2018年08月12日

“自分らしい古典”で歌丸追悼! 昇太の“可愛い”『鷺とり』


今日は、国立演芸場 8月中席 へ行ってきました。
主任は、春風亭昇太師匠。

kokuritsu-201808-poster.jpg



 <本日の番組>

開口一番:(前座) 三遊亭金かん 『魚根問』
落語:(交互) 春風亭昇吉 『七段目』
落語:(交互) 桂歌蔵 『師匠と国立演芸場』
落語:(交互) 桂歌助 『代り目』〜踊り「奴さん」「姐さん」
太神楽曲芸:(交互) 鏡味正二郎
落語:(交互) 桂歌春 『強情灸』

 〜仲入り〜

コント:コント山口君と竹田君
落語:(交互) 桂小南 『ん廻し』
漫才:東京太・ゆめ子
落語:(交互・主任) 春風亭昇太 『鷺とり』



★金かん 『魚根問』
開口一番は金遊門下の金かんさん。
語源が「群馬訛り」などとして紹介される『魚根問』。
声はもう少し大きくてよいと思うが、落ち着いている。
「(鰻は)ひっくり返さないと“焦げる”」がサゲだった。

★昇吉 『七段目』
「その昇太がうちの弟子です。じゃなくて師匠です」。
いつの間にか“実力派”な語り口へと熟達している。
“歌丸電気毛布”を経て「演芸場側は納屋」と笑わせ、
『七段目』を漫画チックな“キャラクター落語”として。

★歌蔵 『師匠と国立演芸場』
「8月になってようやく思い出話を語れるかな、と」。
最期の歌丸師匠は看護師にもキツくあたったという。
「ハーゲンダッツを食べさせてあげればよかった」と
面白おかしく後悔を述べ、地方独演会エピソードへ。
「師匠は国立で味をしめた怪談噺を演ったが……」。
追悼興行にふさわしい、愛に満ちた“爆笑譚”である。

★歌助 『代り目』〜「奴さん」「姐さん」
教師になるため上京し、寄席にハマって歌丸門下。
「うちの師匠は酒を呑まなかった」と述懐してから、
“俥屋”ではなく“亭主”のほうが扉を叩く『代り目』へ。
最後の独白部分では“亭主”は目を瞑りながら話す。

★正二郎
お手玉→五階茶碗→傘廻し(毬・茶碗・升)。
初めて曲芸を観たと思しき観客からは歓声も湧く。
──太神楽曲芸を観る度に私の脳裏に浮かぶのは、
芸の最中に地震が起きたらどうなるのかということ。

★歌春 『強情灸』
「お盆は連日満員。連日と言っても昨日からだが」。
歌丸師匠に関する逸話などはこれといって話さず、
浅草の銭湯の“江戸っ子”に触れてから『強情灸』へ。
灸の熱さが廻ってくると声色もだいぶダイナミックに。

★コント山口君と竹田君
おなじみの「温泉旅館の客と番頭」のコントだが、
新ギャグや新設定が入り、結構アレンジされている。
竹「トイレットペーパーのトイレットペーパーが……」
山「二枚重ねですか」「あなたトイレに固執しますね」。

★小南 『ん廻し』
毎年恒例、過去&今年分の大入り袋を披露する。
「昨年の小南襲名時も歌丸師匠が後押ししてくれた」。
“癖色々”を経て、奇術&曲芸要素もある『ん廻し』へ。
そして最後には「引くかもしれないけど」と言いながら
手紙を取りだし、歌丸師匠への感謝の言葉を述べる。
「大入り袋の数だけもらうよ。なぜなら、“こなン”……」。

★京太・ゆめ子
「色んなことがある」と切り出し、「夫婦」→「習い事」。
駅名と同じ名字の友達が次々と繰り出されるのだが、
間が空きそうな時点でゆめ子先生が先に名前を出す。
のんびりしているようで、かなり集中力の高い漫才だ。

★昇太 『鷺とり』
「歌丸師匠は今年は事情があって出られないんです」。
7月2日は会見→独演会→会見→打ち上げ→取材で、
神妙↔陽気の「気分の切り替えが難しかった」と明かす。
芸協としての会見ではまず小遊三師匠が笑いを獲り、
「落語家は横一列に並ぶと面白いことを言おうとする」
「他の人がウケていると自分もウケたいと思ってしまう」。
フォトセッションで米助師匠はVサインまでしていたが、
「芸人なんだからこれでいい。僕の時は紅白幕でいい」。
「甲子園の高校球児は羨ましい。落語家の場合は……」
「自分に落語家以外の仕事は無理だった」と話してから、
珍妙な“仕事”がテーマのややブラックな噺『鷺とり』へ。
冒頭の「雀とり」の件からして“雀”の所作が可愛らしい。
さすがは動物落語『愛犬チャッピー』の生みの親にして、
夢みる小犬ウィッシュボーン』の日本語版声優である。
頭を金槌で殴られた“鷺”の「アァン……」という鳴き声や、
羽ばたこうとする“鷺”の所作なども、たまらない面白さ。
小動物を演じさせたら昇太師匠の右に出る者はいまい。
(奇しくも展示室では「落語の所作」特別展が開催中)。
人間のほうはというと、主人公の“男”は意外と意地悪で、
逃げる“鷺”に対しては「また捕まえるからな!」と叫ぶ。
昇太師匠の人格をも含む個性が凝縮された一席だった。



── というわけで本日は、歌丸師匠のいない国立演芸場8月中席で
「桂歌丸追悼」と題されることになった日替わり興行を拝見しました。
今席の顔付け自体は歌丸師匠の生前中から決まっていましたが、
期せずして歌丸師匠を“追悼”する10日間となってしまったわけです。

国立演芸場客席のロビーでは歌丸師匠を偲ぶコーナーが設けられ、
多くのお客さんが歌丸師匠の高座写真やお着物を眺めていました。
かくいう私も、特設された追悼の記帳台で名前を記してきましたよ!


kokuritsu-201808-utamaru-01.jpg

kokuritsu-201808-utamaru-02.jpg

kokuritsu-201808-utamaru-03.jpg

kokuritsu-201808-utamaru-04.jpg



今日、私が永田町駅のホームを降りて会場へ向かいつつ思ったのは、
「もう二度と歌丸師匠を聴きに行くことはできないのだな」ということ。
歌丸師匠を聴くためにこの道を歩くことはもうあり得ないのかと思うと、
自分の人生の一かけらが喪われたような気がして、切なくなりました。

そして、いざ国立演芸場に到着して、緞帳が上がって──。
それぞれの芸人が、それぞれなりのアプローチで“追悼”をしている、
その光景を目の当たりにして、私は演芸の力を改めて確認しました。

歌助・歌蔵両師匠は直弟子だからこそ抱いてきた思いや逸話を語り、
歌春師匠はむしろ歌丸師匠について言及しないことで自我を示し、
小南師匠は“大入り袋”ネタをやってきたが故の趣向で客を感動させ、
昇太師匠は自分らしい古典を演じ、歌丸師匠の死をあえて超越する。

歌丸師匠がお亡くなりになったことはたしかにとても悲しいことで、
私でさえもしばらくは“歌丸ロス”を痛感せざるを得なくなりそうですが、
多様な芸人が、それぞれの個性で観客を愉しませている光景に接し、
私は“寄席演芸好き”としての自分の将来をとても明るく感じています。


kokuritsu-20180812-endai.jpg
posted at 23:59 | Comment(0) | 寄席・演芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
(C) Copyright 2009 - 2018 MITSUYOSHI WATANABE