2017年09月12日

業界を皮肉る“通好み”モキュメンタリー 『俺たちポップスター』


先日、新宿シネマカリテで
映画『俺たちポップスター』を観ました。

popstar-japanese-poster.jpg


 <あらすじ>
一世を風靡したアメリカの3人組ヒップホップグループ「Style Boyz」。
グループのフロントマンであるコナー(アンディ・サムバーグ)が
「Conner4Real」としてソロデビューし、グループはあえなく解散する。
元メンバー(ヨーマ・タコンヌ、アキヴァ・シェイファー)がくすぶる一方、
大人気となったコナーは自身のドキュメンタリー製作に着手するが、
ニューアルバムは酷評され、世界を股にかけたツアーも中止となり……。



本作はコメディグループ「ザ・ロンリー・アイランド」の劇場作品第2弾です。
ザ・ロンリー・アイランドとはアンディ・サムバーグ、ヨーマ・タコンヌ、
アキヴァ・シェイファーが2001年頃に結成した3人組で(詳しくはこちら)、
アメリカの国民的番組『サタデー・ナイト・ライブ(SNL)』の元レギュラー。
『SNL Digital Short』というコーナーで架空のミュージックビデオを連発し、
“カッコいいけどバカな曲”を披露するグループとして人気を獲得しました。

ザ・ロンリー・アイランドの映画が日本で公開されるのはこれが初めてだし
(『ホット・ロッド めざせ!不死身のスタントマン』はDVDスルーでした)、
シェイファー監督作(本作で3作目)が日本で公開されるのもこれが初めて。
劇映画だった『ホット・ロッド』とは対照的に本作はモキュメンタリー形式で、
架空のヒップホップグループとそのメンバーの挫折と再生を描いています。
いわば『Digital Short』の企画そのものを拡張した作品だと言えるでしょう。

『Digital Short』は毎回、有名人がカメオ出演することでも話題でしたが、
モキュメンタリーである本作でも世界的アーティストたちが本人役で登場し、
主人公「Conner4Real」の楽曲や人物像について証言を重ねていきます。
ただし、単体では客が呼べず、ゲストを招くも仇となるというプロットは、
これまで有名アーティストとの共演やコラボレーションを売りにしてきた
ザ・ロンリー・アイランド自身への自虐ギャグだと捉えられなくもありません。

主人公のキャラクターを1人・1組に絞って“一本勝負”していることもあり、
劇中で挿入される「Conner4Real」の楽曲群(という設定の楽曲群)は、
ザ・ロンリー・アイランドの過去の名曲と比べるとやや精彩を欠いています。
唯一出色だったのは『Equal Rights(平等の権利)』という楽曲です。
LGBTの平等な権利保障を訴えながらも「俺自身はゲイじゃないけどね」と
釈明したがるストレートアライを皮肉った、画期的な視点のナンバーでした。

ザ・ロンリー・アイランドのYouTubeチャンネルには、本編では削除された
『F**k Off』という題名からして危ない楽曲が投稿されていますが、
未公開とはいえ、これこそが本作で一番“カッコいいけどバカな曲”です。
このシーンが削除された理由は定かではありませんが、舞台上でミニコント
(楽曲を聴く保護者や教師が戸惑う)を上演してしまっているからでしょう。
そのミニコントは「主人公が支持されている」という設定には適合しません。

▲ 『俺たちポップスター』 未公開シーン 『F**k Off』



本作のキャスティングはコメディファンの心をくすぐる“通好み”なものです。
サラ・シルヴァーマンを常識人のパブリスト役で起用したのは大正解で、
彼女は他者との絡みで真価を発揮するタイプなのだと確認させられました。
『ホット・ロッド』でメインキャラクターの一人を演じていたビル・ヘイダーも、
出演シーンはわずかながら、本作でも個性的な役どころを助演しています。
家電メーカーの社員役でマーヤ・ルドルフが出演しているのも“たまらない”。

TMZ』ならぬ『CMZ』のコーナーではウィル・アーネットが進行役を演じ、
若者から人気のコメディアン、エリック・アンドレが記者役を演じています。
アンドレはカートゥーンネットワークの「アダルトスイム」枠で冠番組を持ち、
タブーを打ち破るコント仕立ての“ショックユーモア”で注目を浴びました。
また、Instagramに全裸画像を投稿して何分で削除されるかを試すという、
男子中学生しか思いつかないような過激&バカなネタでも有名です()。

ただし、彼の“全裸ネタ”はくだらないものとして単純に片付けられません。
例えば、Instagramに全裸画像(ペニスの写る画像)を投稿したのは、
男性の上半身裸の画像は放置するくせに女性の乳首の画像は削除する
Instagramの“ダブルスタンダード”を告発するためでもあります()。
天性の愛嬌があるがゆえに彼から“危険人物”感はあまり受けませんが、
レニー・ブルースに通じる風刺精神の持ち主だと言っては大げさでしょうか。

▲ 『ジ・エリック・アンドレ・ショー』 (アダルトスイム) 総集編


さらに、ザ・ロンリー・アイランドの芸風の“先輩”であるアル・ヤンコビック、
元『SNL』スターのケヴィン・ニーロン、実力派俳優でもあるウィル・フォーテ、
若手スタンダップコメディアン兼YouTuberのジェームズ・バックリーなど、
出演シーンが少ないチョイ役にも“通好み”のコメディアンを配しています。
「4人目のザ・ロンリー・アイランド」(?)ことジャスティン・ティンバーレイクも
ノンクレジットながらがっつり助演し、この作品に弾力性をもたせています。

“通好み”の最たる例は、『ザ・トゥナイト・ショー』(NBC)のパロディでしょう。
司会のジミー・ファロンが本人役で登場するだけならよくある光景ですが
(1990年代の映画にはジェイ・レノがテレビ画面越しにしばしば登場した)、
その際に番組バンドのザ・ルーツはもとより、アナウンサー(サブ司会)の
スティーヴ・ヒギンズをも登場させているところがまさしく“通好み”です。
コメディ界を本当に愛する人間が作った映画だということがよく分かります。

物語性という観点から言うと、マネージャー役を演じたティム・メドウスや、
主人公の母親役を演じたジョーン・キューザックの好演には唸らされました。
両者のおかげでこのモキュメンタリー作品には適度な“重厚さ”が生まれ、
単なる悪ふざけ映画を超えたドラマを展開することが可能となっています。
これは私の勝手な推測ですが、メドウスやキューザックを起用するセンスは
製作のジャド・アパトーではなく、監督であるシェイファーのセンスでしょう。



本作は『SNL Digital Short』というコーナーの劇場版だと先述しましたが、
『ブルース・ブラザース』(1980年)や『ウェインズ・ワールド』(1992年)、
『コーンヘッズ』(1993年)や『ロクスベリー・ナイト・フィーバー』(1998年)など、
『SNL』のコーナーに物語を付けて映画化した作品は過去にも存在します。
本作の何がそれらと違うのかというと、既出のキャラクターを登場させず、
『Digital Short』というコーナーの企画そのものを映画化している点です。

そのため、本作は『Digital Short』の“オリジナル番外編”とは言えても、
7年間に渡り放送された『Digital Short』の集大成と言うことはできません
(『Digital Short』の集大成と呼ぶべきは放送100回記念ビデオでしょう)。
また、ザ・ロンリー・アイランドを追いかけてきた私のような人間からすると、
本作は音楽産業を風刺するモキュメンタリー映画としては傑作であるものの、
彼らの代名詞たる“カッコいいけどバカな曲”のクオリティに不満が残ります。

もっとも、それは私が「ヒップホップミュージシャン」という主人公の属性に
親しみにくかっただけの話かもしれないし、劇中で披露される曲についても
あくまでも私の好みに今回はハマらなかっただけの話かもしれません。
繰り返しますが、本作は業界を皮肉るモキュメンタリーとしては傑作であり、
“通好み”のコメディアンによる小ネタも満載で、何度も観返したい映画です。
今日のアメリカ喜劇界の「B面」を学ぶための格好の教材にもなるでしょう。

これは余談ですが、私はザ・ロンリー・アイランドのファンであると同時に
グループの“頭脳”であるシェイファー監督とその作品のファンでもあります。
監督処女作『ホット・ロッド』の楽しさについては過去に触れた通りですが、
第2作『エイリアン バスターズ』(2012年)の面白さには舌を巻きました。
設定の整合性を軽視しがちな最近のコメディ映画の弱点を見事に克服し、
ギャグとストーリーが自然に調和する骨太なコメディ映画を仕上げています。


▲ 『俺たちポップスター』 日本版予告編
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2017年08月25日

“喜劇の王様” ジェリー・ルイスを悼んで 『底抜けシンデレラ野郎』


先日、ジェリー・ルイスを追悼して
映画『底抜けシンデレラ野郎』(1960年)を観ました。

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 <あらすじ>
現代のロサンゼルス。幼い頃に父を亡くしたフェラ(ジェリー・ルイス)は、
継母(ジュディス・アンダーソン)とその連れ子たち(ロバート・ハットン、
 ヘンリー・シルヴァ)に辛くあたられ、使用人としてこき使われていた。
ある日、異国のチャーミング王女(アンナ・マリア・アルバーゲッティ)が
結婚相手となる男性を探すためロサンゼルスへやって来る。
継母は何としても自分の息子を王女と結婚させようと策略を練るが……。



8月20日、コメディ俳優のジェリー・ルイスが老衰のため亡くなりました。
アメリカ喜劇の一つの顔であったスラップスティックコメディアンの死に、
俳優のジム・キャリーも「ルイスは明らかな天才で、底知れぬ天恵だった」
「僕が存在するのは彼が存在したからだ」との声明を発表しました()。

共同通信の記事ではルイスの経歴がコンパクトにまとめられています。

<訃報> ジェリー・ルイスさん 91歳=米喜劇俳優

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▲ 『毎日新聞』 朝刊 (2017年8月22日付)

 【ニューヨーク共同】人気コメディー映画「底抜け」シリーズで知られ、米国の喜劇王として一時代を築いた喜劇俳優ジェリー・ルイスさんが20日、米西部ラスベガスの自宅で老衰のため死去した。91歳。米メディアが報じた。

 1926年、東部ニュージャージー州ニューアーク生まれ。芸人だった親と共に5歳から舞台に立つ。1946年、急場しのぎに組んだ故ディーン・マーチンさんとのコメディーコンビが大当たりし、一躍スターとなった。映画「底抜け」シリーズなどで人気を集め「1950年代きってのドル箱喜劇チーム」と言われた。

 1956年にマーチンさんとのコンビを解消。同氏が演技派に転向した後も、ルイスさんはコメディー路線を継続し、脚本家や監督も務め、代表作の映画「底抜け大学教授」などを発表した。

 慈善事業にも力を入れ、筋ジストロフィー患者を支援する長時間番組の司会を1966年から40年以上にわたって務め、多額の寄付金を集めた。90歳を超えても舞台に立ち続け、来年の出演予定も組まれていた。


ジェリー・ルイス単独主演作のDVDソフトとして
2017年8月現在、日本では以下の6タイトルがリリースされています。

『底抜けてんやわんや』 (1960年、原題:The Bellboy
『底抜けシンデレラ野郎』 (1960年、原題:Cinderfella
『底抜けもててもてて』 (1961年、原題:The Ladies Man
『底抜け便利屋小僧』 (1961年、原題:The Errand Boy
『底抜け大学教授』 (1962年、原題:The Nutty Professor
『底抜けいいカモ』 (1964年、原題:The Patsy

ジェリー・ルイスはこのほかにも、『底抜け再就職も楽じゃない』(1980年)、
『キング・オブ・コメディ』(1982年)、『アリゾナ・ドリーム』(1992年)、
『ファニー・ボーン/骨まで笑って』(1995年)などの映画に出演しました。
とりわけ、マーティン・スコセッシ監督の名作『キング・オブ・コメディ』は
“喜劇の王様”ルイスの存在なくして成り立たない作品とも称えるでしょう。

▲ 『キング・オブ・コメディ』 予告編 (2017年再編集版)



では、なぜ私はルイスを追悼する一本として『底抜けシンデレラ野郎』を
選んだのかというと、「ルイスの自我がよく表れている作品だと思うから」。
監督作ではないものの、本作ではルイスの作家性が発揮されており、
“単なる芸人”から脱皮しようとしたルイスの意識が伝わってくるのです。

それまでの主演作とは少し趣を変えてギャグを抑制し、ドラマ性を高め、
チャップリンの長編作品を彷彿とさせるペーソスさえ滲ませる。
それならばお涙頂戴の古臭い映画なのかというと、決してそうではない。
アメリカン・ニューシネマの萌芽を漂わせる斬新な演出が施されており、
視覚的にも音楽的にもカラフルかつユニークな作品に仕上がっています。

中でも、本物のカウント・ベイシー楽団をバックに従えて展開される
“舞踏会”でのダンスシーンは、ゴージャスでありながら幻想的なこしらえ。
さらに、ラジオから流れるカウント・ベイシー楽団の楽曲に合わせて
ルイスがみせるパントマイムも有名で、今も語り継がれる名シーンです。
(『底抜け便利屋小僧』でのパントマイムのほうが完成度は高いものの。)

▲ 『底抜けシンデレラ野郎』 (1960年) より



ジャジーな音楽をクールに活用しつつ、前衛的な演出も織り込みながら、
本作はあくまでもファミリー向けのエンターテインメント作品なのですが、
実はこの作品は私にとっては“難解”な映画でもありました。
どうしても考察を要するストーリー上の“難問”を3点も抱えているのです。

@ なぜフェラは王女に「過去に会ったことがある」と回答したのか?
A なぜ王女は数分間一緒に踊っただけのフェラを愛したのか?
B なぜ王女はフェラの名前を知り、フェラの目の前に再び現れたのか?

@ については、前の晩に“不審者”として見かけた/見かけられたのも
「過去に会った」うちに入る、ということにしておきましょう。
次に、A については「そういうものだから」として処理してしまいましょう。
結局、王女がフェラのどこに惹かれたのかは最後まで判然としませんが、
おとぎ話の世界の“運命の恋”に経緯もへったくれもありゃしないのです。

B については妄想力を働かせ、非常識な解釈を採ることにしましょう。
すなわち、ラスト数分間を「フェラの願望に基づく空想」だと考えるのです。
舞踏会の翌日、継母とその連れ子に別れを告げるところまでが現実で、
自転車に乗って邸宅を出てからはすべてフェラ青年の空想なのだ、と。

空想上の話であれば、王女がフェラの名前を知っていて不思議はないし、
フェラの居所や外出する時間を把握していても不思議はありません。
カウント・ベイシー楽団の姿形がないのに彼らの演奏が響いているのも、
「ふたりはいつまでも幸せに暮らした」という字幕が表示される割には
両者の表情が陰鬱なのも、これが空想であると強調するための演出です。

──当然ながら、この「ラスト数分間はフェラの願望に基づく空想」説は
公式設定的には不正解だと思われますが、そのようにでも解釈しないと、
細かい部分の論理的整合が気になる私としては納得がいかないので──
物事をあえて誤解することで私の精神のバランスを安定させてください。



このほかにもこの映画に対してツッコみたい点はいくつかあるのですが
(例えば、“変身”の物足りなさや、男性目線でしかない台詞など)、
このようなスタイルの娯楽映画の揚げ足を取るのは野暮なことであるし、
逆にそれら細部にこそジェリー・ルイスの自我を見出せるというものです。

もっとも、世間がルイスの自我や作家性を高く評価していたのかというと、
おそらくはさにあらず()、アクションや表情、愛嬌のあるキャラクター、
“永遠の末っ子”的な立ち位置がウケていたのではないかと思われます。
ルイスの笑いは日本を含む世界中の観客から人気を集める一方で、
「低俗」「白痴的」と評されるなど、毀誉褒貶の激しいものでもありました。

 「ぼくは福島県で育ったんですけど、高校の頃に洋画専門の映画館で映写技師のアルバイトをやってまして。その時に、チャップリンとか、バスター・キートン、ボブ・ホープ、アボット&コステロ、ジェリー・ルイスなんかの一連のアメリカの喜劇映画をずいぶん観ました。 (中略) 中でもジェリー・ルイスがとても好きでした。変わった洋服とか着ていて、なんかすごくファンキーなんですよね。キチッとすると結構、二枚目でね。」
── 加藤茶 (『東京人』 2004年7月号)
 「J(ジェリー)・ルイスはダメ。あれはアメリカ人という程度の低い連中が楽しむ喜劇? ドタバタだ。いや家元、ドタバタも好き。
 でも、J・ルイスはダメ、ダメだ。イタリーのA(アルベルト)・ソルディ、イギリスのN(ノーマン)・ウィズダム、近頃ではMr.ビーンがそれに相当(あた)る。」
── 立川談志 (『笑芸人』 2002春号)

私自身は『底抜けシンデレラ野郎』を再見して、ルイスの間(ま)やテンポ、
動きや表情、笑いに対する情熱はやはり大したものだと思わされたし
(全速力で階段を上る場面ではカット直後に倒れて2週間入院したらしい)、
クラシックなコメディ映画が持つ“たくましさ”に惚れ直すことができました。

笑いのセンスや価値観の相違はいかんとも埋め難いものがありますが、
個人の好き嫌いは別として、ジェリー・ルイスというコメディ俳優が
20世紀のコメディを代表する存在であったことは紛れもない事実です。
彼の笑いを忌む人物であっても、彼の存在に触れずして喜劇映画を、
ハリウッド映画を、そして20世紀という時代を論じることは不可能でしょう。

最後に、アメリカ喜劇界の巨匠 カール・ライナー監督の言葉を紹介し、
天寿をまっとうしてこの世を旅立った“人気者”への追悼の辞に代えます。

 「すべてのコメディアンは他のコメディアンを見ている。そしていかなる世代のコメディアンも、『ザ・コルゲート・コメディ・アワー』でのひょうきんでクレイジーなジェリーを見て育った頃に立ち戻らずにはいられない。人類史では最初に棒を摩擦して火を起こしたヤツこそが回顧されるべき存在であり、あとの者はヤツの真似を試みたにすぎないとされるが、コメディの世界においてはジェリー・ルイスこそがその“ヤツ”なのである。」
── カール・ライナー (『ハリウッド・リポーター』 2017年8月23日付)

(※) 註釈
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2017年08月04日

全体主義の下、いかに「私」はあり得るか 『残像』


先日、岩波ホールで 映画『残像』を観ました。

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 <あらすじ>
第二次大戦後、ソ連の影響下で社会主義国家となったポーランド。
前衛的な画家・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は
ウッチ造形大学の教授として若い学生たちの指導にあたっていた。
しかし、芸術を政治に利用とする政府の方針に反発したために、
画家としての名声、人間としての尊厳までもが踏みにじられていく。



『残像』(2016年)は『灰とダイヤモンド』(1958年)などで高名な巨匠、
アンジェイ・ワイダ監督(2016年没)の遺作となった作品です。
社会主義の政権下で「社会主義リアリズム」に追従しなかったために
迫害されていく実在の画家・ストゥシェミンスキの晩年を描いています。
とはいえ、本作では次代を担う若者たちの葛藤や行動も映されており、
シリアスな展開が続く中にも、活力や希望が滲んでいるのも確かです。

主人公・ストゥシェミンスキは学生に慕われる造形大学の教授であり、
その講義は情熱的でありつつも理論的で、決して抽象的ではありません。
例えば、「どのように自らの芸術を確立すべきか」と問い掛けられると
ストゥシェミンスキは「自分で探すしかない」と返答するとともに、
芸術と自身を調和させる重要性について示唆的な助言を送っています。
最晩年には自らの『視覚理論』をまとめることに精力を傾けていました。

情熱と理論を融和させるストゥシェミンスキの芸術家としての在り方は、
人生というレベルにおいては理想と現実の対立劇となって現れます。
ストゥシェミンスキは「社会主義リアリズム」に静かに抵抗しつつも、
自らの生活と生存のためにスターリンの肖像画を描き始めるのです。
信条と責任のあいだで葛藤する全体主義体制下の個人を描いてきた
ワイダ監督作品の集大成と呼ぶにふさわしい、物語の構図であります。

もちろん、ワイダ監督は『ワレサ 連帯の男』(2013年)でそうしたように、
自らの映画の主人公を聖なる英雄として表現するのではなく
私生活での“かっこよくない”人間像も併せて冷徹に提示していました。
まるでそれは、完全無欠で隙がないと前提されている「国家」に対して
優柔不断でだらしがなくて綻びだらけの「個人」をぶつけることで、
全体主義が非人間的な仕組みであることを強調しているかのようです。



生前のワイダ監督は、全体主義の国家が個人を抑圧していくようすを、
作品を通して、そして自身の発言としても粘り強く発信してきました。
本作『残像』でも、文化大臣から「あなたはどちらの側につくんだ?」と
問われたストゥシェミンスキの友人が「私はあなたの側につく」と答えて、
大臣が「『あなた』? 我々の側につくということか?」と返す場面など、
全体主義体制ならではの象徴的なセリフや展開が用意されていました。

全体主義体制の下では「I」や「you」のような単数形の存在は許されず、
「we」や「they」のような複数形のみが用いられることになります。
ボーヴォワールが「真理は一つだが誤謬は複数ある」と言い放ったように、
全体主義はたった一つの「正解」以外の存在を許容できません。
芸術活動が本来的に「別解」しか持たない営みであることを考えれば、
全体主義の世の中で芸術家であり続けることの困難さがよく分かります。

「社会主義は間違っておらず、ソ連型社会主義が間違っていただけだ」
という主張は今なお存在しますが、社会主義が全体主義である以上、
そのような“技術論”は的外れの妄説だと指摘せざるを得ません。
「独裁は他の体制でもあったのだから、社会主義が悪いわけではない」
という主張にしても、社会主義だけが悪ではないことの説明ではあっても、
社会主義という全体主義が根本的に抱える問題を何も隠せていません。

私たち──否、“私”は、社会主義や共産主義を含むあらゆる全体主義を、
個人の尊厳を破壊するイデオロギーとして否定しなければなりません。
必要なのは、全体主義に対抗する体制としてのリベラル・デモクラシーの
“完成なき構築作業”であって、全体主義の“運用論”ではないはずです。
──今日の世界を見渡せばもはや手垢のついた結論ですらありませんが、
それこそが、私がワイダ監督の遺作から受け取ったメッセージなのです。



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