2015年11月17日

ヒラリーが最も恐れる共和党候補 ―ジョン・ケーシックの半生〈下〉


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▲ 大統領選・共和党候補討論会でのジョン・ケーシック(2015年11月)





John Kasich's Story: Part 2


◆政界引退、テレビキャスターに

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▲ FOXニュースの番組でレギュラーMCを担当

 9期18年間に及ぶ下院議員生活が終わり、ジョン・ケーシックは、ニュース専門放送局・FOXニュースで『Heartland with John Kasich』という冠番組を持つことになる。この番組はケーシックが話題の人物にインタビューで斬り込むという刺激的な番組で、2001年から2007年まで放送された。放送時間は毎週土曜の午後8時というゴールデンタイムだった。
 ケーシックは他にもビル・オライリー司会の『The O'Reilly Factor』で代理司会を務めたり、政治討論番組『Hannity & Colmes』にゲスト出演したりした。
 2015年現在、大統領選・共和党予備選でケーシックを支持している若者の中には、テレビキャスターとしてケーシックのことを記憶している人も多い。2000年代の「キャスター業」のおかげで、2001年1月に一度は政界を離れたにもかかわらず、彼は「過去の人」という不名誉なイメージをまとわずに済んだといえる。


◆リーマン・ブラザーズ取締役に

 FOXニュースでの「キャスター業」と併行して、ケーシックは複数の企業で役員を務めた。ケーシックが役員を務めたのは、電動車椅子などで知られるインバケア社や、ソフトウェア企業のノーヴァックス社などである。民間企業の役員職は、日本でもアメリカでも、政界を引退した(あるいは一時的に離れている)政治家の典型的な「再就職先」なのだ。
 ケーシックの「再就職」事情として特筆すべきは、2001年にリーマン・ブラザーズオハイオ支社の投資銀行部門取締役に就任していたことだろう。2008年の「リーマン・ショック」でリーマン・ブラザーズが倒産するまで、ケーシックはこの役員職に留まった。
 ちなみに、2008年にリーマン・ブラザーズが彼に支払った給与は18万2692ドル、ボーナスは43万2200ドルだったという。倒産間近の企業が支払うボーナスとしては多額のような気もするが、ケーシック本人の弁によると、このボーナスは2007年分の仕事に対する報酬だったのだという。


◆州知事選への出馬を検討

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▲ 第68代オハイオ州知事テッド・ストリックランド

 「キャスター業」やビジネスの分野でも成果を収めたケーシックだが、下院議員を退いてから数年が経ち、政治の世界にカムバックする日がやってくる。
 2006年のオハイオ州知事選に出馬するよう共和党から要請された際は、時期尚早・準備不足と考えたのか、党からの打診を丁重に断ったが、2007年に入ると、3年後のオハイオ州知事選への出馬を検討し始めた。
 自身が出馬を見送った2006年の州知事選で民主党のテッド・ストリックランドが当選したことも、共和党のケーシックにとっては出馬を検討する前向きな要因になったのかもしれない。もし2006年の州知事選で共和党候補が当選していたら、よほどのトラブルでも発生しない限り、その「共和党知事」が2010年の州知事選にも再選を目指して出馬することになっていたからだ。
 また、オハイオ州の財政が一向に改善しそうになかったことも、ケーシックの出馬意欲を駆り立てた。下院予算委員長時代に連邦予算の均衡化を導いたケーシックにしてみれば、州の財政が悪ければ悪いほど知事選に立候補する理由(財政再建)を説明しやすくなるし、挑戦者として選挙を戦いやすくなるからだ。


◆「オハイオ州を“取り戻す”」

 2008年になると、ケーシックは「州所得税は段階的に廃止されるべきだ」という政治的に踏み込んだ発言を行ったほか、新たに設立された「Recharge Ohio」という政治団体の名誉会長に就任した。この団体は「我らの州(=オハイオ州)を“取り戻す”リーダーを選ぼう」という目的を掲げており、2年後の州知事選挙を見据えた事実上の「ケーシック後援会」であることは誰の目にも明らかだった。
 ケーシックは「Recharge Ohio」の会合で、オハイオ州の財政収支を黒字化させるための経済・財政政策に取り組む決意があること、そして自分ならばそれが実現できることを訴えた。


◆知事選出馬を正式表明

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▲ 知事選出馬を表明するケーシック(2009年)

 2009年5月1日、ついにケーシックは、オハイオ州知事選に立候補する意向を明らかにする。民主党の現職州知事であるテッド・ストリックランドも再選を目指して出馬する意向を示していたので、事実上、民主党現職・ストリックランドと共和党新人・ケーシックの対決という構図が固まった。
 5月4日に州知事選の共和党候補に無投票で選出されたことを受けて、6月1日に知事選出馬を正式表明し、副知事候補にはメアリー・テイラーという43歳の女性を充てた。テイラーは共和党所属の元オハイオ州議会議員で、2007年からは州の監査役を務めていた人物である。


◆28年ぶりの「勝つのは無理だ」

 この州知事選では、下院議員選に初めて出馬した28年前の選挙同様、「ケーシックが現職に勝つのは無理だ」という見方も強かった。
 しかもケーシックは政界を一旦は退いた身であり、職業政治家としては9年間のブランクがある。州財政の再建は喫緊の課題で、たしかにケーシックは下院予算委員長時代に連邦予算の均衡化を導いた人物だが、それはもう13年も前の話だ。「オハイオ州はこのままではダメだ」という「上の句」が州民の総意だったとしても、「ケーシックならば財政を建て直すことができる」という「下の句」がどれほどリアリティを持ち得るかは、選挙戦序盤の段階ではまだ不透明だった。


◆州を二分するデッドヒート

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▲ 勝利宣言で雄叫びを上げるケーシック(3日午前1時)

 そして迎えた11月2日の知事選――。ケーシックは現職のストリックランドを僅差で打ち破り、州知事に当選した。ケーシックの得票率は49%、ストリックランドの得票率は47%で、ケーシックはまさにデッドヒートを制したのだった。
 2011年1月10日未明、州都・コロンバスのオハイオ州議事堂で新知事の就任宣誓が行われ、これに続いて同日午後、オハイオシアターで就任式が催された。


◆教職員組合との対決姿勢

 ところで、2009年3月、ケーシックは共和党アシュタビューラ郡支部の集会で、「学校の労働組合勢力を衰退させる」必要があると語っていた。この発言を面白くないと感じたオハイオ州の教職員組合は、翌年の州知事選では民主党の現職・ストリックランドを支持し、共和党の新人・ケーシックを激しくバッシングした。州知事に当選した後、ケーシックは「選挙期間中の私への発言について、教職員組合には新聞の全面広告で謝罪してもらいたいね」と皮肉めいた発言をしている。
 一方で、ケーシックは「仕事をする組合」とは喜んで仕事をするとも語り、教職員組合との対決姿勢を貫くことは得策ではないと早々に割り切った。
 労働組合批判は政治的に「保守派」の領分であり、アメリカでは共和党の政治家が労働組合を敵視することが多い。ケーシックは、自身の政治理念の内に「民主党らしさ」を抱えているとはいえ、民主党と対峙する必要がある場面では「共和党らしさ」を前面に打ち出すことができる。そのことはクリントン大統領の弾劾裁判の場面でも明らかだった。選挙では負け知らずの政治家・ケーシックのしたたかな戦略がうかがえるエピソードだ。


◆ティーパーティーからの警告

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▲ 第44代大統領バラク・オバマとゴルフ(2011年)

 州知事に就任したケーシックは、職業政治家としてのブランクを懸念する声をよそに、州の財政支出を80億ドルの赤字から8億ドルの黒字へと改善させた。とりあえずのところ、「ケーシックならば財政を建て直すことができる」という「下の句」は本当だったのだ。
 その一方で、ケーシックは、低所得者向け医療保険制度の対象を拡大したり、移民政策で穏健な姿勢を示したりしたことから、州知事選では彼を支持していたはずの保守系草の根運動「ティーパーティー」の活動家たちから激しく非難されることになった。「大きな政府」に反発するティーパーティーからすれば、バラク・オバマ政権の「オバマケア」(国民皆保険制度を導入する医療保険制度改革)に理解を示すケーシックの姿勢は許し難いものだった。知事選期間中、ケーシックが「反オバマ」の姿勢を鮮明にしていたことを思えば尚更だった。
 結局は実行されなかったものの、オハイオ州のティーパーティーからは「2014年の州知事選では共和党予備選で別の候補を支持するか、リバタリアン党(リバタリアニズムを奉じ、民主党にも共和党にも反発する政党)の候補を支持する」という脅し文句まで出る始末だった。以後、ケーシックとティーパーティーは険悪な関係を保ち続けている。


◆2度目の州知事選

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▲ 2期目の就任宣誓式(2015年1月)

 2期目を目指して2014年の州知事選に出馬したケーシックは、民主党新人のエド・フィッツジェラルドを降し、州知事に再選された。今度の彼の得票率は64%で、得票率33%のフィッツジェラルドと比べるまでもない圧勝だった。州内の郡ごとに勝敗を見比べても、ケーシックは88郡中86郡で勝利を収めていた。
 オハイオ州の有権者の大半は、長年の懸案だった州財政赤字の問題を解消した「ケーシック州政」の一期目を高く評価し、オハイオ州の舵取りを引き続きケーシックに担ってもらいたいと判断したのだった。


◆大統領選用スーパーPAC設立

 2015年4月、ケーシックは自身の政治団体「New Day For America」の設立を発表した。「〜 For America」という名前が示している通り、この団体はアメリカ大統領選のための団体である。この団体の設立は、ケーシックが次期大統領選への出馬を本格的に検討し始めたことを意味していた。
 6月に入り、「New Day For America」は単なる政治資金団体からスーパーPAC(上限なく政治献金を受け付ける政治行動委員会)に模様替えした。この団体は4月20日から6月30日までの間に1100万ドルを超える献金を集めており、10万ドル以上の献金も30件以上存在する。大手広告代理店インターパブリック・グループの元CEOであるフィリップ・ガイアー・ジュニアに至っては、このスーパーPACに50万ドルを寄付しているほどだ。


◆大統領選出馬を正式表明

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▲ 予備選出馬を表明するケーシック(2015年6月)

 ケーシックが大統領選への出馬を正式表明したのは、2015年6月21日のことだ。母校であるオハイオ州立大学のユニオン内で、ケーシックは2016年の大統領選に向けた共和党予備選に立候補することを宣言した。共和党内では16人目となる予備選の参戦表明者だった。
 この出馬表明演説でケーシックは、初めての下院議員選や州知事選を振り返り、「どちらの時も当初は無理だと言われたが、予想を覆すことができた」と語っている。下院議員選と大統領選、州知事選と大統領選とをそのまま類比させることはできないが、ケーシックはその柔和な外見に反して、「守り」ではなく「攻め」のタイプの政治家なのだろう。
 「共和党らしさ」と「民主党らしさ」を使い分ける政治スタイルは、有権者一般からの広範な支持を見込める反面、「ブレない」言動を要求される政治家としては諸刃の剣である。ましてやケーシックは独立系候補ではないのだから、「どっちつかず」の立場が鮮明になれば党内での居場所を失い、そもそも選挙に出馬できなくなる。ケーシックのような政治家が「攻め」の姿勢を示すことには、優柔不断なイメージを排し、「あいつはブレている」「どっちつかずである」という批判を交わす効果があるのかもしれない。


◆「シュワちゃん」もケーシック支持

 予備選への出馬表明の時点では16人の共和党候補者中14位の支持率しかなかったケーシックだが、その後、確実に知名度と支持率を伸ばしている。少なくとも党内支持率上位8〜10名しか出演できないテレビ討論会から漏れたことはないし、ケーシックに言及する報道は日々増加している(もちろん、その中には彼を批判する報道も含まれている)。アラバマ州知事のロバート・ベントリーや、前カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツェネッガーがケーシックへの支持を明らかにしていることも心強い。
 もっとも、ケーシックが多少なりとも注目を浴びているのは今日の時点までの話であって、これからケーシックが静かに忘れ去られていく可能性はある。というよりも、現時点でケーシックが共和党候補に選ばれる、ましてや大統領に選ばれると観測している人はどこを探しても極めて少数だろう。


◆「ヒラリーが最も恐れているのは誰か」


▲ ケーシック陣営が公開した動画

 興味深いのは、共和党内からの支持率が高くない一方、ケーシックが民主党員・民主党支持者からは注目を浴びているという事実だ。
 AP通信が民主党員を対象に行った「手ごわい共和党候補は誰か」という調査では、共和党内で支持率がトップのドナルド・トランプやベン・カーソンではなく、マルコ・ルビオとケーシックの名前がトップに挙がった(11月14日配信)。これは、ヒラリー・クリントンが民主党の大統領候補に指名されることが早くも確定している現状において、民主党員は「もし共和党の大統領候補にルビオかケーシックが選ばれたら、ヒラリーは負けてしまうかもしれない」と恐れているということだ。
 実際、ヒラリー・クリントンは国民一般からは積極的に支持されているわけではなく、「クリントンとケーシックの一騎打ちだったら、ケーシックに投票する」と考える有権者が少なくないだろうことは以前から指摘されてきた。ケーシック陣営はその論調を利用し、YouTubeに「ヒラリーが最も恐れているのは誰か」という1分22秒の動画をアップロードしている。そして、クリントンがケーシックのことを(「最も」なのかどうかは別としても)恐れているのは紛れもない事実だろう。


◆「共和党らしさ」か、共和党勝利か

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▲ 共和党候補討論会で語るケーシック(2015年10月)

 32年前、初めての下院選で、「自分を支持してくれる共和党員と同じぐらい、自分を支持してくれない民主党員がいる」と悟ったケーシックは、「民主党らしさ」を備えた共和党議員として経験を積み、連邦予算均衡化などの成果を残した。9年ぶりの政界復帰の舞台となった2010年のオハイオ州知事選で、やはり民主党候補と接戦を演じたことは、「共和党らしさ」に固執することの危険性をケーシックの政治家人生に改めて叩き込んだはずだ。
 もし共和党員が今度の大統領選で「共和党らしさ」を出したいと思ったならば、ケーシックが大統領選の共和党候補に選ばれることはありえないだろう。しかし、もし共和党員が大統領選で勝利を収めたいと決意したならば、ケーシックが共和党候補に選出される可能性は高まるだろう。次期大統領候補を決める共和党の予備選・党員集会は、来年(2016年)2月、アイオワ州でその幕を開ける。


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