2018年10月21日

どこか懐かしい“教育ビデオ”の世界 『ブリグズビー・ベア』


先日、キネカ大森で
映画『ブリグズビー・ベア』(2017年)を観ました。
同時上映は『犬ヶ島』(2018年)。

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 <あらすじ>
小さなシェルター内で“両親”(マーク・ハミル、ジェーン・アダムス)と
ともに暮らす25歳の青年ジェームス(カイル・ムーニー)は、
子ども向け教育番組『ブリグズビー・ベアの冒険』の大ファンである。
いつものように“番組”の世界の研究に勤しんでいたある日の晩、
遠くのほうから警察がやって来て、“両親”をいきなり逮捕してしまう。

 (以下の文章はネタバレを含みます!)



バラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』(NBC)の現役レギュラー、
カイル・ムーニーの初主演映画である本作は、言うなれば、
“ムーニーとその仲間たち”によって制作されたコメディ=ドラマです。
中学生の頃にカイル・ムーニーが着想したという原案に基づき、
ムーニーの中学時代からの友人がムーニーとともに脚本を執筆し、
やはり中学時代からの盟友デイヴ・マッカリーが監督を務めました。

ムーニー&マッカリーの南カリフォルニア大学時代の同級生であり、
大学卒業後はともにコントグループを結成したベック・ベネット、
ニック・ラザフォードの2人も本作にちょっとした役で出演しています
(ちなみにこの4人は全員が『SNL』のキャスト/ライター経験者です。
ムーニーとベネットは2013年から今なおレギュラー出演しており、
マッカリーも不定期で単発スケッチの脚本・演出を担当しています)。

ムーニー&マッカリー組が『SNL』内で発表してきたスケッチのうち、
私が特にお気に入りなのは『Ice Cream』というスケッチです。
客(ベネット)が発した“取るに足らないジョーク”の意味が分からず
店員(ムーニー)の脳内が混乱を来すという短めのコントですが、
シュールな“短編映画”として実に美しく完成されていると思います。
私はこのコントを観て以来、ムーニーを高評価するようになりました。


▲ 『サタデー・ナイト・ライブ』 (NBC) 2013年11月2日放送分より



アンディ・サムバーグをはじめとする“ザ・ロンリー・アイランド”と
フィル・ロード&クリストファー・ミラーの製作で公開に至った本作は、
実際のところ、スリリングな事柄をテーマに据えています。
すなわち、「強制されていた幸福を正当化することは許されるか」。
監禁先での押し付けられた思い出に“幸せ”を見出すことは、
強制収容所での“喜び”を認めるのと同様の危うさを有しています。

興味深いのは、ジェームス(ムーニー)の身柄が解放されたのち、
“本当の両親”もまた彼に“幸福”を押し付けようとしていることです。
スポーツをさせるなどして息子の“正常化”を試みる行為は、
“偽の両親”のそれと同様、結局は親のエゴイズムにすぎません。
“異常な両親”と“正常な両親”の子育てを同列化させることで、
本作は「強制」をめぐる議論にもう一歩深く踏み込んでいるのです。

その一方で、「この映画は誘拐や監禁を容認してはいまいか」との
批判が浮上することを危惧していたとみえて、本作の制作者は、
ジェームスが『ブリグズビー・ベアの冒険』の新作を撮影する目的を、
あくまでも「物語を自分の手で完結させるため」と設定しています。
ジェームスの前に現れた幻想上の“ベア”は最後には自ら消滅し、
過去(“ベア”)は自ら切り開いた現実によって克服されたのでした。

いまいち腑に落ちなかったのは、ジェームスを取り巻く家族や友人、
警察官までもが、ジェームスに対して“優しすぎる”ことです。
当然ながら、これはジェームスが長期間の犯罪被害者であるため
(それゆえに精神年齢が実年齢に追い付いていないため)ですが、
当のジェームス本人が自身を“被害者”と認識していないため、
周囲の者たちの態度はただ“過保護”であるようにしか見えません。

“過保護”とは一方がもう一方を見下すからこそ生じる態度ですが、
その点、ジェームスと対等に接する(ことしかできない)
精神科の入院患者エリック(サムバーグ)との交流は胸を打ちます。
「ハートウォーミングなコメディ」と紹介されがちな本作ですが、
私は精神科病院でのジェームスとエリックの不器用な交流こそが
本作の唯一にして最良のハートウォーミングな描写だと感じました。



“強制” “精神科”といった単語のせいで勘違いされるのを防ぐため
慌てて書き記しておくと、この映画のタッチは全体的に柔和です。
我が主演俳優はもとより、マット・ウォルシュミカエラ・ワトキンス
ジョージ・レンデボーグ・Jr.らの演技はカジュアルで親しみやすいし、
さすがは『SNL』現役レギュラーと“その仲間たち”による映画だと
感心させられるような“ギャグらしいギャグ”もそれなりに存在します。

本編序盤のオナニーのシーンは機械的であるがゆえに微笑ましく
(ただしそれはオナニーは本能的な行為だとの指摘でもある)、
ジェームスとヴォーゲル刑事(グレッグ・キニア)の会話も愉快です。
そしてもちろん、子ども向け番組『ブリグズビー・ベアの冒険』!
VHSマニア”の制作陣らしく、ビデオテープ特有の質感によって、
独創的なのにどこか懐かしい教育ビデオの世界を展開しています。

ムーニー&マッカリー組はもともと、『SNL』内のスケッチにおいて、
1990年代の文化や空気感への郷愁を前面に押し出してきました
(中でも“1990年前後風シットコム”の数々は必見でしょう)。
彼らの長編デビュー作となった本作は、まさしく“VHS時代”を愛好し、
ファンタジックな環境設定とシュールな笑いをためらわないという
芸風・作風がいかんなく発揮された、柔らかくも刺激的な映画です。



▲ 『ブリグズビー・ベア』 (2017年) 特報



 <追記>
ところで、本作を鑑賞した直後に思い出した映画が一つあります。
ウィル・フェレル&アダム・マッケイの製作会社がプロデュースし、
クリステン・ウィグが主演した『Welcome to Me』(2014年)です。
物語の方向性や登場人物の心境などは位相を異にするものの、
“番組”マニアの病的な主人公が自己満足を追求した結果として
人生を再生させていくという点に、近似性が確かめられるのです。

いまや映画の観客の数人に一人は心の病を抱えている時代です。
コメディ作品には様々なパターンやバリエーションがありますが
(決して「緊張と緩和」などという一概念では説明し切れません!)、
精神疾患的な主人公の置かれた立場に寄り添うような作品が
コメディとして成り立っている現状を鑑みると、“抗うつ剤”としての
コメディ映画のさらなる新たな可能性についても考えさせられます。


▲ 『Welcome to Me』 (2014年) 予告編
posted at 23:59 | Comment(0) | 映画・TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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