2015年10月16日

古典落語を改革した“天才”、8代目橘家圓蔵


(1992年収録)


 20歳ぐらいの時、京王井の頭線に乗りながら「天才とは誰か」を考えてみたことがあります。その時はとりあえず、日本人2名とアメリカ人2名の名前が思い浮かびました。その計4人のうちの1人が、他ならぬ8代目橘家圓蔵師匠です(念のため書いておくと圓蔵師匠は「日本人」のほうです)。もちろん、今でもその思いは変わりません。圓蔵師匠こそは「天才」と呼ぶにふさわしい落語家でした。

 「天才」を定義するのは難しいのですが、「秀才」が「天才」ではないことははっきりしています。圓蔵師匠の高座はスピーディーでありながらクスグリの密度が高く、努力を重ねることで披露できるようになるような高座ではありません。圓蔵師匠の落語――とりわけ8代目「圓蔵」襲名前後の録音――を聴いていると、脳の使われていない部分が覚醒してくるような気がします。この世に神が存在するとして、その話芸は神から贈られた天性のものだとしか説明できないのです。


 晩年の圓蔵師匠は『無精床』(髭を剃ってほしい客が奇妙な床屋に入ってしまうという噺で、前名の5代目「月の家円鏡」時代から圓蔵師匠の得意ネタだった)を演じることが多く、私が最後に生で聴いたネタも『無精床』でした。あれは2012年11月28日、江戸川区総合文化センターで開かれた『圓蔵一門寄席』でのこと。その頃の圓蔵師匠はもうすでに寄席の高座には上がらなくなっており、毎年恒例のこの会でも「落語」は演じずに「ご挨拶」だけを務める予定になっていました。

 ところが、本番で「事件」が起きました。詳しくはここでは繰り返しませんが(同日付のエントリはこちら)、驚いたことにその日、落語をやる予定ではなかった圓蔵師匠が『無精床』の口演を自ら強行したのです。結局、圓蔵師匠は噺の途中で言葉が詰まり、お弟子さんたちが上手い具合に「じゃあ師匠、ここらで大喜利のコーナーに移りましょう」と引き取ったのですが、この「事件」を通して、私は圓蔵師匠の「落語家」としてのプライドを痛感させられました。


 生前、圓蔵師匠は『火焔太鼓』『寝床』『反対俥』『堀の内』『湯屋番』などの古典落語を爽快なまでにぶっ壊しました。圓蔵師匠の凄いところは、「破壊者」である以上に「創造者」であったところです。古典落語の世界をあえて更地にした上で、シュールでナンセンスで独創的なクスグリを、TGV(超高速列車)を思わせる歯切れのよい語り口で次々と繰り出していく――。こんなことを成し遂げた落語家は、後にも先にも圓蔵師匠しかいません。

 ナンセンスなクスグリ満載の「圓蔵落語」は、立川談志師匠が追求していた「イリュージョン落語」とも相通ずるところがあります。クセのある「イリュージョン落語」は一部の談志ファン(私を含む)にしか通用しませんでしたが、「圓蔵落語」のほうは、新宿や上野、浅草や池袋などの寄席の客を最後まで湧かせ続けました。あれほど談志師匠が苦戦した「イリュージョン」を、圓蔵師匠は日々の寄席で大衆に向けて実践し、しかも「成功」させていたのです。

 圓蔵師匠は、初代林家三平師匠のように漫談(スタンダップコメディ)的な笑いを繰り広げるのではなく、桂米丸師匠や春風亭柳昇師匠のように新作落語で攻めるのでもなく、あくまでも「古典落語」という枠組みの中に留まりながら、大衆が楽しめる高座を展開しました。談志師匠を「落語界の革命児」だとするならば、圓蔵師匠は古典落語に「聖域なき構造改革」を施した改革者だと言えるでしょう。


<おすすめ音源>

 8代目「圓蔵」襲名前後の高座を収録したカセットテープ『傑作ライヴ』全3巻(1984年、ビクター)には、『道具屋』や『堀の内』など「圓蔵落語」を代表するメタでナンセンスな傑作が収められています。しかし、これらのテープはさすがに現在では市販されていません(CD盤での再販熱望!)。

 奇しくも来月(2015年11月)発売されるNHK落語名人選100 (74)(ユニバーサルミュージック)には『鰻の幇間』『猫と金魚』、同(75)には『寝床』が収録予定です。中でもこの『猫と金魚』は9分1秒の小品でありながら「圓蔵落語」のエッセンスが詰まった好演で、落語初心者の人にもおすすめの一席となっています。
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