は保たれており、リックはペンシルヴェニア州予備選(4月26日実施)には特に関心がないそうです。


 ◆同性愛は「おそらく」生まれつき


 4月30日、ケーシックは、カリフォルニア州サンフランシスコで開催した対話集会で、同性愛は「おそらく」生まれつきのものだと発言しました。続けて、「私はこの問題に詳しいわけではない。でも、同性愛者を傷付けたり、差別したり、不快にさせたり、二級市民のように扱うのが正しいとは思わないよ。誰もが神の創造物なのだから」とも述べています。
 米国では今なお同性愛を「矯正」するための「転向療法」が存在します。共和党の一翼を担う宗教保守派が「転向療法」を支持する一方で、昨年4月、オバマ政権は「転向療法」に反対の方針を示しました。同性愛の生来性をめぐる議論は政治的テーマでもあるのです。
 ケーシックはこれまで「転向療法」への態度を明らかにしていませんでしたが、今回、「転向療法」を好ましく考えていないことを初めて示唆しました。本選を見据え、民主党支持者層にも視野を広げたという穿った見方もできるでしょう。


 ◆「指名投票」正当化キャンペーン

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 この頃のケーシック陣営は、「本選でヒラリー・クリントンに勝てるのは自分だけ」というキャンペーンと並行して、「党大会で指名投票が行われるのは普通のこと」というキャンペーンを展開していました。
 なぜなら、党大会での決選投票(「ブローカード・コンベンション」)によってしかケーシックが大統領候補になる見込みはないのに、共和党員の多くは指名投票を不公正だと考えていたからです。


 ◆あの元大統領たちを「利用」

 NBCニュースとウォール・ストリート・ジャーナルの共同世論調査(4月10日〜14日)によれば、共和党員の62%が「予備選の最多得票者が指名候補になるべき」と考えており、「代議員が党大会で指名候補を決めればよい」という回答は33%に留まります。そこでケーシック陣営は、「党大会で指名投票が行われるのは普通のことで、あのリンカーンやアイゼンハワーも指名投票で大統領候補に選ばれた」というキャンペーンを張らざるを得なくなったのです。
 米国で神格化されている第16代大統領エイブラハム・リンカーンや、第34代大統領ドワイト・アイゼンハワーの名前を用いることで、ケーシック陣営は「ブローカード・コンベンション」で指名を獲得するという戦略を自ら正当化したのでした。


 ◆クルーズの撤退表明


 5月3日、インディアナ州予備選でトランプが勝利を収めました。トランプの得票率が53%だったのに対し、クルーズの得票率は37%。クルーズ陣営とケーシック陣営の「共闘」は失敗に終わったのです。
 トランプの指名獲得が濃厚となったため、同日、クルーズは党指名争いからの撤退を表明しました。電撃的ともいえる撤退表明に際し、ケーシックは「クルーズは力強く規律ある選挙戦を展開した。クルーズがいることはテキサス州にとって幸せなことだ。今後のご活躍を祈る」とのメッセージを発表しています
 かくして、大統領選の共和党指名争いはトランプとケーシックの一騎打ちとなりました。もっとも、実態としては「ケーシックが未だに撤退していない」という状況があるにすぎません。乗るべき「船」を失った共和党主流派は沈み込み、共和党全国委員長ラインス・プリーバスも「トランプが推定候補になった。私たちは団結し、クリントンを倒すことに集中しなければならない」とツイートしました


 ◆ケーシックの決断

 クルーズが撤退を表明した直後、ケーシック陣営は選挙戦の継続を宣言していました。ケーシックのTwitterアカウントでも、「これまで以上に『分かれ道』が明確となった」とのツイートが投稿されています
 5月4日、選挙戦の一環としてバージニア州で開かれる会合に出席するため、ケーシックはオハイオ州の空港で飛行機に乗り込みました。ところが、ケーシックは飛行機をすぐに離陸させることなく、指名争いからの撤退を機内で決断しました。この行動からは、ケーシックが選挙戦を継続するか撤退するかをギリギリまで悩んでいたことが読み取れます。
 クルーズの撤退から一夜明け、ケーシックは9か月半に及んだ争いに自ら終止符を打つことを決めました。「トランプと戦った最後の男」によるその決断は、トランプが共和党の大統領候補になることを意味していました。


 ◆ケーシックの撤退表明


 午後5時、ケーシックは、オハイオ州コロンバスにあるフランクリン公園温室植物園の納屋で会見を開きました。これまでのほとんどの大統領選候補とは異なり、撤退表明の場にもかかわらず支持者の姿はありません。これは、ほとんどの候補が各州予備選の直後に撤退を決断するのに対し、ケーシックが撤退を決めたのがインディア州予備選の翌日だったためです。
 会見場に現れたケーシックはまず、妻・カレンを称賛しました。続いて選挙スタッフやボランティアを褒め称え、選挙戦の思い出を語り始めました。
 ケーシックは結局、会見ではトランプに一切言及せず、自身が撤退する理由も述べませんでした。「今後も自由のために闘う」などといった紋切り型の文句もありません。「自分の殻を少しだけ打ち破る」ことや「他者のために一肌脱ぐ」ことの大切さを静かに訴えたその演説は、まるで聖職者による説教のようでした。

<詳しくはこちら>
さよなら、ジョン・ケーシック ―ケーシックの大統領選〈号外〉
【2016米大統領選】ケーシック氏 撤退会見詳報 「この国の人々は私を変えた」


 ◆「今回は彼の出番ではなかった」


 会見の後、共和党寄りのジャーナリストからは「今回はケーシックの出番ではなかった」という複雑な評価が相次ぎました。
 FOXニュースの重鎮であるビル・オライリーは、5月4日、FOXニュースの情報番組『アウトナンバード』に電話中継で出演し、「ケーシックは(民主・共和)両党の全候補者中、政策面で最も優れた候補だった。だが、彼はこの時代に求められている候補ではなかった。時代が違えば、ケーシックは指名を獲得していただろう」と解説しました
 共和党所属の元連邦下院議員であるジョー・スカボローも、自身が司会を務めるMSNBCの情報番組『モーニング・ジョー』で「私はブッシュの撤退後はケーシックを支持してきた。しかし単純に、今年は彼の年ではなかった。ケーシックは実績がある2期目の知事で、連邦予算の均衡化を導いた元下院予算委員長だが、エスタブリッシュメントは彼ではなくクルーズを推した」と語り、共和党中枢に対して仄かな「恨み節」をぶつけています


 ◆「アンチ・エスタブリッシュメント」の年


 全米を代表する大手メディアも、今回の大統領選が「異常」だったことをケーシックが敗退した理由として挙げました。
 共和党候補の中ではケーシックを支持してきたニューヨーク・タイムズ紙は、5月5日付の社説で「『怒りの選挙』からケーシックが退場した。民主党全国委員会の指摘によると、ケーシックが敗北したことは、共和党が取り返しのつかないほど右傾化したことを意味しているのだという」と記した上で、「ケーシックは同性婚や公務員の労働組合に対する態度では右派的だった。しかし社会保障政策に積極的で、移民政策は穏健だった。そしてトランプやクルーズとは異なり、イスラム教徒を排除しようとしなかった」と振り返りました
 USAトゥデイ紙も、同日付の社説で「ヒラリー・クリントンに勝てる候補はケーシックだけだったのに、共和党員は世論調査の結果に耳を傾けなかった。『アンチ・エスタブリッシュメント』の年にあって、ケーシックの主張は共和党員の大半には魅力的ではなかった」と解説しています


 ◆ケーシックに「出番」はあるのか

 実は、ケーシックが「今回は彼の出番ではなかった」と評されたのは今回が初めてではありません。2000年大統領選の共和党指名争いでは、ケーシック本人が「支持者から『今回はあなたの出番ではない』と言われた」と語り、選挙戦からの撤退を表明しています
 予備選開幕前(1999年6月)に早々と撤退した前回と異なり、ケーシックは今回の指名争いでは「最後の2強」にまで生き残りました。しかし、ケーシックを待ち構えていた評価は前回と同じく「今回は彼の出番ではなかった」というものでした。2000年と今年の大統領選が特殊なものだったのだとしても、本当にケーシックの出番などあり得るのでしょうか。



 ――「ケーシックの大統領選」シリーズの完結を心待ちにしていた全国の皆さんには申し訳ありませんが、実はこのシリーズは今回で終わりではありません。次回のエントリでは、これまでの連載を振り返る終章としてケーシックの選挙戦をまとめてみたいと思います。そう、7回(+号外1回)に渡るこれまでの連載はすべて前フリにすぎなかったのです!

 ケーシックにとって今回の大統領選がどのようなものであったのかを振り返ることは、今回の大統領選においてケーシックがどのような役割を担ったかを確認することです。トランプと「最後まで戦った男」であるケーシックの選挙戦を振り返ることで、今回の指名争いの性格、ひいては米国の政治環境を確かめることができるかもしれません。できなかったとしても、それはそれで……。


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2016年05月11日

なぜ「ベージュ色」は好かれないのか ―ケーシックの大統領選(6)


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▲ 選挙パンフレットにサインするケーシック (2016年3月18日)


 米大統領選の共和党指名争いに参戦していたオハイオ州知事のジョン・ケーシックは、5月4日、指名争いからの撤退を表明しました(詳しくはこちら)。

 すでに撤退した人物の選挙運動を振り返ったところで読者など皆無でしょうが、「故きを温ねて新しきを知る」ということわざもあることだし、もしかしたら世の中には1人や2人は物好きがいるかもしれません。
 というわけで今回は、3月15日のオハイオ州予備選(詳しくはこちら)で勝利した後、ケーシックの選挙戦にどのような出来事が発生していたのか、時系列に沿って回想してみることにします。

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ニューハンプシャーで叶えた「悲願」 ―ケーシックの大統領選(1)



 ◆マイク・レヴィットの支持表明


 3月16日、元ユタ州知事で元保健福祉長官(ジョージ・W・ブッシュ政権)のマイケル・レヴィットがケーシックへの支持を表明しました。
 レヴィットは妻・ジャッキーとの連名の声明の中で、「ケーシック知事はオハイオ州予備選で決定的かつ重大な勝利を収めた。私はケーシック知事とは昔から親交があるが、彼は人々をまとめて物事を実現させていく人物だ。彼ならば本選でヒラリー・クリントンに勝つことができる」と語りました
 かつてレヴィットはミット・ロムニーの陣営で顧問を務めています。2012年大統領選の共和党候補であるロムニーはユタ州が地元で、ユタ州党員集会の投票権を有する党主流派の代表格です。レヴィットがケーシックへの支持を表明したことは、3月22日のユタ州党員集会を控えて、党内の「ロムニー派」がケーシックに接近したことを意味しているように思われました。


 ◆ジム・インホフェの支持表明

 3月16日、オクラホマ州選出の連邦上院議員ジム・インホフェがケーシックへの支持を表明しました。ケーシックの地元・オハイオ州選出のロブ・ポートマンに続き、ケーシックへの支持を表明した現職の上院議員はこれで2人目となります。
 インホフェは1987年から連邦下院議員を4期務め、1994年からは連邦上院選に連続で5回当選しているベテラン議員です。支持表明に際して、インホフェは「大統領選はこれで3名の争いとなったが、ケーシックこそが私の見込んだ男だ。下院議員時代のケーシックは連邦予算の均衡化を導いた。また、軍事委員会の一員としてロナルド・レーガン大統領の国防政策に大きな貢献を果たした」との声明を発表しました


 ◆フロントランナーの「脅迫」


 3月16日、トランプが「もし私が共和党の大統領候補に指名されなかったら、私の支持者によって暴動が起こるだろう」と発言しました。
 もしトランプが指名争いで過半数の代議員を獲得できなかった場合、7月に開催される共和党大会では「ブローカード・コンベンション」と呼ばれる決選投票が実施されます。トランプの代議員数が伸び悩み、クルーズとケーシックが代議員数を着実に上積みすることで、決選投票が現実のものとなる可能性がありました。
 すでに自身の対話集会で暴力沙汰が起きていたトランプとしては、「私が指名されなければ暴動が起こる」発言で共和党内の反トランプ勢力を牽制したつもりだったのでしょうが、この発言はトランプ支持者以外からは顰蹙を買うことになります。ケーシックも、Twitter上で「真のリーダーは暴力ではなく平和的な議論を導くものだ。リーダーシップには責任が伴う」とトランプを批判しました


 ◆「ブローカード・コンベンション」の現実味

 実際にこの時期、党大会での決選投票は現実視され始めていました。共和党内でも「決選投票になれば、穏健派で『クリントンに勝てる候補』であるケーシックが指名されるのではないか」という見方が広まっていました
 もっとも、3月19日時点の獲得代議員数はトランプが673名、クルーズが410名、ケーシックが143名。ケーシックの代議員数はクルーズにも遠く及びません。決選投票で大統領候補が決まることになるとしても、代議員数で3位の候補が1位・2位の候補を押しのけて指名を得るのはバツの悪い展開です。
 元連邦下院議員のトーマス・ピートライ(共和党)も、「指名争いの序盤では保守強硬派のクルーズ氏が支持を得やすい州や、発言力が強い参加者に引っ張られてしまう党員集会を開く州が多かった。この後は西部の州に広がり、秘密投票を行う予備選の州が増えてくる。ケーシック氏が党大会までに、現在2位につけているクルーズ氏を上回る代議員を得られる可能性はあると思う」と観測し、2位であることが指名を得るための「安定条件」であることを示唆していました


 ◆ヒラリーに勝てそうな唯一の候補


 3月17日、ケーシックのスーパーPAC(特別政治活動委員会)が新たなテレビコマーシャルを公開します。オハイオ州予備選での勝利に触れた上で、ケーシックこそが民主党のヒラリー・クリントンに勝てる唯一の候補だと強調する内容です。
 ケーシックがクリントンの好敵手であることは昨年(2015年)から指摘され(詳しくはこちら)、今年に入ってからもケーシックは度々そのことをアピールしてきました。過激な発言を連発するドナルド・トランプ、保守色の濃厚なテッド・クルーズといった「クセのある」候補とは異なり、ケーシックは「唯一クリントンに勝てそうな共和党候補」として一般的に認知されてきたのです。


 ◆ボブ・ベネットの支持表明

 3月17日、ユタ州選出の前連邦上院議員ボブ・ベネットがケーシックへの支持を表明しました。
 ベネットは声明の中で「私はジョン・F・ケネディ政権の時代から歴代大統領と付き合いがあるが、現在ではケーシックが唯一実力のある大統領候補だ。彼は保守主義と良識的なアイディアに基づき実績を上げてきた」と述べています
 1993年から3期連続で上院議員を務めたベネットは2010年の改選にも出馬を目指していましたが、共和党内の超保守派による「ティーパーティー旋風」に呑み込まれ、共和党内の上院予備選で敗北しました。この時ベネットを打ち負かし、本選でも勝利を収めたティーパーティー系議員のマイク・リーは、大統領選の共和党指名争いではテッド・クルーズを支援しています。
 ケーシックの知己であり、党内では穏健派とされるベネットがケーシックを支持することは不思議なことではありません。しかし、クルーズと競合するケーシックを支持した背景には、「敵の敵は味方」という政界の論理も働いているのでしょう。


 ◆ミット・ロムニーの「戦略投票」


 3月22日のユタ州予備選を4日後に控えた3月18日、反トランプ派の代表格であるミット・ロムニーが「私はユタ州党員集会でクルーズに投票する。ケーシックに投票することはトランプを利する可能性が高い」と宣言しました。ユタ州での世論調査では1位がトランプ、2位がクルーズで、ケーシックがトランプを打ち負かすことは考えられませんでした。
 ロムニーはオハイオ州ではケーシックの対話集会に参加し、「ケーシックには他の候補と違って真の実績がある。アメリカは彼を頼っている」と演説しています(詳しくはこちら)。
 オハイオ州ではケーシックのことを「相棒」と呼んでいたロムニーが、ユタ州ではケーシックを「見捨て」てクルーズへの投票を呼びかける――。本音ではロムニーも、党内の「嫌われ者」であるクルーズを支援したくなどないはずです。なりふり構わぬロムニーの「戦略投票」キャンペーンからは、「トランプには絶対に過半数をとらせたくない」という強い想いが伝わってきます。


 ◆ロムニーを皮肉るコマーシャル


 ロムニーが「クルーズに投票する」と発表した直後、ケーシック陣営はあるコマーシャルを公開しました。
 そのコマーシャルはわずか4日前、オハイオ州予備選前日の3月14日に撮影されたものです。コマーシャルの最後には「偉大な州の偉大な知事、ジョン・ケーシック!」と叫ぶロムニーの音声と、「3月22日の(ユタ州)党員集会ではケーシックに投票を」との字幕が映し出されます。
 これは言わずもがな、オハイオ州でケーシックを応援しておきながらユタ州ではクルーズへの投票を呼びかけたロムニーを皮肉るコマーシャルです。いささか意地の悪い趣向といえますが、コマーシャル自体は明るい仕上がりとなっています。映像や音声にしてもロムニーの演説を再利用しているだけで、ロムニーを直接的に非難しているわけではありません。すべてはロムニーの「自業自得」です。


 ◆「退屈であることは美しい」

 3月21日、アリゾナ州の大手地元紙アリゾナ・リパブリック紙がケーシックへの支持を表明しました。ケーシックはこの大統領選で35紙以上から支持を集め、共和党内では文句なしに「最も新聞社から支持される候補」となっています。
 アリゾナ・リパブリック紙は社説の中でケーシックを「ベージュ色」に喩え、「人々を怯えさせる言説は決してキュートなものではない。政治においては退屈であることこそが美しい」と主張しました
 アリゾナ・リパブリック紙の主張は、政治をエンターテインメント化するトランプの手法を批判している点では他紙の社説と共通しています。しかし同紙はケーシックが地味な候補であることをあえて強調した上で、「ベージュ色」の政治こそが望ましいとの観点から積極的にケーシックを推しました。他の候補よりはマシという理由でケーシックへの消極的な支持を表明してきた他紙とは異なり、アリゾナ・リパブリック紙は一つの政治哲学に基づく前向きな論説を展開したのです。


 ◆判事の死と共和党の反発


 時は前後して2月13日、連邦最高裁判事のアントニン・スカリアが滞在先のテキサス州で急逝しました。睡眠中に亡くなったとみられています。
 合衆国大統領バラク・オバマはさっそく後任人事に取りかかりましたが、最高裁判事を任命するためには上院の承諾が必要です。
 上院で多数を占める共和党の議員たちは「残り任期1年を切った不人気の大統領が新判事を指名するべきではない」として反発し、ケーシックも「新しい判事は新しい大統領の下で選ばれるべきだ」とコメントしていました。共和党にしてみれば、保守派かつ共和党寄りだったスカリアの後任として「オバマ色」の濃いリベラルな人物が指名されることへの警戒感があったのでしょう。


 ◆「ガーランドと面会すべきだ」


 大統領と上院共和党の緊張状態が続く中、3月16日、オバマは、連邦巡回控訴裁裁判長のメリック・ガーランドを新判事に指名すると発表します。
 NBCニュースの世論調査(3月17日〜18日)の結果、アメリカ国民の61%がガーランドの判事就任を支持していることが判明すると、ケーシックは一転して「共和党の上院議員たちはガーランドと面会すべきだ」と主張し始めました。また、自身が大統領に就任した暁には、後任の判事にガーランドを指名することを検討するとも発言しました。
 オバマの支持率とは比べ物にならないほど、米国では「決められない議会」への不信感が定着しています。その後ケーシックは「新しい大統領の下で新しい判事が選ばれるべき」とする姿勢に変化はないと釈明していますが、実際には共和党員のみならず民主党員からの支持も模索し、国民一般を意識してこのような発言をしたのかもしれません。


 ◆副大統領候補になる可能性は


 3月19日、ケーシックはMSNBCの報道番組『ザ・クリス・マシューズ・ショー』に出演し、「どんなことがあってもトランプと手を組むことはない。可能性はゼロだ。あり得ない」と断言しました。
 この指名争いに立候補した当初から、ケーシックは「ランニングメイト(副大統領候補)狙いなのではないか」と噂されてきました。そのことをこれまで幾度となくニュースキャスターから質問され、その度にケーシックは自らが副大統領候補になる意思がないことを明言しています。
 とはいえスイングステート(民主・共和両党の勢力が伯仲する州)の州知事であり、党内では穏健派とされるケーシックは、共和党員以外からは支持率が低いトランプの弱点をカバーできる存在です。本選を想定したあらゆる世論調査でトランプの支持率がクリントンの支持率に劣っているのとは対照的に、ケーシックの支持率はあらゆる世論調査でクリントンに優っています。トランプにとって、ケーシックは最良のランニングメイト候補の一人なのです。


 ◆後援者は「反トランプ」勢力

 しかし選挙戦が長期化するにつれ、ケーシックが対立候補のランニングメイトに就く可能性は激しく低下しました。いくらケーシックが他候補の批判を行わない「ポジティブ・キャンペーン」を標榜しているからといって、他候補との差異を有権者に示すことができなければ選挙運動は継続できません。
 ましてやケーシックはこれまでトランプの言動に異議を唱え、旧ジェブ・ブッシュ支援者をはじめとする反トランプ勢力から支援を受けてきました。トランプがロムニーを「彼は本当にモルモン教徒なのか」と攻撃した件についても、3月20日に「私なら他人の信仰を問うような真似はしない」と苦言を呈しています。もしもケーシックがトランプの副大統領候補に就くことがあれば、ケーシックの倫理観が疑われるばかりか、共和党内の分裂はさらに激化しかねません。


 ◆リンゼー・グラムが支持した候補


 3月17日、サウスカロライナ州選出の連邦上院議員リンゼー・グラムがクルーズへの支持を表明しました。
 グラムは昨年6月指名争いに名乗りを上げるも、予備選開始を待たずして撤退し、ジェブ・ブッシュの応援団に回るも、ブッシュが撤退するとマルコ・ルビオへの支持に転じた人物です。そのルビオも撤退した今、グラムは「反トランプ」の一点のみで、上院共和党の「嫌われ者」クルーズを支持することに決めたのです。
 かつてグラムは、トランプが指名されることとクルーズが指名されることの違いは「射殺されるか、毒を飲んで自殺するか」の違いでしかないと語っていました。「もし上院議会の廊下でクルーズが殺されて、上院議会で裁判が開かれても、誰も犯人を有罪にしないだろう」という過激なジョークまで飛ばしています


 ◆「反トランプ」一本化の試み


 政策面や人間関係で考えるならば、同じ「反トランプ」でも、グラムはクルーズではなくケーシックを支持するべきでしょう。しかし、グラムにはケーシックを支持できない理由がありました。3月20日、CBSの報道番組に出演したグラムは、ケーシックではなくクルーズへの支持を表明した複雑な胸中を語っています
 「私はケーシックが最も望ましい共和党候補だと考えている。でも、彼が党大会で指名されるとは思わない。今年は『アウトサイダーの年』だからね」「もしジョンが『勝てる候補』なら、私だって彼についているよ。でも、我々は『クルーズかケーシックか』を選ばなければならない」。
 ロムニーやグラムらはトランプに指名を得させないために涙ぐましい努力を重ねてきましたが、「反トランプ」候補を一本化する試みが逆効果に終わっていることに気付いていません。彼らは「トランプがよくない理由」を熱弁してきましたが、「ルビオがよい理由」や「クルーズがよい理由」は最後まで語りませんでした。


 ◆「私は党大会に進むだろう」


 3月20日、CNNの報道番組『ステート・オブ・ザ・ユニオン』に出演したケーシックは、「私は党大会に進むだろう」と語りました。党大会の決選投票で指名を得たいと考えていることを明確に示したのです。
 そして、「代議員たちは党大会で2つのことを考える。一つ目は『本選で勝てるのは誰か』だ。リンゼー・グラムは『可能性が最も高いのはケーシックだ』と話していた。二つ目は『大統領として実際に働けるのは誰か』だ」と話し、自分こそが指名を得るべき候補であると訴えました
 グラムの発言を引き合いに出したのは、「ケーシックではトランプに勝てないから」という理由でクルーズへの支持を表明したグラムへの意趣返しでしょう。ケーシックとしては、共和党予備選という「コップの中の争い」から、クリントンとの対決となる本選へと共和党員の意識を向けさせたかったのです。


 ◆ヒラリーには勝てそうだけれど

CNN/ORC 本選想定支持率 (3月17日〜20日調査)
クリントン(53%) トランプ(41%)
クリントン(48%) クルーズ(48%)
クリントン(45%) ケーシック(51%)

 本選で「クリントンに勝てる候補」であるケーシックは、皮肉にも、党指名争いでは「トランプにもクルーズにも勝てない」候補でした。
 そこで「反トランプ」候補の一本化を図った共和党主流派は、ルビオやクルーズといった比較的「強い」候補を支持する一方で、党内で最も「弱い」ケーシックには露骨に撤退を要求してきました。ケーシックは、ルビオが参戦中の時期には「反トランプ票をルビオに一本化したいからお前は撤退しろ」と迫られ、ルビオの撤退後は「クルーズに一本化したいからお前は撤退しろ」と迫られていたのです。


 ◆ケーシック、「撤退圧力」に怒る


 絶え間ない「撤退圧力」によほど不満が鬱積していたのでしょう。
 3月21日、CNNで放送されている朝の情報番組『ニュー・デイ』に出演したケーシックは、「私は本選でクリントンに勝てる唯一の候補なんだよ? そんな私が選挙戦から撤退しなければならないなんてふざけてる。代議員たちは党大会で私を指名候補に選ぶはずだ」と語り、珍しく感情を露わにしました。
 ケーシックへの撤退を求めていたのは党主流派の一部だけではありません。3月21日に発表されたCNNの世論調査によると、共和党員の70%が「ケーシックは撤退すべきだ」と答えています


 ◆「なぜケーシックは好かれないのか」

 それにしてもケーシックはなぜ、本選で「クリントンに勝てる」はずの候補だというのに、共和党内では支持率が低迷しているのでしょうか。
 ニューヨーク・タイムズ紙は3月21日、『なぜ共和党のエスタブリッシュメントはケーシックのことを好きではないのか』というコラムを掲載しました。このコラムでは、オハイオ州知事としてのケーシックが移民問題や福祉政策でいかに「穏健」すぎるかが解説されています。
 中でも印象的なのは、オハイオ州のメディケイド(低所得者向けの公的医療保険制度)をめぐる逸話です。2013年、共和党所属のオハイオ州下院議長ビル・バチェルダーは、メディケイド拡大案を成立させることに難色を示していました。「小さな政府」を党是とする共和党の政治家としては自然な対応です。
 しかし、州知事のケーシックは「あなたが死んで天国へ行ったとき、聖ペトロは『どれほど行政府を小さくしたか』とはお尋ねにならないだろう。『貧しい人々に何をしたか』とお尋ねになるはずだ。我々はそのときに良い答えを示せなければならない」とバチェルダーに語りかけ、メディケイド拡大案を押し通しました


 ◆「オバマケア」の支持者?

 共和党員でありながら社会保障の拡張に積極的なケーシックの姿勢は、多くの共和党員にとって違和感のあるものでしょう。ティーパーティー運動の参加者にとっては、違和感を通り越して憤怒を覚える姿勢かもしれません。ケーシックが「オバマケア」(オバマ政権による国民皆保険制度)の支持者だと揶揄されてきた理由もここにあります。
 とはいえ、これはケーシックが「共和党内で」支持率が低い理由の一つにすぎません。本選で最も「強い」はずの候補が共和党内では最も「弱い」という事実からも分かるように、共和党内の多数意見と「アメリカ国民」の多数意見は乖離しています。今度の大統領選そのものを乗り切れたとしても、共和党は上院選で議席を維持し、国民政党としてその地位を保つことができるでしょうか。


 ◆若者向けキャンペーンが始動


 3月22日、「ホット・ディベート・ガイ」ことグレゴリー・カルーソが、ケーシック選対青年委員会(Young People for Kasich)の委員長に就任しました
 グレゴリー・カルーソは現在24歳、カリフォルニア州ロサンゼルスで生まれ育った共和党員です。昨年9月に開催された共和党候補のテレビ討論会で司会者の真後ろに座っていたところ、「イケメンすぎる観客」として注目を浴びました(詳しくはこちら)。テレビ討論会後、カーリー・フィオリーナ陣営とケーシック陣営はこの青年にそれぞれ接触を試み、支持を求めています
 両陣営がこの青年に接触したのは、彼が話題の人物だったからだけではありません。彼を味方につければ、彼の父親である資産家リック・カルーソの「財布」も手に入れられると考えたからです。ケーシック陣営は見事、3月2日にグレゴリーからの支持を獲得し、3月31日にはリックからも支援を取り付けました
 選対の青年委員長に就任すると、グレゴリー・カルーソはさっそくTwitterアカウント(@KasichYouth→@Youth4Principle)を開設して、お洒落なイメージ画像を少しずつ投稿し始めました。



 ――本当は撤退表明まで一気に振り返るつもりだったのですが、ここまでの文章が思いの外長くなってしまったので、今回は2016年3月分でまとめを切り上げることにします。4月分・5月分(「5月分」といっても、ケーシックは5月4日にはもう撤退を表明したのですが……)については、次回、「ケーシックの大統領選」シリーズ第7回としてご紹介することにしましょう。需要の有無は横に置くとして。

 なお、今回は各州予備選・党員集会の結果には触れませんでした。ケーシックは、3月15日に実施された地元・オハイオ州での予備選(詳しくはこちら)以外で勝利を飾っておらず、少なくとも開票結果に関して特筆すべき「ドラマ」が発生しなかったからです。得票率や順位は後日改めて「資料」としてこのブログに掲載する予定なので、何卒ご了承くださいませ。


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2016年05月05日

さよなら、ジョン・ケーシック ―ケーシックの大統領選〈号外〉


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▲ 選挙戦撤退を表明するケーシック (2016年5月4日)


 2016年5月4日、米大統領選に向けて共和党の候補指名争いに参戦していたジョン・ケーシックが、指名争いからの撤退を表明しました。




 午後5時ごろ、オハイオ州コロンバスにあるフランクリン公園温室植物園で記者会見を開いたケーシックは、共和党からの指名を確実にしたドナルド・トランプに一切言及することはなく、撤退の理由も語りませんでした。

 大統領選では「生き残った候補」が「脱落した候補」に、「脱落した候補」が「勝利した候補」に称賛や祝福のメッセージを送ることが慣例となっており、ケーシックもこれまで他候補が脱落する度に他候補を称えるメッセージを発表してきました。
 撤退表明会見の中でケーシックがトランプに一切言及しなかったことは、ケーシック陣営が依然としてトランプ陣営に非協力的であることを意味するのでしょう。

 ケーシックはこの後オハイオ州に留まり、2期目の任期が切れる2018年までオハイオ州知事を務め上げる予定です。例えばトランプのランニングメイト(副大統領候補)に就くようなことは考えられません。
 オハイオ州では知事の3選が禁止されているため「2018年」後の動向が注目されますが、今の時点であれこれ予想するのは邪推というものです。



 ――オハイオ州予備選での勝利から撤退表明に至るまでのケーシックの選挙運動については、後日、「ケーシックの大統領選」シリーズ第6章としてこのブログでまとめて叙述することにします。というわけで、まずは取り急ぎご報告まで。

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