2018年06月04日

共産主義者の“バディムービー” 『マルクス・エンゲルス』


先日、岩波ホールで
映画『マルクス・エンゲルス』を観ました。

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 <あらすじ>
26歳のジャーナリストだったカール・マルクス(アウグスト・ディール)は、
その過激な言論活動のため、妻とともにドイツ政府から国を追われる。
パリへ移ったマルクスは、マンチェスターにある紡績工場の御曹司:
フリードリヒ・エンゲルス(シュテファン・コナルスケ)と偶然にも出会う。
互いの第一印象は最悪だったものの、2人はたちまち意気投合し……。



ドイツの思想家とその協力者の若き日々を描いたこの映画を観ながら、
私はロバート・ダウニー・Jr.とジュード・ロウが主演するハリウッド映画
シャーロック・ホームズ』シリーズ(2009年〜)を思い出していました。
19世紀のヨーロッパで青年世代の男性コンビが活躍するばかりでなく、
対等でありながらも同等ではない2人の関係性が共通しているのです。

また、エンゲルスがアイリッシュパブで労働者の男に殴られるシーンや、
マルクスとエンゲルスが官憲に追われて街路を逃げ回るシーンなどは、
ハリウッド流の“エンターテインメント映画”的なタッチで描かれています。
ラウル・ペック監督の狙いはさておき、本作は教育的な映画ではなく、
あくまでも青年たちとその妻の友情を描くドラマ映画だと言えるでしょう。

実際、この映画を観ても、2人がなぜあのような思想を構築できたのか、
世界を“変革”するために“批判”を重視していたのかは分かりません。
たしかに、冒頭にはエンゲルスが労働者の声と直面する場面が存在し、
中盤ではマルクスが図書館で学習に励む様子が描かれてもいますが、
彼らの思想の根拠となる明瞭な“事件”が示されるわけではないのです。

まさしくそれゆえに、この映画は劇映画として信頼に値する作品であり
(シャーロック・ホームズが探偵を志した理由なんてどうでもいい!)、
結局のところは典型的な“バディ映画”となっているということもあって、
マルクスに関心がない観客にも通じる普遍的な力強さを持っています。
本作を機に『共産党宣言』を紐解く若者も現れるのではないでしょうか。

かくいう私は“科学的社会主義者”でも共産主義者でもあり得ませんが、
現代社会を生き抜くためには、『資本論』第1巻で解き明かされている
資本主義に対する分析を把握することがとても重要だと考えています。
「能力が向上すれば賃金も上がる」という誤解に足をすくわれないよう、
まずは池上彰著『高校生からわかる「資本論」』(ホーム社)をどうぞ!

さて、最後にこの映画についてやはり書いておきたいことがあります。
それは、シュテファン・コナルスケ演じるエンゲルスの魅力について──。
“ワトソン君”の立場でありながら、演説シーンでは見せ場を与えられ、
人間的な“誠実さ”と“優しさ”を常に秘めているそのキャラクター造型は、
エンゲルスに勝手な親近感を抱いてきた私も満足の出来栄えでした。



▲ 『マルクス・エンゲルス』 (2017年) 予告編



 <追記>
『マルクス・エンゲルス』を観ながら連想した映画が もう一つあります。
ジョン・ランディス監督の最近作『バーク アンド ヘア』(2010年)です。
19世紀に実際にあった連続殺人事件を題材にしたブラックコメディで、
英国喜劇の伝説的撮影所:イーリング・スタジオの製作による作品で、
私の隠れた(隠す必要はないのですが)お気に入り映画でもあります。

革命家が主人公の“真面目な”映画『マルクス・エンゲルス』とは違い、
“バディ映画”という点では共通するものの、『バーク アンド ヘア』は、
コメディという視点からこの世界や人間の在り方を“解釈”しています。
逆説的かつ横柄な説明になりますが、『マルクス・エンゲルス』を観て、
私はコメディ的な視点を忘れない人間であり続けたいと再認しました。
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