2016年03月10日

ミシガンは「大人」の羽ばたくところ ―ケーシックの大統領選(4)


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▲ 支持者を前に演説するケーシック (2016年3月8日)


 米大統領候補を決める共和党の指名レースでは、3月1日から8日にかけて、実に20の州・地域で予備選・党員集会が実施されました。
 オハイオ州知事のジョン・ケーシックは少しずつ、しかし着実に獲得代議員数を伸ばし、もはや「泡沫候補」と切り捨てられない存在感を放っています。

 3月1日のスーパーチューズデーを乗り越えたケーシックが、3月5日の予備選・党員集会、そしてミシガン州などで実施された3月8日の予備選・党員集会をどのように戦ったのか、時系列に沿って振り返ることにしましょう。

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 ◆スーパーチューズデーの結果


 ジョン・ケーシックは、3月1日の「スーパーチューズデー」ではどの州でも勝利を飾ることができませんでした。しかし、ケーシックの目標がスーパーチューズデーを「勝ち抜くこと」ではなく「惨敗しないこと」であったことを考えれば、ケーシックはまずまずの結果を残すことができたといえます。
 実際、マサチューセッツ州予備選ではマルコ・ルビオを抜いて2位につけたほか、バーモント州予備選では首位のドナルド・トランプと互角の戦いをみせました。バーモント州でのトランプのとケーシックの得票率はわずか2%しか差がなく、獲得代議員数はどちらも6名です。ケーシック自身が開票結果を受けて「完全に予想を超えた」と語っていたように、ケーシックが下馬評以上の存在感を発揮したのは確かです。


 ◆ギングリッチがサプライズ来場

 スーパーチューズデー当日、ケーシック陣営のイベント会場にある人物が現れました。共和党の重鎮で元連邦下院議長のニュート・ギングリッチです。ギングリッチは1990年代に共和党の「顔」として君臨し、2012年大統領選では共和党の指名争いに名乗りを上げています。押しも押されもせぬ米政界の代表的人物であり、ケーシックにとっては下院議員時代の「兄貴分」的な存在です。
 この大統領選でギングリッチは特定の候補への支援を避けてきました。ケーシックのイベント会場に現れたのもギングリッチ曰く「友情の証」であり、正式にケーシックへの支持を表明したわけではありません。しかしギングリッチがケーシックのイベント会場に現れたことは、彼がケーシックの選挙活動を暗黙的に応援していることを意味します。ルビオ支持者から「撤退圧力」を受けてきたケーシック陣営にとっては追い風となったことでしょう。


 ◆ルビオの個人攻撃


 ケーシックのイベント会場に「サプライズ来場」した際、ギングリッチはナショナル・レビュー誌の記者に興味深いことを語っています。「クリス・クリスティーと違って、ルビオは相手への攻撃の作法を分かっていない」というのです
 スーパーチューズデー直前、ルビオはトランプの手の小ささを揶揄しました。手が小さいということは「他の部分」も小さいだろうというわけです。上品とはいえない個人攻撃をしたルビオに対し、ギングリッチは辛い評価を下したのでした。
 ちなみに、ルビオのこの「トランプは手が小さい」発言について、ケーシックは「私はそのような攻撃はしない。なぜだか分かるかい? 私の娘も、妻も、友人たちも、私のことを誇りに思ってくれているからだよ」とコメントしています


 ◆スーパーPACの新CM


 3月2日、ケーシックのスーパーPAC「New Day for America」は、ミシガン州とオハイオ州で放送するための新たなテレビコマーシャルを公開しました。『Talk(語るだけ)』と題されたこのコマーシャルは、トランプやクルーズ、ルビオやカーソンが主張している公約を、ケーシックはすでに連邦下院議員やオハイオ州知事として実現してきたと訴えています。
 クルーズ(2013年初当選)とルビオ(2011年初当選)はどちらも「1回生議員」で、議会でのパフォーマンス以外にはこれといった実績はありません。トランプとカーソンに至っては政治経験すらありません。下院議員時代に連邦予算均衡化を導き、オハイオ州知事として州財政の黒字化を達成したケーシックが、自らの政治的キャリアを強調するのは当然でしょう。


 ◆「ホット・ディベート・ガイ」の支持表明


 3月2日、グレゴリー・カルーソという24歳の青年が、ケーシックを支持する理由を綴ったコラムをタイム誌に寄稿しました。コラムのタイトルは『ケーシック、ケーシック、ケーシック、ケーシック』。「トランプとクルーズとルビオによる『スリーリング・サーカス』(3つのリングで行うサーカス)にはもう愛想が尽きた」「ケーシックが指名争いに留まり続けることを望む」というのがその内容です。
 グレゴリー・カルーソは資産家リック・カルーソの息子で、南カリフォルニア大学映画学科を卒業しました。彼が有名になったのは、CNNが昨年(2015年)9月に主催した共和党候補のテレビ討論会で司会者の後ろに座っていたためです。「あの謎のイケメンは何者なのか」とインターネット上で話題となり、「ホット・ディベート・ガイ(討論会のアツい男)」とあだ名されました。第40代大統領ロナルド・レーガンと第43代大統領ジョージ・W・ブッシュを敬愛しているそうです


 ◆「党大会に進み、指名を獲得する」

 3月3日、ケーシックは、記者たちやテレビカメラの前で「私がオハイオ州予備選(3月15日)で勝てば、トランプが指名を得ることはない。私は党大会に進み、党の指名を獲得する」と発言しました
 ケーシックは、少なくともオハイオ州予備選までは選挙戦を継続し、同州予備選で勝利できなければ撤退すると宣言しています(詳しくはこちら)。オハイオ州予備選は勝者が州の全代議員(65人)を獲得する「勝者総取り」方式なので、1位になれなければ意味がありません。ケーシック陣営は、同州予備選で勝利することで「トランプに勝てる候補」というイメージを構築し、以後の選挙戦を優位に進めたいと考えているのです。


 ◆「ブローカード・コンベンション」の可能性

 ただし、オハイオ州予備選で勝利したとしても、ケーシックは代議員数でトランプを上回ることはできません。3月10日現在の獲得代議員数はトランプが458名、ケーシックは54名です。以後の州予備選・党員集会で全勝するという奇跡的な事態が起こらない限り、ケーシックに指名獲得の勝ち目はないように思えます。
 そこで重要となるのが、「ブローカード・コンベンション」の可能性です。ブローカード・コンベンションとは、党大会までに全代議員の過半数(1237名)を獲得した候補がいないときに行われる「談合」のことで、この「談合」で内定した人物が党指名候補に選出されることになります。共和党では1948年以来、一度も実施されていません。党指名候補が「密室」で確定することになるため、予備選の存在意義を否定しかねない手法だといえます。


 ◆「談合」で党指名候補に?

 「トランプ大統領候補」の誕生を絶対に阻止したい共和党主流派の一部は、どの候補も代議員の過半数を獲得できなかった場合、ブローカード・コンベンションによって「非トランプ」の人物を党指名候補に選ぼうと考えているようです。
 もし本当にブローカード・コンベンションが実施されれば、「主流派」の一人であるケーシックが党指名候補に選出されるかもしれません。ブローカード・コンベンションという選択肢はケーシックにとって悪いものではないのです。ケーシック陣営はブローカード・コンペンションについてコメントを拒否していますが、ケーシック本人は「実施される可能性が高い」こと自体は認めています
 ただし本当にブローカード・コンベンションが実施された場合、トランプは「このような選び方は不公正だ」と主張し、党を離れて共和党候補を攻撃するでしょう。共和党の票が割れ、「漁夫の利」を得た民主党候補が本選で勝利する確率が高まります。共和党主流派にとっては苦渋の選択となりそうです。


 ◆たった一人の「大人の候補」


 3月3日、FOXニュース主催の共和党候補討論会がミシガン州デトロイトで開催されました。いつものようにトランプとクルーズとルビオが三つ巴の「中傷合戦」を繰り広げる一方、ケーシックは他候補への攻撃には加わらず、むしろ「戦うのは止めよう(Stop fighting)」と訴えました。
 このテレビ討論会で、ケーシックは「私はこの選挙戦を通じて政策を訴えてきた。この討論会で起こっているような『スクラム』には加わってこなかった。だから、どこに行っても人々からはこう言われる。『討論会の舞台上にいる大人はあなただけですね』と」と語り、聴衆から大きな拍手を浴びています。
 ケーシック陣営は討論会の数日前に「The Adult in the Room(大人の候補)」というプロモーションビデオをインターネット上で公開していました。各地の対話集会で「大人の候補」として賞賛されたことを受け、選対はケーシックを「大人の候補」として売り出そうと考え、討論会でも候補者本人に強調させたのです。


 ◆テレビ討論会で「勝利」


 このテレビ討論会でのケーシックの主張や振る舞いは高く評価され、ケーシックを「討論会の勝者」と評する新聞やジャーナリスト、コラムニストらが相次ぎました。政治コンサルトのフランク・ランツが共和党員25名を対象に調査したところ、全体の7割にあたる18名がケーシックを「討論会の勝者」と回答しています。自身を「大人の候補」として強調するケーシックの試みは功を奏したのです。
 スーパーチューズデー当日にケーシック陣営のイベントに来場していたギングリッチは、討論会後の3月4日、ワシントンタイムズ紙に『ケーシックの見せ場』と題するコラムを寄稿し、読者に向けてケーシックの経歴や実績を紹介しました。知名度不足のため人物像や主張内容が十分に浸透してこなかったケーシックにとって、ギングリッチのこのコラムは力強い「援軍」となったことでしょう。


 ◆同性婚と「信教の自由」


 ところで、討論会では「信教の自由」が議題として取り上げられました。近年、アメリカでは「信教の自由」を理由に同性カップルへのウエディングケーキ販売を拒む菓子店や、同性カップルの撮影を拒否するカメラマンらが目立っています。
 これらの動きについて、ケーシックは「教会は何ものにも侵されるべきではない。だが、もしあなたがケーキ屋さんで、ケーキを求めている人がいるなら、彼らにケーキを作るべきだ」と述べていたほか、3月3日の討論会でも「(同性婚禁止を違憲とする)最高裁判決が定着するのが望ましい」と語っていました。
 一方で、仕事をカメラマンに拒否された場合は「別のカメラマンを探せばいい。(拒否された同性カップルは)訴訟を起こすべきではない。私たちは互いに尊敬し合い、もう少しだけ寛容になるべきだ」と釘を刺しています。


 ◆「互いに寛容に」発言の真意

 ケーシック自身は「伝統的な結婚」の信奉者であり、同性婚を支持してきたわけではありません。しかし、昨年6月に同性婚禁止を違憲とする連邦最高裁判決が下されると、事実上、同性婚を容認するようになりました(詳しくはこちら)。
 「もう少しだけ寛容になるべきだ」という発言は、少なくとも同性カップルにとっては「差別をする人にも寛容になるべきだ」という趣旨でしかありません。
 ただしケーシックが、同性婚を全否定する党員も多い共和党の中で、三権分立を尊重し、アメリカを一つにすることが急務だと訴えてきたことも思い返すべきでしょう。同性婚の是非をめぐっては、反対派と賛成派の間で議論が膠着状態に陥ることも少なくありません。この発言は、「和解」や「融和」を重視する政治家・ケーシックならではのバランスのとれた発言として解釈できそうです。


 ◆「副大統領狙い」疑惑を再否定


 討論会直後、ケーシックはFOXニュースの『ザ・オライリー・ファクター』にゲスト出演しました。テレビキャスター時代、ケーシックはこの番組の代理司会を務めたこともあります(詳しくはこちら)。
 司会のビル・オライリーから「本当に副大統領候補になるつもりはないのか」と問われると、ケーシックは「絶対にあり得ない。この国で2番目にすばらしい仕事ならもうやっている。私はオハイオ州知事なんだから」と回答し、「副大統領」狙いであることを改めて否定しました。討論会での手応えを感じてテンションが上がりっ放しだったのでしょう、ケーシックは「この番組の代理司会は3番目にすばらしい仕事だったけどね」というジョークも飛ばしています。


 ◆ミシガン州副知事が支持表明

 3月4日、ミシガン州副知事のブライアン・カリーがケーシックへの支持を表明しました。カリーはミシガン州下院議員を経て、2011年からは同州の副知事を務めています。言わずもがな、所属政党は共和党です。
 その州の公職者や出身議員の支援を得たからといって、その州の予備選または党員集会で成果を残せるとは限りません。アラバマ州知事ロバート・ベントリーは昨年8月の段階でケーシックへの支持を表明し、2月29日にも改めてケーシックを支持する理由を語っていましたが、3月1日のアラバマ州予備選でケーシックは最下位に終わりました。しかし、それが白人至上主義団体によるものだというわけでもなければ、どんな小さな支持表明でもないよりはマシでしょう。


 ◆カーソン撤退、残り4人に

 3月4日、ベン・カーソンが指名争いからの撤退を表明しました。カーソンは3月2日にはすでに選挙戦からの撤退を示唆しており、3月3日のテレビ討論会への参加も取り止めていました。カーソンの撤退に伴い、ケーシックは名実ともに「ファイナル・フォー(最後の4強)」の一人となったのです。
 一時は党内支持率がトップだったこともあるカーソンの撤退について、ケーシックは「自由と機会に関するあなたのメッセージは、これからも選挙戦を通じて生き続ける。あなたの未来に幸多からんことを」とのコメントを投稿しています。SNSが普及してからというもの、大統領選では「生き残っている候補」が脱落した候補に賛辞の言葉を送るのが通例となっているのです。


 ◆スタッフの逮捕が発覚

 3月5日、ケーシック陣営のデジタルディレクター代理だった30歳の男が、昨年11月にドメスティックバイオレンス(DV)の容疑で逮捕されていたことが明らかとなりました
 この話はケーシック陣営の幹部たちにとっても「寝耳に水」だったようで、事実を突き止めたシンシナティ・インクワイアラー紙の記者が陣営を直撃したところ、この男は数時間後に選対から解雇されました。
 この一件はケーシックの不祥事でもなければ、陣営の不始末でもありません。多数のスタッフを抱えている陣営であれば、このような人物が1人や2人出るのは仕方のないことでしょう。実際、この件は各種メディアでもほとんど話題にならず、選挙戦に影響を与えるものではありませんでした。


 ◆スーパーサタデーの結果


 3月5日、4つの州で予備選・党員集会が実施されました。ケーシックは、カンザス州党員集会、ケンタッキー州党員集会、ルイジアナ州予備選ではいずれも得票率4位(最下位)に終わりましたが、メーン州予備選ではルビオ(8%)を抜いて3位(12.2%)につけました。
 実は、ケーシックはケンタッキー州でも3位のルビオ(16.4%)に肉薄しており、獲得代議員数はルビオと同じ7名です。いずれの州にも力を注いでいなかったことや、全米ネットワークの夕方ニュースでは存在自体が無視されていることを思えば、ケーシックは一定の存在感を示すことはできたといえそうです。


 ◆「ハリー・ポッターとともにいる」


 4つの州で予備選・党員集会が開かれた3月5日の朝、ケーシックは「もし私がトランプを攻撃したり、彼の名前を出して何か言ったりしたら、人々は『ケーシックはネガティブキャンペーンに頼るようになった』と話すことだろう」「私はハリー・ポッターとともにいるんだよ。ダークサイドに行くことはない」と語っています
 ケーシックはこれまで他の候補の批判をしない「ポジティブキャンペーン」を展開し、他の候補の名前を出すことも避けてきました。「トランプを侮辱してもトランプには勝てない。なぜなら、彼を侮辱すると彼の支持者がさらに燃え上がるからだ」とも述べています
 たしかにトランプの支持者たちは、外部から批判されることでかえって自分たちの正当性を「自覚」する傾向があります。ケーシックの理解は正鵠を得ていますが、しかし、トランプに「絡まない」となると自身の存在感が埋没する危険性も生じます。「ポジティブキャンペーン」が抱えるジレンマでしょう。


 ◆マイケル・レーガンの支持表明

 同じ日、第40代大統領ロナルド・レーガンの長男であるマイケル・レーガンは、Twitter上に「もし共和党員が『大人』の大統領を求め、11月の本選でヒラリー・クリントンを倒せる候補を求めているなら、ジョン・ケーシックが唯一の選択肢だ」と書き込み、ケーシックへの支持を事実上表明しました
 下院議員時代、ケーシックはロナルド・レーガンと「同じ党の政治家」として交流があります。ケーシックはかねてよりレーガンと自身を重ね合わせるような発言をしており、私も、ケーシックが自身を「レーガンの真の後継者」と位置付けることは喫緊の課題だろうと観測してきました(詳しくはこちら)。
 マイケルのツイートを見たケーシック陣営からの働きかけがあったのでしょう、翌日(3月6日)には、マイケルはケーシックへの支持を正式に表明しました。マイケルは声明の中で「我が父の偉大なるレガシー(遺産)を継続させるために、私は誇りをもってケーシックを次期大統領候補に推薦する」と語っています


 ◆ナンシー・レーガンの訃報


 マイケル・レーガンがケーシックへの支持を表明したのも束の間、レーガン家に悲しい出来事が起こります。ロナルド・レーガンの夫人であり、アメリカ史を代表するファーストレディであるナンシー・レーガンが亡くなったのです。
 ナンシーとマイケルの間に血縁関係はありません。とはいえ、不謹慎な話ですが、もしもナンシーが一日早く亡くなっていたら、ケーシック陣営はマイケルからの支持を受けるタイミングを逃していたかもしれません。その意味でケーシックは「幸運」だったといえるでしょう。
 今回の共和党指名争いではトランプが圧倒的な強さを誇り、党内の主流派は半ばパニックに陥っています。ウォール・ストリート・ジャーナルのコラムニストであるペギー・ヌーナンは、この事態を受けて「重要な何かが終わりつつある。それに替わって登場するものがもっと良いものになるとは信じがたい」と記しました。後から振り返ったとき、ナンシー・レーガンの訃報は、共和党の「変転」を象徴するニュースとして言及されるのかもしれません。


 ◆「シュワちゃん」が正式に支持表明


 3月6日、前カリフォルニア州知事で俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーが、Snapchat(画像やショートムービーを送信し合うアプリケーション)を通じて動画を公開しました
 シュワルツェネッガーが「私はジョン・ケーシックに共和党の指名候補になってほしい。そして、アメリカ大統領になってほしい」と話した後、カメラを横にずらすと、そこにはケーシック本人の姿が――。「シュワちゃん」の支持表明を受けて、ケーシックは「ありがとう、アーナルド。いいやつだぜ!」と応じました。
 この動画は、同じ日に開かれたケーシック陣営のオハイオ州での「出陣式」直前に撮影されたものです。この「出陣式」にはシュワルツェネッガーも参加予定でしたが、シュワルツェネッガーは「出陣式」に先立ち、Snapchatでケーシックへの支持を正式に表明したのです。


 ◆ふたりは友達、ジョン&アーノルド

 ケーシックとシュワルツェネッガーの出会いは1980年代に遡ります。オハイオ州で開催されたシュワルツェネッガー主催のボディビル大会に、オハイオ州選出の連邦下院議員であるケーシックが来賓として訪れたことがきっかけで、2人は親交を深めました。ケーシックは、シュワルツェネッガー本人から映画『ジングル・オール・ザ・ウェイ』(1996年)の前売り券を購入したこともあります
 シュワルツェネッガーは昨年10月にもケーシックと面会したほか、今年2月のニューハンプシャー州予備選直前にもケーシックと電話対談を行いましたが(詳しくはこちら)、ケーシックへの支持を正式には表明していませんでした。私は「シュワちゃんは特定候補への支持は表明しないのかな」「そのような契約を企業と交わしているのかな」と邪推していましたが、実際のところは、友人のために最も効果的な支持表明のタイミングを待っていただけだったようです。


 ◆2人の「ガヴァネーター」


 オハイオ州コロンバスでの「出陣式」で、シュワルツェネッガーは「ワシントンでの連邦下院議員時代、彼(ケーシック)は同僚議員たちの『重いケツ』を蹴り上げた。ワシントンで彼はアクションヒーローを演じたんだ。そして連邦予算を均衡化させた」と述べた上で、「我らが偉大なる知事、ジョン・ケーシックを支持する。共和党の指名候補になってもらうために。そして、この世界で最も偉大な国、アメリカ合衆国の大統領になってもらうために!」と高らかに宣言しました
 シュワルツェネッガーと熱い抱擁を交わした後、ケーシックは「オハイオ州知事選に当選した時、彼(シュワルツェネッガー)から『ターミネーター2』ならぬ『ガヴァネーター2』(2人の州知事)のジャケットをもらった。どうだい、これ。いいだろ?」と聴衆に自慢してみせました。


 ◆「黒人票」とケーシック

 その後、オハイオ州トレドで開かれた対話集会では、聴衆から「Black Lives Matter!(黒人の命だって大切だ!)」という叫び声が上がりました。
 「Black Lives Matter!」とは、黒人を射殺した白人警察官が不起訴となる事案などが重なって以降、アメリカ全土で広がっている差別撤廃運動のスローガンです。白人俳優しかノミネートされなかったため「白すぎるオスカー」として注目を集めた今年のアカデミー賞でも、授賞式の司会を務めたクリス・ロックが「Black Lives Matter!」と叫んでいました。
 聴衆からの「Black Lives Matter!」との叫び声に対し、ケーシックは「They do, they do.(その通りだ、その通りだ)」と応じています。2014年のオハイオ州知事選で、ケーシックは「黒人票」の26%を獲得しました。一般的に黒人には民主党支持層が多いとされる中で、ケーシックは共和党所属でありながら黒人有権者からも支持を集めているのです。ケーシックが国民の「融和」を呼びかける大統領選候補であることは、人種の観点からも説明できるでしょう。


 ◆マイク・ビショップの支持表明

 オハイオ州での「出陣式」などに参加するためミシガン州を一時的に離れていたケーシックですが、3月6日、そのミシガン州選出の連邦下院議員であるマイク・ビショップから支持を表明されました。
 ビショップは、ミシガン州上院議員を経て2014年に連邦下院議員に初当選した新人議員です。声明の中では「彼(ケーシック)の減税、財政均衡化、雇用創出に関する取り組みは、オハイオ州で実現したのとまったく同じように、この国の経済を再生させるだろう」と語っています


 ◆オハイオ州副知事の寄稿

 3月6日、オハイオ州副知事のメーガン・テイラーが、ミシガン州の大手紙デトロイト・ニュース紙に寄稿しました。その内容は「ケーシックは政治家として弱い立場の女性のために活動してきた」というものです。女性の政治家であるテイラーがこのようなコラムを寄せた背景には、ケーシックの「女性票」を固める狙いと、「ケーシックは本当は女性を蔑視しているのではないか」という一部の批判(詳しくはこちら)を封じ込める狙いがあります。
 大統領選の本候補と副大統領候補がセットであるのと同様に、オハイオ州では知事候補と副知事候補はセットで選挙に挑みます。テイラーは、ケーシックが初めて州知事選に挑んだ2010年当時からの「相棒」であり(詳しくはこちら)、指名争いのため地元を離れているケーシックに代わって事実上の「知事代理」を務めてきた人物です。Twitter上でも、ケーシックへの支持を呼びかけるツイートを連日投稿しています。「留守」を任せられる頼もしい「相棒」がいることは、ケーシックにとって幸せなことだと言わなければなりません。


 ◆「エベレストを登る者のように」

 3月7日、ケーシックは、ケイティ・クーリックがキャスターを務めるヤフー・ニュースの番組にゲスト出演しました。クーリックはアメリカを代表するテレビキャスターの一人で、女性として初めて三大ネットワークの夕方ニュース番組のキャスターを務めた人物です。2012年にはテレビの世界を離れ、現在はインターネット番組でキャスターを務めています。
 番組の中で、ケーシックは「指名争いで私が『知事経験のある候補』として最後に残るなんて、多くの人は想像していなかっただろう。私たちには勢いがある。私たちは毎日、一歩ずつ前に進む。エベレストを登る者のように」と語りました。獲得代議員数を少しずつ増やし、ここぞと決めた州で勝利を収めることこそが、知名度も資金もない候補・ケーシックの取り得る唯一の戦略なのです。


 ◆テレビCMF 『上昇』


 3月8日、ケーシック陣営は、オハイオ州で放送するための新たなテレビコマーシャルを公開しました。『Rise(上昇)』と題されたこのコマーシャルは、ケーシックがこれまで展開してきた「ポジティブキャンペーン」の中身を凝縮させたような、前向きで楽天的なイメージを帯びています。
 ケーシックは、地元・オハイオ州の予備選で勝利できなかった場合は撤退すると宣言しています。同州出身の発明家トーマス・エジソンも登場するこのコマーシャルは、もしかしたら、ケーシックの最後のコマーシャルとなるかもしれません。視聴者に向かって「オハイオ!」と呼びかけるケーシックの声色が躍動的なのも、これが「最後のチャンス」になるかもしれないと深く意識しているからなのでしょう。


 ◆ロムニーの「ロボコール」


 3月8日、2012年大統領選の共和党候補であるミット・ロムニーが、ミシガン州の有権者に対し、ケーシックへの投票を呼びかける「ロボコール」を行っていたことが明らかとなりました。ロボコールとは、各家庭に自動で電話をかけ、一方的に録音メッセージを流すサービスのことです。このロボコールを「迷惑電話」だと感じる人は決して少なくありません。
 ケーシックは、2012年大統領選ではロムニーを支持していました。しかし、この「ありがた迷惑」なロボコールについては、「これは彼(ロムニー)の言葉だよ。私が書いた台詞ではない」と突き放しています


 ◆「射殺されるか、毒を飲むか」

 この大統領選でロムニーは特定候補への支持を表明していませんが、トランプが共和党の指名候補に選ばれることだけは絶対に阻止したいと考えています。3月3日に行った講演では「クルーズか、ルビオか、ケーシックが党指名候補に選ばれるべきだ」と語り、遠回しにトランプ批判を行っていました。
 もっとも、今回のロボコールはケーシックに投票を呼びかけるバージョンと、ルビオに投票を呼びかけるバージョンが用意されただけで、クルーズへの投票を呼びかけるバージョンは制作されなかったようです。
 ロムニーをはじめとする共和党主流派の多くは「トランプだけは絶対にいやだ」と考えています。しかし、非主流派の「一匹狼」であるクルーズが指名候補に選ばれるのも最悪のシナリオです。この指名争いにも参戦していた連邦上院議員リンゼー・グラムは、「トランプを選ぶかクルーズを選ぶかは、射殺されるか、それとも毒を飲んで死ぬかの違いでしかない」とまで語っていました


 ◆ケーシック、全米支持率3位に

 3月8日に発表されたNBCニュースとウォール・ストリート・ジャーナルの共同世論調査で、ケーシックはルビオを抜いて3位に浮上しました。2月の調査と比べて11ポイントも上昇し、22%の支持率を記録したのです。
 私が見落としているわけでもない限り、ケーシックが全米支持率でトップ3にランクインしたのも、支持率が20%を超えたのも今回が初めてです。もっとも、これは一つの世論調査の数字でしかありません。また、数%は誤差の範囲内です。しかし、3月3日のテレビ討論会後、ケーシックにこれまでとは比べものとならないほどの「勢い」がついていることは確かでしょう。


 ◆ケーシックの支持率が低かった理由

 ケーシックの支持率が低迷してきた最大の理由は、指名争いに名乗りを上げる時期が遅く、ケーシック自体の知名度が低かったためです。三大ネットワークの夕方ニュース番組はトランプとクルーズとルビオの話題を扱うのみで、ケーシックやカーソンにはまったくといっていいほど言及してきませんでした。
 2月末に実施された共和党員対象の調査でも、ケーシックの知名度はマイケル・ブルームバーグの知名度と同程度の低さです。ABCのトーク番組『ジミー・キンメル・ライヴ!』に至っては、司会のジミー・キンメルが、画面に映るケーシックを指差して「ところでこの男は誰なんだよ?」とネタにしていたほどでした


 ◆ルビオ支持者の「乗り換え」

 「ケーシック商店」にたどり着くためには「ルビオ商店」の前を通りすぎる必要があります。「ルビオ商店」で用事を済ますことのできる人は、わざわざ「ケーシック商店」まで足を延ばそうとは思いません。ケーシックの支持者はルビオのことをよく知っていますが、ルビオの支持者はケーシックのことをよく知らないのです。
 換言すれば、ケーシックの支持者が「ルビオ支持」に乗り換えることよりも、ルビオの支持者が「ケーシック支持」に乗り換えることのほうが容易いでしょう。SNSをざっと眺めただけでも、3月3日のテレビ討論会を受けて「ルビオ支持」から「ケーシック支持」へと転向した人たちがすぐに見つかります。
 その意味で、ケーシックの支持率が低迷する最大の理由を「『既存の政治家』とみなされているため」とする早稲田大学准教授・中林美恵子氏の論評は的外れだと言わざるを得ません。トランプが「既存の政治家」ではないがゆえに人気を集めているのは事実ですが、「トランプが人気である理由」を一つ知っているだけでは不正確な見立てしか示せないでしょう。


 ◆ミシガン州で僅差の3位


 3月8日、4つの州で予備選・党員集会が実施されました。ケーシックはとりわけミシガン州に力を注ぎ、直前の世論調査では「2位」につけていましたが、結局は得票数3位(24.3%)に終わりました。
 とはいえ、2位のクルーズと得票率がわずか0.6ポイントしか変わらず、獲得代議員数も同じ17名だったことを考えると、ケーシックは「健闘」したともいえます。実際、1週間前の世論調査の数字(12.5%)と比べれば、ケーシックは約2倍も「支持率」を上乗せしたわけです
 ミシシッピ州の予備選では代議員を獲得することはできなかったものの、ルビオを抜いて3位につけました。やや意外だったのはハワイ州の党員集会です。4位(最下位)ではあったものの、得票率は3位のルビオ(13.1%)とそれほど大きく開いていませんでした。


 ◆「全国区」化したケーシック


 3月8日に実施された予備選・党員集会の結果は、トランプの安定した人気と、クルーズの粘り強さと、ケーシックの「全国区」化と、ルビオの失速ぶりを示したものだったと総括できるでしょう。
 ハワイ州+アイダホ州+ミシガン州+ミシシッピ州の合計得票数をみると、ルビオが18万1547票であるのに対し、ケーシックは37万5402票を獲得しています。これまで知名度も支持率も低かった分、現在の獲得代議員数は最下位ですが、この躍進ぶりを考えれば「泡沫候補」と馬鹿にできる存在ではありません。現在のケーシックには明らかに「勢い」があるのです。
 ケーシックは、3月15日のオハイオ州予備選で勝利できなければ撤退すると明言しています。オハイオ州で敗北した場合、全国的なこの「勢い」は強制的にシャットダウンさせられます。この勢いがどこまで続くか否かを予測するのは、「捕らぬ狸の皮算用」というものでしょう。



 ――昨年8月の時点では支持率が17人中10位だったケーシックがここまで生き残ると、一体誰が予想したでしょうか。しかも単に「生き残る」だけではなく、全米支持率でトップ3にランクインし、3月8日の予備選・党員集会でルビオの得票数を上回ると、一体誰が予想したでしょうか。たしかにそう予測する論客もいないわけではありませんでしたが、私自身は半ば懐疑的でした。

 私はケーシックを支持しているから「ケーシック専門家」をやっているわけではありません。そのため、何か「奇跡」が起こると信じているわけではありません。しかし、昨年7月の出馬表明時にケーシック本人が語った「下院選も州知事選も当初は無理だと言われたが、最後は予想を覆すことができた」という言葉が、自分の中でずっと引っかかっているのは事実です。生きるか、死ぬか――。運命のオハイオ州予備選は3月15日に実施されます。


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