2016年02月22日

優しい「ハグ」をサウスカロライナで ―ケーシックの大統領選(2)


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▲ 支持者を前に演説するケーシック (2016年2月13日)


 ニューハンプシャー州予備選で2位に浮上したジョン・ケーシックは、2月20日のサウスカロライナ州予備選では得票数5位に終わりました。しかし、保守的な有権者の多い南部州での苦戦は織り込み済みだったためか、ケーシックとその支持者たちからは不思議と悲壮感は見受けられません。

 サウスカロライナ州予備選でも「ドラマ」がありました。
 雪だらけだったニューハンプシャー州から、太陽が燦々と輝くサウスカロライナへ――。「軍人や退役軍人が多い」この州でケーシックがどのように戦ったのか、時系列に沿って振り返ります。
 
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 ◆「過小評価されるのは大好きだ」


 ニューハンプシャー州予備選での「勝利」から一夜明け(詳しくはこちら)、ジョン・ケーシックは、CBSで放送されている朝の情報番組『ディス・モーニング』の生中継に出演し、「これまで人々は私について色んなことを言ってきた。『彼は支持率を上げられない』『近々撤退する』『指名争いから姿を消す』――。しかし、私は今ここにこうしている。過小評価されるのは大好きだ」と語りました。
 初めて連邦下院選に出馬した際、ケーシックは「当選するのは無理だろう」と評されました。しかし予想に反して激戦を制し、その後は9回連続で選挙を勝ち抜いています。オハイオ州知事選挙に出馬した際も苦戦が予想されましたが、結局は現職の知事を打ち破って勝利を得ました(詳しくはこちら)。
 「彼は近々撤退する」などのネガティブな評判を耳にする度、ケーシックは初めて挑んだ下院選や州知事選を思い出していたに違いありません。


 ◆テレビCMC 『100日間』


 2月12日、ケーシック陣営は、サウスカロライナ州予備選に向けて2本のテレビコマーシャルを公開しました。
 1本目は『100 Days(100日間)』と題されたコマーシャルで、ニューハンプシャー州予備選のために放送された『アメリカはあきらめない』『私たちの出番』と同様のフォーマットです。
 アメリカでは、新政権には100日間の「ハネムーン期間」があるとされています。最初の100日間は新大統領のことをあまり厳しく非難せず、大目に見てやろうという一種の「報道協定」のようなものです。ケーシック陣営はこのコマーシャルの中で、ケーシックならば「ハネムーン期間」のうちに財政健全化も国境警備強化も実現できると訴えました。


 ◆テレビCMD 『癒し』


 『Healing(癒し)』と題された2本目のテレビコマーシャルでは、ケーシック本人が、自分がブルーカラー層出身であること、両親が飲酒運転の犠牲になったこと、しかし両親は心の中では死んでいないことなどを、画面には映らないインタビュアーに向けて語っています。
 このコマーシャルは2014年州知事選時のコマーシャルを再利用したものですが、保守的な有権者が多いとされる南部州で放送するコマーシャルとしては打ってつけのものでしょう。もっとも、後半13秒に映し出されるのはこの大統領選を通じて収録された「新撮シーン」です。


 ◆ホーム・デポ創業者の「乗り換え」

 2月11日、ジョージア州に本社を置くホームセンター大手「ホーム・デポ」の共同創業者、ケネス・ランゴーンがケーシックを支援することが明らかとなりました。ランゴーンはニューハンプシャー州予備選まではクリス・クリスティーを支援していましたが、クリスティーが2月10日に指名争いから撤退したため、ケーシックへの支持に回ることを決めたのです。
 オハイオ州知事のケーシックとニュージャージー州知事のクリスティーはともに「穏健派」であり、政策も支持層もかけ離れてはいません。撤退後、クリスティー支持者の少なからずがケーシックへの支持に流れるだろうことは以前から予想されていました。ランゴーンの「乗り換え」は、その予想が現実になった瞬間であると同時に、選挙資金が潤沢とはいえないケーシック陣営にとっては朗報でした。


 ◆対話集会に押し寄せた聴衆


 ケーシックの「勢い」を裏付けるように、ニューハンプシャー州予備選の翌日(2月10日)から開催されたサウスカロライナ州でのケーシックの対話集会には大勢の聴衆が押し寄せます。特に、2月12日にヒルトンヘッドで開催された対話集会や、2月13日にモールディンで開催された対話集会の参加者の多さは目を見張るものがありました。
 もちろん、ドナルド・トランプの対話集会にはこれ以上の人数が参加したし、マルコ・ルビオやジェブ・ブッシュの対話集会にも同程度の人数が集まっていたでしょう。集会参加者の増加はケーシック陣営固有の現象ではないとはいえ、この時点でケーシックが「勢いの波」に乗り遅れていなかったことは確かです。


 ◆スポーツ選手たちの支持表明


 2月13日の対話集会には、クレムゾン大学フットボールチームの元花形プレーヤーで、現在はカナダのプロチームでクォーターバックとして活躍しているタジャ・ボイドが駆け付けました。ボイドは「彼の価値観、道徳観はすばらしい。ニューハンプシャーで彼は『政府が世の中を変えるのではなく、私たちの心が世の中を変えるんだ』と語っていた。この意見に私は賛同する。きっとサウスカロライナのみんなも賛同できるはずだ」と語り、ケーシックへの支持を表明しました
 スポーツ選手からの支持ということでいえば、元バスケットボール選手のチャールズ・バークレーもすでにケーシックへの支持を表明しています。バークレーは2006年に「バスケットボール殿堂入り」を果たし、2011年に「NBA史上50人の偉大な選手」の一人に選ばれた国民的英雄です。バークレーやボイドのようなスポーツ界のセレブリティから支持を得ていることは、「地味」な印象を持たれがちなケーシックにとってはこの上ない好材料でしょう。


 ◆サウスカロライナでの討論会


 2月13日、CBSニュース主催の共和党候補討論会がサウスカロライナ州で開催されました。同州予備選を控えて開かれる最初で最後の討論会です。
 ニューハンプシャー州での討論会では「失態」を演じたルビオ(詳しくはこちら)も今回は復調し、ブッシュもこれまで以上の精彩を放ちました。逆に、トランプがブッシュに対して「世界同時多発テロはジョージ・W・ブッシュ政権時に発生した」「イラク戦争は間違っていた」と攻撃する場面では会場からブーイングが起こり、支持率トップを独走するトランプにとってはやや苦しい討論会となったようです。
 ケーシックはというと、トランプたちの「罵倒合戦」には参戦せず、「アメリカの精神は上からもたらされるものではない。私たちの手の中にあるものだ。この国を癒やすために一緒に頑張ろう」という独自のポジティブなメッセージを発信しました。この「ポジティブキャンペーン」は視聴者の心に訴えかけるものがあったようで、「大統領になる準備ができていると思う候補は誰か」というCBSニュースの世論調査でケーシックは最も高い数字を獲得しています


 ◆アメリカを「癒やす」使命

 最近、ケーシックは演説で「癒し」という単語を頻繁に使用するようになりました。かつて私は「ケーシックは『癒し系』の候補である」「ケーシックが予備選を勝ち抜けるかどうかは、アメリカの有権者がどれほど政治に『癒し』を求めるかにかかっている」と記したことがあります(詳しくはこちら)。
 ケーシックや彼の選挙スタッフが私の文章を読んでいるはずはありませんが、私が以前示唆したように、ケーシックが自らに「アメリカを癒やす」という使命を課していることは明らかです。
 今回の大統領選では、トランプやバーニー・サンダース(民主党)のような「怒り系」の候補が人気を誇っています。彼らの躍進から窺えるのは、アメリカの有権者が政治に「怒り」を求めているということです。ギャラップ社の調査によれば、ここ数年、連邦議会の支持率は10%台前半〜20%台前半の低水準で推移し、昨年(2015年)3月以降に至っては一度も20%を超えていません。


 ◆「もし全員が他人を貶したら?」

 たしかに彼らは、有権者の「怒り」を煽る能力に秀でた類稀なるポピュリストではあるでしょう。しかしマックス・ヴェーバーの歴史的名文句を引用するまでもなく、政治家に求められるのは、理想を現実に少しずつ近づけていくための地道な作業であるはずです。誰かや何かへの「怒り」を代弁したり煽ったりするだけでは決して問題は解決しないのです。
 時系列が前後しますが、2月5日、ケーシックはこんなことを語っていました。「もしすべての候補者が他人を貶すようになったら、誰が人々を導いていくというんだ? 誰が世の中を治めるというんだ?」
 もし有権者が「怒る」ことに疲れ果て、政治に「癒し」を求めるようになったら、その時こそ「癒し系」候補であるケーシックの出番でしょう。


 ◆ケーシック、まさかの支持率「2位」

 2月14日、世論調査会社のARG(アメリカン・リサーチ・グループ)が、サウスカロライナ州での支持率1位(35%)をトランプ、2位(15%)をケーシックとする調査結果を発表しました
 南部州での苦戦が予想されるケーシックが「2位」に浮上するとは俄かには信じがたい事態ですが、対話集会でのあの人だかりを考慮するとまったくあり得ないことでもありません。
 ARGはニューハンプシャー州予備選前もケーシックに有利な数字を発表していました。その調査の精度を疑う向きも多いですが、ニューハンプシャー州予備選でのケーシックの2位獲得を言い当てたのも事実であり、その調査結果を完全に無視するわけにはいかないでしょう。


 ◆ミシガン州での「追及」


 2月15日、ケーシックはサウスカロライナ州を一旦離れ、中西部・ミシガン州へ向かいました。ケーシックは2日間で4つの町を訪れましたが、中でも、イーストランシングで開かれた対話集会には多数の聴衆が押し寄せました
 ミシガン州立大学で開かれた対話集会では、民主党員だという学生から「同性婚についてどう思うか」と質問される場面もありました。当初、ケーシックは「妻と一緒に友人の同性結婚式へ行ったよ。素晴らしい時間を過ごした。素晴らしいシャンパンも飲めた」と冗談交じりに語って質問を処理しようと試みます。しかし、学生が「結婚式に出席しただけでは不十分なのでは」とさらに追及してきたため、ケーシックは「私たちは法律を変えてはいない。裁判所が判断を下した。それがすべてだ」と返答し、その学生とのやり取りを打ち切りました。


 ◆ブッシュ政権元幹部が陣営入り

 2月16日、ジョージ・W・ブッシュ政権で大統領副報道官を務めたトレント・ダフィーが、ケーシック陣営のコミュニケーション対策顧問に就任しました
 ダフィーはホワイトハウスに4年間勤め、2006年にスコット・マクレラン報道官が「更迭」された際には後任候補にも名前が挙がった人物です。現在は「HDMK」というコミュニケーション関連のLLC(有限責任会社)でパートナーを務めています。ちなみに、オハイオ州知事のケーシックにとっては頼もしいことに、生まれも育ちもオハイオ州だとのこと
 ブッシュ政権の広報責任者の一人だったダフィーがケーシック陣営に加わったのは、サウスカロライナ州予備選での「ジェブ・ブッシュ対策」である以上に、「長期戦」に耐え得るその高い実務能力を買われてのことでしょう。


 ◆「ベンガジ事件」目撃者が陣営入り

 同じ日、アメリカ国務省に22年間勤めたグレゴリー・ヒックスも、ケーシック陣営の安全保障チームに加わりました。ヒックスは「アメリカ在外公館襲撃事件」が発生した2012年当時の駐リビア首席公使です。
 アメリカで製作された映画がイスラム教を侮辱するものだとして、2012年9月、アラブ諸国の在外米公館が次々と襲撃され、リビアの在ベンガジ領事館ではクリストファー・スティーブンスら4人のアメリカ人外交官が殺害されました。ヒックスは事件発生中にスティーブンスと連絡を取っており、2013年5月の連邦下院公聴会でも事件発生当時の状況を証言しています。
 この事件をめぐっては、在ベンガジ領事館が国務省に警備強化を繰り返し要請したにもかかわらず、要請が無視されていたことが後に明らかとなっています。当時の国務長官だったヒラリー・クリントンは要請を把握しておらず、責任を追及されました。クリントンにとっては最大の「汚点」の一つであり、ヒックスのケーシック陣営入りは「クリントン対策」という側面もあるのかもしれません。


 ◆ケーシックとコルベアの「因縁」

 2月17日、ケーシックは、CBSの看板トーク番組『レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア』にゲスト出演します。
 『レイト・ショー』は1993年に放送を開始した番組です。22年間に渡ってホストを務めたデヴィッド・レターマンが昨年5月に降板したため、同年9月からはスティーヴン・コルベアが2代目のホストを務めています(詳しくはこちら)。
 ケーシックは昨年11月にも『レイト・ショー』にゲスト出演しました。その際、コルベアから「あなたはなぜ大麻合法化に反対するんですか? アルコールはいいのに大麻がダメなのはなぜ?」と厳しく追及されています。この時のコルベアの「追及」は内容としてはイチャモンに近いもので、ケーシックも番組内で反論を試みましたが、トーク番組の絶対的な支配者たるホストに反論したところで逆効果というもの。二人の会話は噛み合わず、前回の出演は、ケーシックにとってもコルベアにとってもあまり有益なものではありませんでした。


 ◆3か月ぶり2度目の『レイト・ショー』


 それでもケーシックが再び『レイト・ショー』に呼ばれたのは、コルベアとそのスタッフなりの「気遣い」でしょう。
 それに、コメディ・セントラルの『コルベア・リポート』でジョージ・W・ブッシュ政権を激しく風刺し、共和党保守派の「アホらしさ」をイジり倒してきたコルベアが「理解」を示せる共和党候補は、今やケーシック以外には存在しません。実際、この日のコルベアは「ニューヨーク・タイムズ紙が支持する候補」としてケーシックのことを紹介していました。
 2度目の出演でケーシックはコルベアと観客から極めて好意的に受け入れられ、ケーシックの発言に拍手が送られる場面も何度かありました。もっとも、コルベアは「相手をもてなす」というよりは「相手を利用する」芸風なので、見ていて少し冷や冷やさせられた場面もあります。
 例えば、ケーシックが「人々はもうネガティブなことを聞くのに疲れてきている」と語っている途中に、コルベアが「黙れ!」と叫んだ場面です。この後スタジオの客席から笑いが起こり、コルベアが「あれ? 人々はネガティブな発言(「黙れ!」)に喜んでいるみたいだけど」とドヤ顔をしてオチを付けるのですが、このギャグが成立したのはケーシックが「シャレの通じる」政治家だったからでしょう。


 ◆「薬物に手を出すな」


 ところで、ケーシックはサウスカロライナ州で「薬物に手を出すな」というメッセージを発信し続けていました。対話集会に来ている子どもたちに「薬物をやらないとこの場で誓え!」と迫るケーシックには妙な迫力があります。ケーシックに息子がいないことを考えると、ケーシックは少年たちに「薬物に手を出すな」と迫ることで「お父さん」になり切っていたのかもしれません。
 ちなみに、ケーシックと薬物をめぐってはこんな話題もありました。かつてトランプの顧問だった男性が、「1976年大統領選でケーシックはロナルド・レーガン陣営のスタッフとして働いていたが、薬物問題があったので解雇した」と証言したのです。しかし、この男性はレーガン陣営の幹部を務めていたわけではなく、実際に当時の責任者だった男性は「ケーシックと薬物の関係を耳にしたのは今回が初めてだし、ケーシックは陣営に解雇されてもいなかった」と語っています


 ◆「ヒラリーに最も勝てる候補」

 2月17日、USAトゥデイとサフォーク大学は共同の世論調査結果を発表しました。この調査では各候補の党内支持率だけではなく、いわゆる「本選想定支持率」も調べられました。もし大統領選の本選で「共和党の候補A」と「民主党の候補X」が対決した場合にはどちらかが勝利するか、という調査です。
 共和党の各候補と民主党のヒラリー・クリントンを対決させた場合の「本選想定支持率」は、以下の通りでした
トランプ(45%)クリントン(43%)
クルーズ(45%)クリントン(44%)
ルビオ(48%)クリントン(42%)
ケーシック(49%)クリントン(38%)
 この「本選想定支持率」を見ると、ケーシックは「本選でクリントンに勝利する可能性」が最も高い共和党候補であることが分かります。ケーシック陣営はケーシックを「ヒラリーが最も恐れる共和党候補」と自任してきましたが、世論調査の数字の上でもその「事実」が裏付けられたのです。
 もっとも、選挙戦の先行きが不透明な現時点での本選想定調査は「お遊び」の域を出ません。取扱いには注意を必要とする数字ですが、ケーシック陣営にとっては「伝家の宝刀」になり得る数字だといえます。


 ◆ある対話集会でのハグ


 2月18日、ケーシックはクレムソンで対話集会を開いていました。演説が終わり、いつものように質疑応答の時間が始まります。いくつかのやり取りが進み、最後の質問に立ったのは、ジョージア州から来たという21歳の学生でした
 「これから少し感情的になるかもしれないことをお許しください。といっても、この話は最後にはハッピーエンドを迎えるのでご安心ください」。そうことわってから、その学生は涙ながらに話し始めました。「数年前、僕が『第2の父親』のように慕っていた男性が自殺しました。それからほどなくして僕の両親が離婚。そして、父は職を失いました。それからというもの、僕は長い間、絶望の淵にいました。気持ちがすっかり沈み込んでしまったんです。しかし僕は、信仰と友人に出会ったことで希望を抱くようになりました。そして今、僕は支持すべき大統領候補に出会えています。もしよければ、ありふれたハグをしてもらえませんか」。
 話を黙って聞いていたケーシックはその学生に歩み寄り、両手を回して深いハグを交わしました。


 ◆ミカ・ブレジンスキーの目にも涙


 ケーシックのハグは「感動的な光景」として全米でちょっとした話題となり、三大ネットワークの看板ニュース番組『NBCナイトリーニュース』や『CBSイブニングニュース』でも映像が報じられました。MSNBCで放送されている朝の帯番組『モーニング・ジョー』でこの話題が取り上げられた際には、番組の共同アンカーであるミカ・ブレジンスキーも涙を拭い、ゲストのカティー・ケイに至っては「あれはパフォーマンスではないわ。ケーシックは顔をくしゃくしゃにさせていたもの」と熱弁を振るうほどでした。
 この話題に反応を示したのは映像メディアだけではありません。ハフィントン・ポスト記者のクリスティーナ・ウィルキーは「政治家も実は人間なのだと思い出させてくれた」という表現でケーシックのハグを称賛したほか、作家のジェイ・パリーニも「私は共和党員ではないが、ケーシックが誠実さと知性と慈悲心の持ち主であることは分かる」というコラムをCNN電子版に寄稿しました


 ◆政治家のパフォーマンスと人間性

 政治家の言動には必ずオモテの意味とウラの意味があります。そうでないのならば、その人は一人前の「政治家」とは呼べません。ケーシックのような百戦錬磨のベテラン政治家が「自分は今、テレビカメラにその姿を撮られている」ということを意識していないはずはなく、「これはいいパーフォマンスになるな」と瞬時に判断できないはずもありません。
 しかし、もしもケーシックに「誠実さと知性と慈悲心」が一かけらもなかったのならば、同性婚に関する発言にしても(詳しくはこちら)、ニューハンプシャー州の報道陣との「雪合戦」にしても(詳しくはこちら)、そして今回のハグにしても、決して「感動的な光景」や「微笑ましい動画」として仕上がってはいなかったでしょう。ケーシックの言動から「パフォーマンスっぽさ」があまり感じられないのは、彼自身に優れた人間性が備わっているからでもあるのです。


 ◆ステート紙の支持表明

 対話集会でのハグが影響したわけではないでしょうが、2月18日、サウスカロライナ州の地元紙「ザ・ステート」がケーシックへの支持を表明します。ステート紙は1891年に創刊された同州最大の地元紙です。
 ステート紙は社説に「土曜の予備選(注:サウスカロライナ州予備選)では、有権者は国を導く真の指導者に投票する必要がある。つまり、ジョン・ケーシック知事に投票すべきだ」と記し、ケーシックを積極的に評価しました。サウスカロライナ州でもケーシックは「新聞社から支持されやすい候補」だったのです。


 ◆CNN主催のテレビ対話集会


 2月17日と18日の両日、CNN主催の対話集会が放送されました。各候補が1人あたり40分程度出演し、進行役のアンダーソン・クーパーや会場の参加者から質問を受ける特別番組です。各候補が普段開催している対話集会をテレビ用にデコレーションしたものだといえます。ケーシックは2日目の18日に出演しました。
 この番組の中で、ケーシックはいくつか興味深いことを語っています。例えば、「両親の死が私の人生すべてを変えた」「私はローマ法王の支持者だ」「シングルマザーは真の英雄だよ」「女性に対する暴力を根絶するために戦わなければならない」「判事は法を作る人ではなく解釈する人だ」「大統領になったらクリス・クリスティーを入閣させるかもしれない」などの発言です。
 番組放送後、弁護士出身のコメディアンであるディーン・オベイダラは「CNNで放送された対話集会の『勝者』はケーシックだ。それに比べてトランプとブッシュはどうしようもない」という趣旨のコラムをCNN電子版に寄稿しました


 ◆ティム・アレン、ケーシックを語る


 映画『サンタクローズ』(1994年)や『ギャラクシー・クエスト』(1999年)、『トイ・ストーリー』シリーズ(1995年〜)でおなじみの国民的コメディ俳優、ティム・アレンがケーシックを支持していることはこのブログでも言及してきました。
 2月18日、アレンは、メーギン・ケリーがアンカーを務めるFOXニュースの情報番組『ケリー・ファイル』にゲスト出演し、ケーシックを支持している理由を語っています。「彼は本当に素晴らしい経歴と良心の持ち主だよ。(共和党候補としては)命取りになりかねないことだとは思うけど、彼は共和党員と民主党員の両方から好かれる人物だね」。
 このインタビューでは、FOXニュースの番組であるにもかかわらずスタッフの笑い声が入り込んでいます。ケーシックが「どの党の支持者からも好かれる政治家」だとすれば、アレンは「誰からも愛されるコメディアン」でしょう。


 ◆投開票――熾烈な「4位争い」

 2月20日、サウスカロライナ州予備選の投開票が行われました。
 トランプが得票率33%で1位を獲得したのは大方の予想通りでしたが、開票作業が進むにつれて、2位と3位、4位と5位が激しく競り合う展開になりました。
 2位と3位を競り合ったのはクルーズとルビオです。南部州で影響力が強いティーパーティーや福音派に支えられてきたクルーズが2位につけると思いきや、最終的にはルビオが2位の座をしとめました。といっても得票率は1%しか変わりません(ルビオ:23%、クルーズ:22%)。
 「4位争い」はさらに熾烈なものでした。開票作業中もブッシュとケーシックの順位が頻繁に入れ替わり、最終的な票数こそブッシュのほうが多かったものの、得票率は両者とも同じ8%です。6位のベン・カーソンも7%の得票率を獲得しており、トランプ以外の候補者の票は分散しています。


 ◆ブッシュ撤退表明の「衝撃」


 「アイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナの人々は意志を示した。私はその決断を尊重する。だから今夜、私は選挙戦を中止する」
 開票作業が進む中、ケーシックと「4位争い」を演じていたブッシュが指名争いからの撤退を表明しました。
 それは、20世紀から21世紀にかけてフロリダ州知事を務め、元大統領の父と兄を擁すブッシュ家の「最高傑作」と評され、昨年の今頃は「本命候補」との呼び声が高く、圧倒的な資金力を誇っていたものの、指名争いでは一度も「勢い」をつけられずに低迷し続けてきたジェブ・ブッシュが、ついに選挙戦から身を退くことを決めた瞬間でした。
 3月15日のフロリダ州予備選までは選挙戦を継続するとの見方も強かっただけに、ブッシュの撤退表明は「想定内の衝撃」をもって報じられています。


 ◆そして「ジェブ!」はいなくなった


 「ブッシュ撤退」の報せに接したケーシックは、これまでブッシュ陣営から激しいネガティブキャンペーンを受けてきたことを念頭に置いてか、「ジェブ・ブッシュは毎日激しく戦っていた。彼は偉大な知事であり、偉大な男だ」というコメントをSNS(Facebook/Twitter)に投稿しました。
 サウスカロライナ州予備選の開票作業を受けてのスピーチでは、「お世辞でも何でもなく、ジェブは偉大な男だ。彼のお兄さんも、お母さんも、そして家族全員が――ブッシュ家の人々は最高だ」と語り、ブッシュとその支持者たちを持ち上げました。あわせて、「最初は16人が指名を争っていた。そして今、『ファイナル・フォー』(最後の4強)に絞られた」とも語り、自身はまだまだ選挙戦を継続する意向であることを強調しました。
 面白いのは、ケーシックがカーソンを切り捨てて「『最後の4強』に絞られた」と述べた一方、ルビオがケーシックを切り捨てて「これで3人の争いになった」と述べていることです。今後、旧ジェブ支持者の多くはルビオへの支持に流れるでしょうが、一定数はケーシックへの支持にも回るでしょう。ルビオにとってケーシックは「目の上のたんこぶ」なのです。



 ――後からこの大統領選を振り返るとき、サウスカロライナ州予備選は「ジェブ・ブッシュが撤退した予備選」として言及されることになるのでしょう。2月19日に発表されたNBC/WSJの世論調査では支持率13%だったブッシュが得票率8%で終わったのは、ルビオがブッシュの支持層を吸収したからです。例のハグがケーシックの評価を高め、ブッシュの人気を削いだわけではありません。

 それでも「ケーシック専門家」の私としては、この予備選を「ブッシュが撤退した予備選」ではなく「ケーシックのハグが感動を呼んだ予備選」として記憶しておこうと思います。予備選で5位に終わったのにケーシックの支持者たちに悲壮感がなかったのは、ケーシックとハグを交わしたあの学生同様、彼らが自分たちの支持する候補の人格に「希望」を見出しているからなのかもしれません。


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