2016年02月29日

キッチンの向こうに「火曜日」がみえる ―ケーシックの大統領選(3)


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▲ 支持者を前に演説するケーシック (2016年2月27日)


 米大統領選の候補者を決める共和党の指名争いも、いよいよ前半戦のヤマ場に突入しました。3月1日(現地時間)には予備選・党員集会が集中する「スーパーチューズデー」を迎えます。

 予備選・党員集会が実施される11州のうち、オハイオ州知事のジョン・ケーシックが重点的に選挙活動を展開したのは、ジョージア、マサチューセッツ、バーモント、バージニアの各州です。
 選挙活動中、ケーシックは多くの知事経験者や閣僚経験者、新聞社から「支持」を得ましたが、いくつかの言動が波紋を呼ぶことにもなりました。

 ジェブ・ブッシュを撤退させたサウスカロライナ州予備選(詳しくはこちら)から約10日――。「ファイナル5」に生き残ったケーシックの選挙戦に何が起きたのか、振り返ることにしましょう。

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 ◆「申し訳」程度のラジオCM


 ジョン・ケーシックの陣営は、2月23日に実施されたネバダ州党員集会には力を注ぎませんでした。ケーシック陣営の当面の目標は3月1日の「スーパーチューズデー」を生き抜くことなので、その直前のネバダ州党員集会に注意を払うだけの資金も人員もなかったのです。
 その代わり、ケーシック陣営は「申し訳」程度にラジオコマーシャルを制作しました。過去に公開したテレビコマーシャルのラジオ版とでもいうべき内容で、テレビコマーシャルでおなじみの「例のBGM」も長尺で聴くことができます。
 ちなみに、ケーシックはネバダ州党員集会で得票数5位(最下位)となり、獲得代議員数は1名に留まりました。


 ◆最後の「知事」系候補


 ケーシック陣営の広報幹部であり、ジョージ・W・ブッシュ政権のホワイトハウス副報道官だったトレント・ダフィー(詳しくはこちら)がFOXニュースに出演し、ケーシックが「『知事』として出馬している最後の候補」であることを強調しました。
 当初、民主党の指名争いには2人の「元知事」が立候補し、共和党の指名争いにも4人の「現職知事」と5人の「元知事」が名乗りを上げていました。しかし、2月20日に実施されたサウスカロライナ州予備選の結果を受けて元フロリダ州知事のジェブ・ブッシュが撤退したことにより(詳しくはこちら)、大統領選に出馬している「知事」系候補はケーシックのみとなったのです。
 「知事経験者」であることは大統領になる資格の一つとされ、1976年大統領選でジミー・カーターが当選して以来、6人中4人の大統領に知事職の経験があります。ケーシック陣営が「最後の『知事』系候補」として候補者をアピールするのは当然のことでしょう。


 ◆スタンレー・ドラッケンミラーの支援表明

 この頃、「投資の神」とも呼ばれる資産家のスタンレー・ドラッケンミラーがケーシックを支援することが明らかとなりました
 ドラッケンミラーは昨年(2015年)、ケーシック、クリス・クリスティー、ジェブ・ブッシュの各陣営に献金しています。クリスティーもブッシュも大統領選の指名争いから撤退した今、ついに「意中の候補」を絞り込むことができたということなのでしょう。これがドラッケンミラー流の「投資術」なのかもしれません。


 ◆「ルビオ=ケーシック」なら勝てる?

 2月21日、サウスカロライナ州選出の連邦上院議員リンゼー・グラムは、リタ・コスビーがホストを務めるWABCラジオの番組に出演し、「『ルビオ=ケーシック』か『ケーシック=ルビオ』のチケット(大統領候補と副大統領候補の組み合わせ)ならばドナルド・トランプを止めることができる」と発言しました
 この大統領選では当初、グラムも共和党の指名争いに参戦していました。2008年大統領選の共和党候補だったジョン・マケインから全面的な支援を受け、トランプに携帯電話の番号を暴露された際は『携帯電話の壊し方』というビデオに出演して注目を集めましたが、支持率は伸びず、昨年末に指名争いから撤退しています。撤退後はジェブ・ブッシュへの支援に回るも、そのブッシュも撤退したため、グラムは舌の根も乾かぬうちにこのような発言をしたのです。


 ◆「中絶団体」への補助金打ち切り

 2月21日、ケーシックはオハイオ州知事としてある決断を下します。妊娠中絶などの女性向け医療サービスを展開するNPO団体「プランド・ペアレントフッド」への補助金の支給を打ち切ることを決めたのです。同団体をめぐっては、昨年夏、中絶した胎児の臓器や細胞を不正に販売していたのではないかとの疑惑が浮上。また、容疑者の動機は不明ですが、昨年11月にはコロラド州にある同団体の施設が襲撃されています
 プランド・ペアレントフッドへの補助金を打ち切ることで、オハイオ州は財政支出を約130万ドル削減することが可能となります。州知事としても大統領選候補としても「財政健全化」を訴えてきたケーシックにとって、これは大きな「実績」です。それに、妊娠中絶に反対する共和党保守派からは打ち切りを望む声が上がっていたので、自身の「保守色」をアピールする狙いもあったのでしょう。


 ◆「若い女性たちへの犯罪行為」


 しかし、プランド・ペアレントフッドが「中絶胎児」販売疑惑を否定しているにもかかわらず、補助金の支給打ち切りを決めたことに反発の声も上がりました。弁護士でジャーナリストのサニー・ホスティンは、ABCのトーク番組『ザ・ビュー』に出演し、補助金打ち切りを「若い女性に対する犯罪行為」と断じています
 そして、民主党のヒラリー・クリントンもケーシックの判断を厳しく批判しました。クリントンにとってケーシックは「本選で打ち負かされる可能性」が最も高い候補なので(詳しくはこちら)、いくらケーシックが共和党候補に指名される可能性が高くないとはいえ、早めにその「芽」を摘んでおきたかったのかもしれません。


 ◆トム・リッジの支持表明


 2月22日、ジョージ・W・ブッシュ政権下で国土安全保障長官を務めたトム・リッジが、ケーシックへの支持を表明しました
 リッジはペンシルヴェニア州選出の連邦下院議員を経て、2期連続でペンシルヴェニア州知事を務めました。その後、2001年9月11日の同時多発テロ事件を受けて発足した米国土安全保障省の初代長官に起用されています。昨年から「ジェブ・ブッシュ応援団」の一人として精力的に活動してきましたが、ブッシュが撤退したため、今度はケーシックへの支持に「乗り換え」たのです。
 リッジは「反ドナルド・トランプ」の姿勢を貫いてきた人物でもあります。当初からトランプを批判してきたケーシックへの支持に回ったのは当然のことでしょう。


 ◆元マサチューセッツ州知事の支持表明


 続けて、元マサチューセッツ州知事のウィリアム・ウェルドもケーシックへの支持を表明しました。マサチューセッツ州予備選で成果を収めたいケーシックとしては朗報です。ウェルドは声明の中で「私はケーシックとは20年の付き合いになる。彼は実行力のある人間だ。財政均衡化にしても雇用創出にしても、ケーシックは言うだけでなく実現してきた」と語っています
 ウェルドは1990年代に2期連続でマサチューセッツ州知事を務めた政治家で、共和党所属でありながら、2008年大統領選ではバラク・オバマ(民主党)を支持しました。1992年の共和党大会で「妊娠中絶の自由を認めるべきだ」と演説したこともあり、リベラル色の濃い「RINO(Republican In Name Only=名ばかりの共和党員)」とのレッテルを貼られることもあります
 プランド・ペアレントフッドへの補助金打ち切りが発表された直後に「ウェルドの支持表明」が発表されたのには、ケーシック陣営として「保守色」と「リベラル色」のバランスをとる狙いもあったのかもしれません。


 ◆ナレーターはティム・アレン


 2月22日、ケーシックのスーパーPAC(特別政治活動委員会)である「New Day for America」がテレビコマーシャルを発表しました。
 『Quiet(穏やかに)』と題されたこのコマーシャルでナレーションを務めているのは、映画『サンタクローズ』(1994年)や『ギャラクシー・クエスト』(1999年)、そして『トイ・ストーリー』シリーズ(1995年〜)のバズ・ライトイヤー役でおなじみのティム・アレン。ケーシックの支持者であることを公言してきた国民的コメディ俳優が、ケーシックのためについに「本業」の分野で一肌脱いだのです。
 サウスカロライナ州でのハグ(詳しくはこちら)をフィーチャーしたこのコマーシャルは、ケーシックの「人格」の尊さをアピールすることで、ケーシックこそが大統領執務室で冷静な判断を下すことのできる人物であると訴えています。


 ◆「女性たちがキッチンを離れて応援」


 2月23日、ケーシックのある発言が波紋を呼ぶことになります。
 バージニア州フェアファクスで対話集会を開催していたケーシックは、携帯電話の登場などによって自身の支持者の選挙活動が変化したことを語りました。「私が初めて選挙に出馬した時、女性たちはキッチンを離れ、戸別訪問してくれた。現在は事情が違う。家に電話をかけても、みんな外で働いている。当時、私はあの女性たちのおかげで当選することができた」
 その後、会場の女性参加者がケーシックに質問しました。「まず最初に、先ほどのあなたの発言について言いたいことがあります。私はあなたを支援するつもりですが、キッチンから離れるつもりはありません」。この発言に対し、ケーシックは「分かった、大丈夫だよ」と笑顔で語り、会場は笑いに包まれました。動画を視聴する限り、質問に立ったその女性も笑い返しているように聞こえます。


 ◆「キッチン」発言の波紋

 その場では他愛もないやり取りにすぎませんでしたが、その後、この発言は映像メディアを中心に「問題発言」として報じられました。「女性たちがキッチンを離れて応援」と語った部分だけが広まり、「ケーシックは女性のことを『本来はキッチンに留まるべき存在』とみなしているのか」「ケーシックは女性を蔑視している」と批判を受けることになったのです。
 他党のライバルの「問題発言」を受けて、ヒラリー・クリントンは「今は2016年ですよ。女性たちの居場所――それは、彼女たちが望む場所すべてです」とのコメントをSNSに投稿しました。この投稿を読んだケーシックは「完全に同意だ。(発言には)これまで以上に気を付ける。ただし、『命綱なしの綱渡り』を今後も続けるよ」と語っています


 ◆ポリティカル・コレクトネスとは何か

 性別や人種、宗教などへの偏見や差別を含まない「中立的な」表現を用いることを、「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」といいます。ポリティカル・コレクトネスの徹底による「弊害」はこれまでにも議論されており、最近ではモンティ・パイソンのジョン・クリーズも「ポリティカル・コレクトネスがコメディを傷付けている」と話していました
 ケーシックはコメディアンではなく政治家です。求められるのは風刺ではなく社会的成果であり、言動によって他者の人権を傷付けないよう人一倍気を付ける必要があります。しかしそれを言うならば、発言の「受け手」側にも、発言の趣旨を正しく読み取ろうとする姿勢が求められるでしょう。
 例えば、コメディエンヌのウーピー・ゴールドバーグは、共同ホストを務めるABCの『ザ・ビュー』でケーシックの「キッチン」発言を紹介する際、「これから見てもらうのは、ケーシックが1978年当時を振り返りながら語っている映像よ。とっても重要なのは、これが1978年当時を振り返っての発言だということ」と前置きし、発言が「過去の事実」に言及したものであることを強調していました


 ◆党予備選には影響なし?

 ケーシックの「女性がキッチンを離れて応援」発言は民主党支持者、とりわけクリントン支持者に格好の「攻撃材料」を与えることとなりましたが、共和党内の指名争いにはほとんど影響を与えていないようです。
 発言報道後の2月23日、ケーシックはバージニア州リッチモンドで対話集会を開催していますが、立ち見が出るほどの盛況ぶりでした
 ジョージア州ケネソー州立大学での対話集会にも多くの人が押し寄せ、同州サンディスプリングスで開催された対話集会に至っては、会場の外にも長蛇の列ができたほどです。 


 ◆「大統領になることが『使命』か分からない」


 ケネソー州立大学での対話集会ではこんな一幕もありました。
 参加者の男性が「あなたの使命(purpose)はトランプとマルコ・ルビオをいじめて大統領になることだ」と発言した際に、ケーシックは「私の使命(purpose)が大統領になることなのかどうかは分からない」と応じてしまったのです。
 私のような「ケーシックの言動を追ってきた人間」であれば、ケーシックがこの場で使用した「使命(purpose)」という単語が信仰上の用語であることはすぐに理解できます。また、彼のこの発言が「私は大統領になることそれ自体を目的としているわけではない。大統領になった後にアメリカを建て直し、人々に貢献することこそが重要なのだ」という趣旨であることもすぐに分かります。この発言には「他候補をいじめるべきだ」というやや過激な主張を諌める意図もあったのでしょう。


 ◆「purpose」をめぐって


 しかし、「私の『使命』が大統領になることなのかどうかは分からない」という発言は、一般的には「ケーシックは本気で大統領になるつもりはないのか」「やはりケーシックは副大統領候補狙いなのか」と誤解されかねない発言です。
 実際、ケーシックは、24日に出演したFOXニュースの『ケリー・ファイル』で「私の『purpose』は大統領になることだ」と語らざるを得なくなりました。ここでの「purpose」は宗教的な「使命」を意味する単語ではなく、指名争いにおける「目的」や「目標」とでも訳すべきなのでしょうが、英語ではどちらも同じ「purpose」です。ケネソー州立大学での発言が不用意だった感は否めません。


 ◆ケーシックの発言スタイル

 「手堅い政治家」との印象をもたれることも多いケーシックですが、「問題発言」をしたのは何も今回が初めてではありません。昨年11月には「アメリカの自由の精神を伝えるため、政府に『ユダヤ=キリスト教宣伝部門』を設置したい」という発言が物議を醸しました
 この政策は当然ながら憲法上の政教分離原則に反します。ISIS(自称「イスラム国」)によるテロの脅威が高まる中でケーシックは「タカ派色」を示したかったのでしょうが、さすがに行き過ぎた発言だったと言わざるを得ません。
 以前、ケーシックは「『何を言うべきか』を私に助言してくれる人はいない。よくないことを言ってしまった後に、『何を言うべきでないか』を忠告してくれる人がいるだけだ。まあ、そんなことはしょっちゅうあることじゃないけどね」と語っていました。これはケーシックの言動を分析する上で重要となる証言です。


 ◆テレビCME 『前進』


 2月24日、ケーシック陣営は通算6本目となるテレビコマーシャルを公開しました。過去のコマーシャルと同様のフォーマットですが、今回はテーマを「雇用問題」に絞っています。
 アメリカに約2000万人の失業者がいることに触れた上で、オハイオ州知事としてケーシックが雇用を創出してきたことを強調し、「アメリカよ、仕事を始めよう」と結んでいるこのコマーシャルは、国内の経済問題・雇用問題こそが有権者の最大関心事であることをあからさまに意識したコマーシャルだといえるでしょう。


 ◆アイダホ州知事の支持表明

 2月24日、アイダホ州知事のブッチ・オッターがケーシックへの支持を表明しました。現職の知事としては、アラバマ州知事のロバート・ベントリー以来2人目の「ケーシック支持者」となります。
 アイダホ州選出の連邦下院議員も務めたオッターから支持を取り付けたことは、3月8日に実施される同州予備選を控えてこの上ない好材料となることでしょう。オッターは声明の中で「今こそ共和党員たちは、この国のためにケーシックへの支持でまとまるべきだ」と語っています


 ◆「撤退? 余計なお世話だ!」


 同じ日にミシシッピ州ガルフポートで開催された対話集会で、穏やかなイメージのあるケーシックが珍しく挑発的な言葉を口にしました。
 「私の『撤退』の話を繰り返している人たちがいる。それは誰か。共和党員だ。『ケーシックは撤退する必要がある』と言っている彼らにお伝えしよう。――お気遣いなく! 余計なお世話だ!」。
 2月末現在、共和党の指名争いには5人が出馬しています。ドナルド・トランプが圧倒的な支持を誇り、テッド・クルーズとマルコ・ルビオがそれに続いているとすれば、ケーシックとベン・カーソンはそれより下の「第3グループ」に位置付けられます。ケーシックとカーソンをめぐっては「いつになったら撤退するのか」という報道が途絶えません。ケーシックの「余計なお世話だ」発言は本心から飛び出たものとみるべきでしょう。


 ◆スティーヴ・ポイズナーの支持表明

 2月25日、元カリフォルニア州保険長官のスティーヴ・ポイズナーがケーシックへの支持を表明しました。声明の中でポイズナーは「次の大統領は就任初日から仕事ができる人物でなければいけない。ケーシックにはリーダーシップを発揮してきた経歴と安全保障の問題に取り組んできた実績がある。彼ならば人々とともに必要な変化を成し遂げられる」と支持の理由を述べています
 ポイズナーは「シリコンバレー出身の起業家で、GPSを携帯電話に搭載するテクノロジーを開発した新興企業などを創設した経験を持つ」人物で、2010年カリフォルニア州知事選の共和党予備選に名乗りを上げたこともあります。ポイズナーが当時のアーノルド・シュワルツェネッガー州知事に任命された州保険長官だったことを考えると、ポイズナーによる支持表明の背景には、ケーシックの盟友であるシュワルツェネッガーの陰もあるのかもしれません(詳しくはこちら)。


 ◆レイ・ラフードの支持表明

 2月26日、元米運輸長官のレイ・ラフードがケーシックへの支持を表明しました。ラフードは共和党所属の政治家としてイリノイ州選出の連邦下院議員を7期連続で務めました。初当選は1994年なので、下院議員としてはケーシック(1982年初当選)の「後輩」にあたります。
 2009年1月の任期満了をもって下院議員から引退しましたが、間髪を入れず、民主党のバラク・オバマ政権で運輸長官に起用されました。ラフードはオバマ政権では唯一の「共和党員の閣僚」であり、民主・共和両党の垣根を超えて幅広い人気を集めました。ラフードはケーシックについて「彼はこの国を一つにまとめるのに最も適したリーダーだ」と語っています


 ◆クリスティー、トランプ支持を宣言


 同じ日、大統領選をめぐる大きなニュースが飛び込みました。
 ニューハンプシャー州予備選(詳しくはこちら)の直後に共和党の指名レースから撤退したクリス・クリスティーが、ドナルド・トランプへの支持を表明したのです。クリスティーはニュージャージー州の現職知事で、ケーシック同様、「主流派」「穏健派」の一人と目されてきました。2月上旬の共和党候補討論会ではマルコ・ルビオを執拗に攻撃し、ルビオの評価下落に「貢献」した人物です。
 主流派のクリスティーは社会保守派のテッド・クルーズの陣営には乗れません。かといって「因縁」の深いルビオを支持することもできない以上、クリスティーが自身の政治生命を第一に考え、圧倒的な人気を誇るトランプへの支持に回るのは不自然ではありませんが、このニュースは世界中に衝撃を与えました


 ◆「私たちには何の影響もない」

 クリスティーがトランプへの支持を表明したことについて、ケーシックのスポークスマンは「私たちには何の影響もない。(クリスティーがトランプを支持したことは)ルビオにとっては悪夢だろうけどね」と語っています
 クリスティーの支持層とケーシックの支持層は重なっているため、この件はケーシック陣営にとっても決して好ましい報せではありません。しかし、すでに旧クリスティー支持者の一定数はケーシックへの支持に回っており(詳しくはこちら)、すでに焦点は「態度未定層がルビオへの支持に回るか」に限られていました。
 そもそも、いくらクリスティー本人がトランプへの支持を表明したからといって、旧クリスティー支持者もトランプへの支持に動くとは限りません。むしろ、「トランプは大統領にふさわしくない。彼の気質は大統領職に適していない」と語り、「トランプを支持することはない」と記者に話していたはずのクリスティーに「裏切られた」と感じる旧支持者も少なくないのではないでしょうか。長い目でみたとき、今回の判断がクリスティーの政治生命にプラスに働くかは怪しいところです。


 ◆クリスティーン・ホイットマンの支持表明

 現ニュージャージー州知事のクリスティーがトランプへの支持を表明した傍らで、元ニュージャージー州知事のクリスティーン・トッド・ホイットマンがケーシックへの支持を表明しました。
 ホイットマンは2期連続でニュージャージー州知事を務めた後、ジョージ・W・ブッシュ政権下で1人目の環境保護庁長官に任命された女性です。ローラ・ブッシュにスコティッシュ・テリアの子犬を贈ったこともあります
 ホイットマンは「騒音のひどい部屋の中で、ケーシック知事だけが理性的で楽観的な言葉を発している」という表現でケーシックを支持する理由を説明したほか、クリスティーがトランプを支持したことについては「失望したが、驚きはなかった」と端的に感想を述べました


 ◆アルベルト・ゴンザレスの支持表明

 2月27日、ジョージ・W・ブッシュ政権で司法長官を務めたアルベルト・ゴンザレスがケーシックへの支持を表明しました。ゴンザレスはヒスパニック系としては初めて司法長官になった人物で、在任中は民主党から厳しい追及を受け、約2年半で辞任しています。
 リッジ、ウィットマンに続き、ブッシュ政権の元閣僚としては3人目となる「ケーシック支持者」が誕生したのは、ブッシュ政権の大統領副報道官だったダフィーがケーシック陣営の広報幹部を務めていることと、ジェブ・ブッシュが指名争いから撤退したことで「反トランプ派」にとってケーシックが「最後の頼みの綱」となったことが理由でしょう。


 ◆「ブッシュ系」から支持される理由

 2月末現在、共和党の指名争いでは「アウトサイダー(非主流派)」のトランプとカーソン、「社会保守派」のクルーズ、そして「主流派」のルビオとケーシックが戦いを繰り広げています。
 今でこそルビオは「主流派」「穏健派」の候補と紹介されていますが、もともとは保守系草の根運動「ティーパーティー」の支援を受けて当選した政治家です。2010年に初当選した「1回生議員」なので仕方がありませんが、一般教書演説に対する反対演説で水を飲んだこと以外にはこれといった実績もなく、政治手腕は未知数だと言わざるを得ません。ジェブ・ブッシュと同じフロリダ州が地盤であることや、まだ44歳という世代の問題もあり、「ブッシュ系」のベテラン政治家がルビオではなくケーシックを支持するのは常識的な展開だといえます。


 ◆「地元で負ければ『試合終了』」


 2月28日、CNNの『ステート・オブ・ザ・ユニオン』に出演したケーシックは、「私は他のどの候補よりもヒラリー・クリントンに勝利できる候補だ」と強調した上で、「各候補は自分の地元で勝たなければいけない。私はオハイオ州で勝利するつもりだ。もしオハイオ州で勝てなければ、『試合終了』となる」と語りました
 ケーシックが自身の撤退を匂わすのはこれが初めてではありません。2月9日のニューハンプシャー州予備選直前、ケーシックは「この州で結果を残せなければ撤退する」と宣言していました
 政治家が退路を断つことは「生殺与奪権」を外部に委ねることです。「それならば救ってやろう」と支援を集めるかもしれないし、「息の根を止めてやろう」と止めを刺されるかもしれません。政治家としては「最後の切り札」ですが、ケーシックのような知名度も支持率も高くない候補はこのような手段で自身の存在をアピールするしかないのでしょう。


 ◆「私たちの戦い方がある」


 同じ番組で、ケーシックは「スーパーチューズデーは全州でトランプが勝利するだろう。だが、私たちには私たちの戦い方がある」とも語っていました。
 彼のいう「私たちの戦い方」とは、地元・オハイオ州の予備選で勝利を収め、以後は「トランプ対ケーシック」の構図を醸成するという戦略です。一対一のムードを演出し、「反トランプ」「非トランプ」票を大量に取り込もうという思惑でしょう。
 この戦略は決して空想的なものではありません。2月24日にボールドウィン・ウォレス大学が発表した調査結果によると、オハイオ州でのトランプの支持率は31%、ケーシックの支持率は29%で、わずか2ポイントしか変わりません。トランプとケーシックの一騎打ちであれば「38%:55%」でケーシックが勝利するとの予測も示されました。同大学がオハイオ州の大学であることを差し引いても、オハイオ州でケーシックがトランプを打ち負かす可能性が高いことが分かります。


 ◆「クリントン圧勝」は吉報

 これに対し、ルビオは地元・フロリダ州の予備選でトランプに勝利できそうもありません。あらゆる世論調査でトランプに約20ポイント引き離されているばかりか、調査によってはクルーズに支持率を抜かれているほどです
 もっともクルーズは地元・テキサス州の予備選で勝利する可能性が高く、各州予備選で「トランプに勝てるかもしれない候補」はケーシックだけではありません。そもそもクルーズは2月1日のアイオワ州党員集会でトランプに勝利しており、現時点で唯一「トランプに勝ったことのある候補」です。ケーシックが独自色を発揮するためには「トランプに勝てるかもしれない」だけでなく「本選でクリントンに勝つ可能性が最も高い」こと(詳しくはこちら)も強調する必要があります。
 その意味で、民主党のサウスカロライナ州予備選(2月27日)におけるクリントンの圧勝は、一時的にせよ「ケーシック登板」の必要性を高めました。「対岸」でのクリントンの勝利は、ケーシック陣営にとっては吉報だったといえるでしょう。



 ――「ケーシックの大統領選」シリーズも今回で3回目となりますが、前回、前々回とは異なり、今回は予備選の結果に触れていません。それもそのはず、この文章を書いているのは2月29日(日本時間)。3月1日のスーパーチューズデーまではあと1日あります。ケーシックが語っていた通り、すべての州(またはほぼすべての州)でトランプが勝利を収めることになるでしょう。その結果を記すためだけに記事の公開を「待つ」必要はないと判断しました。

 その代わり、今回はケーシックの言動を読み解いてみたつもりです。日本でケーシックは無名の存在ですが、少し知っている方からはしばしば「まとも」な候補として言及されます。しかし何を根拠に「まとも」と言っているのでしょうか。もちろん、私は彼のことを「まとも」ではないと言いたいわけではありません。ただ、一部の言動を表面的になぞっただけで「まともである」「まともではない」などと結論付けてしまうことの危うさや「つまらなさ」を指摘しておきたいのです。


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