2016年02月13日

ニューハンプシャーで叶えた「悲願」 ―ケーシックの大統領選(1)


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▲ 投票日前夜、支持者を前に演説するケーシック (2016年2月8日)


 今月(2016年2月)1日、米大統領選の予備選が幕を開けました。

 9日に実施されたニューハンプシャー州の共和党予備選では、ドナルド・トランプが1位(35%)、ジョン・ケーシックが2位(16%)となりました。
 ケーシックはニューハンプシャー州予備選で2位になることを目標に掲げ、テッド・クルーズやマルコ・ルビオ、ジェブ・ブッシュらと競っていたので、今回の2位獲得は「悲願の大勝利」ということになります。
 過去半世紀以上に渡り、ニューハンプシャー州予備選で2位以内に入らずに党の指名を獲得した候補はいません。全米支持率が数%に満たないケーシックが2位に浮上したことで、ケーシックの注目度はますます高まっています。

 それでは、ケーシックがニューハンプシャー州でどのような選挙運動を展開したのか、時系列に沿って振り返ることにしましょう。

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 ◆昨年からニューハンプシャー州入り


 ケーシックは当初からニューハンプシャー州予備選に勝負をかけ、昨年(2015年)から何度もニューハンプシャー州を訪れていました。
 妻・カレン、そして双子の娘・エマとリースもニューハンプシャー州に「投入」し、文字通りの総力戦を展開しました。保守的な有権者の多いアイオワ州の党員集会(2月1日実施)に力を注ぐのではなく、無党派層の多いニューハンプシャー州で2位の座を獲得することで、大統領選の共和党候補を決める指名争いに一気に「浮上」しようという戦略だったのです。


 ◆テレビCM@ 『アメリカはあきらめない』


 年が明けて1月3日、ケーシック陣営は、ニューハンプシャー州で初めてのテレビコマーシャルを公開します。タイトルは『America: Never Give Up(アメリカはあきらめない)』。「アメリカは超大国の地位をあきらめないし、ケーシックも大統領選をあきらめない」というメッセージを込めたものです。
 このコマーシャルはよくできています。前半でケーシックの経歴を簡単に紹介することで、「そもそもケーシックって誰?」という一般有権者の疑問に答えているのです。ちなみに、冒頭で使用されているイメージ映像は、2014年州知事選時のコマーシャルを流用したものです。
 このコマーシャルでは、まず、ケーシックがブルーカラーの家庭の出身であること、ケーシックが「ホワイトハウスに立ち向かった下院議員」であったこと、オハイオ州知事として財政再建を果たしたことが触れられています。
 これは、生まれつきのエリートを敬遠し、エスタブリッシュメント(支配層)を憎しみ、財政問題を重要視する今日の有権者をあからさまに意識したものです。もっとも、ケーシックが「ホワイトハウスに立ち向かった下院議員」であったかというとやや疑問符がつきますが(詳しくはこちら)。
 コマーシャルの終盤では、ブルーカラー層の白人男性、白衣を着た黒人女性、妙齢の白人女性、ヒスパニック系と思しき男性を映し出し、多様な人種・階層への配慮も欠かしませんでした。


 ◆対話集会を重ねる「地上戦」
 

 1月6日、ケーシックは、ニューハンプシャー州で50か所目となる対話集会を開催しました
 大きなイベントを散発的に開催するドナルド・トランプとは対照的に、ケーシックは、小さな対話集会を重ねる「地上戦」によって有権者からの支持を得ようとしたのです。これは昔ながらの「正攻法」の選挙戦略であると同時に、支持率どころか知名度が低いケーシックにとっては唯一の選択肢でした。


 ◆ロブ・ポートマンの支持表明


 1月9日、オハイオ州選出の連邦上院議員ロブ・ポートマンがケーシックへの支持を表明します。ポートマンは連邦下院議員を経て、ジョージ・W・ブッシュ政権で米通商代表、米行政管理予算局長官を歴任した共和党の中心人物です。息子が同性愛をカミングアウトしたことをきっかけに、同性婚の反対派から支持派に転向したことでも知られています。
 オハイオ州選出上院議員のポートマンが、オハイオ州知事のケーシックを支持することはおかしなことではありません。両者の選挙コマーシャルで使用されているBGMが同じ(ケーシック/ポートマン)であることからも、両者の「裏方」は重複しているものと考えられます。ポートマンが大統領選候補として誰かを支持しなければならないとしたら、よほどの事情がない限り、ケーシックを支持するのは自然な成り行きです。
 しかし、このタイミングでの支持表明は、ポートマンにとっても一つの「賭け」でした。この時期はまだ、ケーシックが躍進する可能性が高まっていた時期ではありません。むしろ、この時期にポートマンが支持を表明したことで、ケーシック陣営は安定化し、ケーシックは同州で躍進を果たすことができたといえそうです。


 ◆世論調査で「2位」にランクイン


 1月上旬から中旬にかけて、ケーシックは、ニューハンプシャー州内で実施された3つの世論調査で支持率「2位」にランクインします。
 たかが世論調査の数字にすぎないと考える向きもあるかもしれませんが、ケーシックのような支持率の低迷してきた候補にとっては、世論調査で上位に浮上することは「実戦」に弾みを持たせるエンジンです。選挙戦を支えるボランティアたちは「自分がこの候補を支持してきたのは間違っていなかった」と自信を抱き、迷うことなく選挙運動に励むことができるようになります。選挙運動の目的が選挙で「勝利すること」(ケーシック陣営の場合は「2位となること」)である以上、これは当然のことでしょう。


 ◆ニューヨーク・タイムズ紙の「支持」

 アメリカでは大統領選に際して、大手紙が特定の候補への支持を表明することが慣例となっています。ボストン最大の日刊紙であるボストン・グローブ紙は、1月25日、ケーシックへの支持を表明しました。同紙の社説はケーシックを「和解を重視する中立的な保守派」と賞賛し、「本選で最も勝利に近い共和党候補」だと指摘しています。
 1月31日には、全米3位の発行部数を誇るニューヨーク・タイムズ紙が、民主党ではヒラリー・クリントン、共和党ではケーシックを支持すると表明。もっとも、同紙はクリントンを「現在、最も大統領にふさわしい」と積極的に支持する一方、ケーシックに対しては「共和党内では唯一のまともな選択肢」と消極的に評価するのみで、ケーシックの名前が最初に登場したのは社説の6段落目です。ニューヨーク・タイムズ紙がケーシックを支持したのは、あくまでもトランプやクルーズに対する批判の裏返しにすぎませんでした。


 ◆「ジェブ!」のネガティブキャンペーン

 ケーシックの台頭に恐れをなしたのか、同じ「主流派」の一人であるジェブ・ブッシュのスーパーPAC(特別政治活動委員会)は、ケーシックに対するネガティブキャンペーンを本格化させました。『クイズ――全米で最悪の知事は誰でしょう』というコマーシャルを公開し、「主流派」代表にふさわしいのはケーシックでもマルコ・ルビオでもなく自分だと強調し始めたのです。
 ただし、ブッシュ陣営ほど露骨ではないにしても、ケーシック陣営もブッシュを揶揄するコマーシャルを制作しています。『「ジェブ!」に何が起きたのか』と題されたコマーシャルの冒頭では、ブッシュの人気のなさに触れていました。ちなみに、「ジェブ!」とはブッシュ陣営のキャッチコピーで、元大統領の父(ジョージ・H・W・ブッシュ)や前大統領の兄(ジョージ・W・ブッシュ)に連なる「ブッシュ」というファミリーネームを隠す意図があるとされます


 ◆テレビCMA 『私たちの出番』


 1月28日、ケーシック陣営は、ニューハンプシャー州で第2弾となるテレビコマーシャル『Our Time(私たちの出番)』を公開しました。
 名もなき――しかし、勇敢な――人々こそがアメリカを支えてきたこと、そしてケーシックもそのうちの一人であることを印象付けるとともに、第1弾のコマーシャルでは触れられなかった「雇用」「国防」の問題にも軽く触れています。


 ◆アイオワ州での「無気力試合」


 1月下旬、ケーシックはニューハンプシャー州を一旦離れ、2月1日に党員集会が実施されるアイオワ州を訪れます。ケーシックの対話集会にはアイオワ州選出のベテラン上院議員チャック・グラスリーも駆け付け、財政再建の実績をもつケーシックを称えました。とはいえ、グラスリーはケーシックを支持していたわけではなく、トランプやルビオの集会にも参加して「応援演説」を行っています。
 無党派層の多いニューハンプシャー州に勝負をかけていたケーシックにとって、保守派の多いアイオワ州での党員集会は半ば「無気力試合」でしたが、結果として代議員を1名獲得できたところをみると、アイオワ州での選挙活動も決してムダではなかったようです。


 ◆「最後の1週間」の始まり


 アイオワ州での戦いが終わり、ケーシックは名実ともにニューハンプシャー州での選挙活動に総力を注ぎ込めるようになりました。予備選前「最後の1週間」の始まりです。
 ケーシック陣営が2月2日に公開したビデオでは、共和党ニューハンプシャー州支部元委員長ファーガス・カレンがケーシック支援の理由を語っているほか、高校生か大学生と思しき青年も「大統領に最もふさわしい人物だと思うので、僕はジョン・ケーシックを支持している」と話しています。若年層からはあまり人気のない候補だと思われがちなケーシックですが、それはあくまでも相対的な話であって、現実には「若い支持者」や「若いボランティア」も大勢いるのです


 ◆「ピンク・フロイドを再結成させる」


 2月2日、ケーシックはCNNによるインタビューの中で、少し風変わりな「公約」を発表しました。もし自分が大統領になったら、大ファンであるピンク・フロイド(現在は活動停止中)を再結成させると話したのです。この発言は日本の一部メディアでも報道されました
 もっとも、これは「最も素晴らしかったコンサートは何か」という質問に応じて繰り出された軽口にすぎず、実際の選挙公約でもなければ、音楽ファンの人気を取り込むためのパフォーマンスでもありません。ケーシックによると、「アメリカはこれだけ財政面で問題を抱えてるんだから、さしあたって1曲目は『マネー』からいってほしいとお願いするつもりだよ」とのことです


 ◆ランド・ポールの選対顧問が「移籍」

 アイオワ州党員集会の翌々日、ランド・ポールが指名レースからの撤退を表明しました。それも束の間、ポールの選対顧問だったマイク・ビウンドという人物が、今度はケーシック陣営の選対顧問に就任します。なお、選挙スタッフの「移籍」をめぐるあれやこれやに興味がある方には、ジョージ・クルーニー監督の映画『スーパー・チューズデー 〜正義を売った日〜』(2011年)がおすすめです。
 ビウンドは、2012年の大統領選ではリック・サントラムの選対に勤めた後、本選の共和党候補に選出されたミット・ロムニーの選対に移動しました。今回、ポールが撤退したことで「他の陣営からも声が掛かった」そうですが、ケーシック陣営に加わることを決めたそうです
 ケーシック陣営の発表した声明によると、ビウンドはニューハンプシャー出身で、1996年大統領選のニューハンプシャー州予備選ではパット・ブキャナンを2位に押し上げることに貢献したとのこと。まさに、ビウンドは「ニューハンプシャー要員」だったといえます。


 ◆黒人テレビ司会者が支持表明


 2月4日、テレビ司会者モンテル・ウィリアムズがUSAトゥデイに寄稿し、ケーシックを支持すると発表しました
 ウィリアムズは、1991年から2008年まで『ザ・モンテル・ウィリアムズ・ショー』という人気トーク番組のホストを務めた黒人男性です。オプラ・ウィンフリーやエレン・デジェネレスほどではないにしても、元海軍兵士という経歴も手伝って、言動にはそれなりの影響力があります。米国立教育委員会と協力し、映画『それでも夜は明ける』(2013年)の背景となった「奴隷制度」の歴史に関する教育を、高校の義務教育課程に組み込ませたこともありました
 声明の中で、ウィリアムズは「私は90年代初頭に共和党を離れたが、今、再び戻ってきた。なぜなら、ケーシックが大統領選に挑んでいるからだ」「ケーシックは共和・民主両党とともに働くことのできる『大人』である」「差別的偏見と誇大広告が渦巻く大統領選の中で、彼だけが正気を保っている」と記しました。さすがトーク番組を長年仕切っていただけあって、その声明には説得力があります。


 ◆テレビCMB 『仲間になろう』


 2月5日、ケーシック陣営は第3弾となるテレビコマーシャル『Join Me(仲間になろう)』を公開します。ニューハンプシャー州予備選用としては最後に制作されたコマーシャルです。これまでの2つのコマーシャルとはテイストが異なり、ケーシック本人が視聴者に語りかけています。
 「私は支持に値する人間なので、私に投票してほしい」という真摯なメッセージを穏やかに、しかし力強く伝えるこのコマーシャルは、ケーシックへの支持を決めかねていた有権者にとっては「決定打」になったかもしれません。


 ◆「シュワちゃん」との電話対談


 同じ日、ケーシックは、前カリフォルニア州知事で俳優のアーノルド・シュワルツェネッガーと電話で対談しました。ケーシックとシュワルツェネッガーは以前から盟友関係にあり、昨年10月にも面会しています。電話対談の模様はインターネットで中継され、シュワルツェネッガーは「恐れを感じず、痛みを感じず、敵をやっつける。そして絶対にあきらめない。君こそが『ターミネーター』だ」「君は、私が小切手帳を預けられる唯一の人物だよ」とケーシックを持ち上げました。
 明確な支持表明の言葉こそありませんでしたが、ケーシック陣営にとっては単純な「支持表明」以上に価値のある対談となったかもしれません。


 ◆「副大統領狙い」疑惑を否定


 この頃、ケーシックはCNNのインタビューで興味深いことを述べています。「本当は『副大統領候補』に指名されることを狙っているのではないか」という噂について、「私はわが道を行く人間だから副大統領には向かない。もし私が副大統領に就任したら、史上最悪の副大統領になるだろうね。(現職副大統領のジョー・)バイデンよりも悪い大統領になるだろう。副大統領候補の指名を受けるつもりもないよ」と語り、副大統領候補になる意向を明確に否定したのです。
 もっとも、これはニューハンプシャー州予備選を直前に控えての発言です。「私は最初から副大統領狙いなので、大統領候補の指名争いは敗れても構わない」などと答えるはずはありません。しかし、「もし私が就任したら、史上最悪の副大統領になるだろう」と語る素材をテレビ局に提供したことは、仮にケーシックが「副大統領候補」の指名を受諾した場合には悪材料となることでしょう。


 ◆ルビオ、悪夢の討論会


 2月6日、ABC主催の共和党候補討論会が行われました。9日のニューハンプシャー州予備選前では最後となる重要な討論会です。ケーシックは、「新大統領には『ハネムーン期間』(メディアが新政権への批判を猶予する期間)があるが、自分は1日目から仕事をする用意がある」と語り、他の候補と比べて自分がいかに有能であるかをアピールしました。
 ただし、この討論会の最大の見どころは、1日のアイオワ州党員集会で善戦したルビオが「失態」を演じてしまったことでしょう。同じフレーズを一晩で3回も繰り返してしまっただけでなく、ニュージャージー州知事のクリス・クリスティーから「暗記してきた25秒間のスピーチを繰り返しているだけじゃないか」と追及され、動揺の色を隠せなかったのです。それまで勢いに乗って支持を広げていたルビオにとっては、悪夢のような晩となりました。


 ◆対話集会100回を達成


 同じ日、ケーシックは州内100か所での対話集会開催を達成し、他のどの候補よりもニューハンプシャー州で対話集会を開催した候補となりました。
 100か所目の集会を開催する直前、ケーシックは報道陣たちと「雪合戦」を繰り広げています。一歩間違えれば「あざといパフォーマンス」と侮蔑されかねない行為ですが、実際に動画を見ると「ケーシックは本当に純朴な人なのかもしれない」と思わされるから不思議です。映像は何が「本物」で、何が「偽物」かを如実に映しだします。もしもケーシックに純朴さが一かけらもなかったならば、「雪合戦」の動画は微笑ましいものとはなっていなかったでしょう。


 ◆「名物集落」でトランプに勝利


 そして迎えた運命の2月9日――。ニューハンプシャー州予備選の投票日です。
 州内のどこよりも早く開票が行われたディックスビルノッチは州北部の小さな町で、今回の総投票者数はわずか9名。民主党側はバーニー・サンダースが票を独占しましたが(クリントンは0票)、共和党側は2人の候補に票が割れました。
 その内訳はというと、ケーシックが3票、トランプが2票。――そう、この小さな集落で、ケーシックはトランプを破って首位に立ったのです。この結果は全米のメディアで速報され、日本でも共同通信が「名物集落でケーシックが勝利」との記事を配信しました。小さな集落での出来事とはいえ、ケーシックの地道な選挙活動の効果を感じさせられます。


 ◆「たかが選挙じゃないか」


 投票日の朝、ケーシックはCNNの番組に生出演しました。ブッシュ陣営がケーシックに対して激しいネガティブキャンペーンを展開してきたことついて聞かれると、「たかが選挙じゃないか。もっとリラックスしてほしい。ブッシュ派の人々(Bush people)は落ち着いて」と笑顔で語り、「大人の対応」を見せました。
 「たかが選挙じゃないか」というフレーズは、もしかしたら、サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の「たかが映画じゃないか」という台詞に匹敵するほどの名言かもしれません。初めての選挙で「勝つのは無理だ」と評され、選挙区を二分する激しい選挙戦を演じ、それでも一度も落選したことのない政治家・ケーシックが言い放つからこそ重みのあるフレーズです(詳しくはこちら)。
 この対応は、自身へのネガティブキャンペーンの「火の粉」を振り払う方法として最も適切なものだったといえるでしょう。相手の土俵に乗っかってしまうと、がっぷり四つの「泥沼の戦い」が始まってしまいます。自分にネガティブキャンペーンを仕掛けてくる相手には、できるだけ「独り相撲」をとらせることが肝要なのです。


 ◆「ポジティブキャンペーン」とは何か


 ネガティブキャンペーンに真正面から「向き合わなかった」ケーシック陣営が展開したのは、ネガティブキャンペーンならぬ「ポジティブキャンペーン」でした。他の候補の批判をせず、楽観主義的な信念に基づき、「アメリカはあきらめない。アメリカの未来は明るいし、私たちの手でいくらでも明るくできる」という前向きなメッセージを繰り返すという戦略です。
 この「ポジティブキャンペーン」は、ロナルド・レーガンの時代を忘れられない有権者にとっては魅力的なものでしょう。今やレーガンはアメリカで最も尊敬される元大統領であり、「Make America Great Again!(偉大なアメリカを再び)」というスローガンを掲げるトランプが圧倒的支持を誇っている理由の一つも、有権者が「レーガン離れ」をできないことにあります。そして何よりアメリカでは、レーガンの訴えた楽観主義は時代を超える普遍的な思想であり、熱心な共和党員にとってはとりわけ重要な思想なのです(詳しくはこちら)。


 ◆ケーシックはレーガンの後継者?

 もちろん、ケーシックは連邦下院議員時代に何度もレーガンと面会したことがあります。今回の大統領選候補の中で、少なくとも政治家同士としてレーガンと関わっていたのはケーシックだけでしょう。ケーシックは以前にもレーガンとの関わりをアピールしていましたが、2月に入ってからは、レーガンと自身を重ね合わせるような発言もするようになりました
 党内から「本当に保守派なのか」「RINO(Republican In Name Only=名ばかりの共和党員)ではないのか」という疑念を抱かれがちなケーシックにとって、「ポジティブキャンペーン」を徹底し、自身をレーガンの真の後継者として周知させるのは重要なことです。何しろ、共和党員の大統領でありながら「レーガン・デモクラット」(レーガンを支持する民主党員)を生み出したレーガンの後継者ならば、民主党員から人気があっても構わないのですから。


 ◆今後も続く「主流派」争い

 さて、州内の各地で開票が進んだ結果、ケーシックは2位(16%)の座を獲得しました。1位のトランプ(35%)と比べればダブルスコア以上の「敗北」ですが、2位となることを悲願としてきたケーシックにとっては「悲願達成」「大勝利」以外の何物でもありません。地道な選挙活動が報われた瞬間でした。
 アイオワ州の党員集会で善戦していたルビオが5位(11%)に終わったのは、やはり討論会での「失態」が響いたためでしょう。
 ケーシックを激しく攻撃していたブッシュも4位(11%)に留まり、国民的人気の高い母・バーバラを選挙戦に担ぎ出したものの、何とも「微妙」な結果に終わってしまいました。とはいえ、僅差ながらも得票数がルビオを上回り、「本命候補」としての面子は保たれたので、ケーシック対ブッシュ対ルビオの「主流派」代表争いはもう少し続くことになりそうです。
 なお、同じく「主流派」の一人だったクリスティーは代議員を一人も獲得することができず、予備選後、指名争いからの撤退を表明しました。


 ◆ケーシックの「勝利宣言」


 実際のところ、ケーシックが獲得したのは「1位」ではなく「2位」の座ですが、選挙戦を受けてのケーシックのスピーチはさながら「勝利宣言」のようでした。
 スピーチの冒頭、ケーシックはトランプに祝福の言葉を送りました。「反トランプ」のケーシック支持者が集まった会場では軽いブーイングが起こりましたが(もちろんこのブーイングは支持者の「お遊び」ですが)、ケーシックは「……ただし、ディックスビルノッチでは私が勝ったけどね!」と付け加えて喝采を浴びました。そして、「今夜、光(light)がネガティブキャンペーンの暗闇に打ち勝った」と宣言した後、「あなたたちのおかげだ!」と3回繰り返しました(Full)。
 目的は政権を変えることではなくアメリカを変えることであり、それを可能にするのは人々の「心」であるというケーシックのメッセージは、まさに彼のいう「ポジティブキャンペーン」の趣旨を現しています。


 ◆次の舞台はサウスカロライナ

 事実上の「勝利宣言」を終えて、ケーシックは次なる「戦地」サウスカロライナ州に向かいました。現在、サウスカロライナ州ではさっそく各候補の対話集会が開催されています。大統領選の予備選は「長い戦い」であると同時に、撤退しない限りは「休みのない戦い」なのです。
 私の見たところ、もちろんトランプの集会ほどではないにせよ、ケーシックの集会にも想像以上の人数が集まっています。ケーシックの勢いは本物なのでしょうか。
 保守的な南部州での苦戦が予想されるケーシックは、週明けから中西部・ミシガン州でも選挙活動を開始するようです。ケーシックの選対幹部であるトム・ラスは、「南部州のすべての予備選で勝利する必要はないんだ。十分に上手くやればいいだけなんだ」と語っています
 3月15日に実施されるオハイオ州予備選は「勝者総取り」方式(勝者がすべての代議員を獲得する方式)で、オハイオ州知事のケーシックが勝利する可能性が高いので、そこまで生き残れば何とかなるという計算なのでしょう。



 ――本当は、クリスティーの支援者だったホーム・デポ創業者のケネス・ランゴーンがケーシック支援に回ったことや(資金難のケーシック陣営にとってこれは朗報)、ケーシックが新しいテレビコマーシャルを発表したことなどについても触れたいところですが、それはもはや現在進行中の出来事。「ニューハンプシャー編」はこれにてお開きとさせていただきます。

 それにしても、まさか本当にケーシックが「2位」の座を獲得することになるとは。正直、3〜4週間ほど前までは「このブログで次にケーシックのことを書くとしたら、『撤退表明』を受けてのことかもしれないな」と思っていましたもの。選挙では何が起こるか分かりません。これが「ケーシックの大統領選」の始まりかもしれないし、ピークかもしれない。


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