2015年03月09日

「同性婚で少子化に拍車」 柴山議員の全方位的“差別ポエム”




 自民党ヘイトスピーチ対策プロジェクトチームの座長代理である柴山昌彦衆院議員の発言が波紋を広げています。
自民党・柴山昌彦氏の同性婚をめぐる発言に激しい批判(DailyNK Japan)
【追記あり】自民党ヘイトスピーチ対策PT座長代理の柴山昌彦議員「同性婚を認めると少子化に拍車がかかる」とテレビ番組でヘイトデマ発言を行い炎上(BUZZAP!)

 3月9日、柴山氏は自身のブログでも同性婚に関する見解を発表しましたが、やはりここでも「恥の上塗り」としか言いようがない差別的主張を展開しています。
 本人が差別主義者なのか、本人としては無自覚なのか、自民党本部の基本方針をなぞっているだけなのか、後援者の操り人形としての役割を果たしているだけなのかは不明ですが、いずれにせよ、柴山氏のコラムが差別的主張であることに変わりはありません。
 以下、どうしても気になった箇所のみをピックアップし(原文はこちら)、簡単な反論を付け加えました。ご意見・ご感想はコメント欄までどうぞ。



 私は弁護士ですし、自分が同性愛者だとカミングアウトした友人もいますので、極力そうした方々の不利益や差別をなくしていくことに賛成する立場です。
 周囲に当事者がいることは免罪符とはなりません。「俺には黒人の友達がいるんだぜ!」と言い訳する黒人差別主義者を風刺したスティーヴン・コルベアの写真コントは、あまりにも有名ですよね(詳しくはこちら)。
 同性愛者であっても同性愛を差別することは可能ですし、柴山氏のように「不利益や差別をなくしていくことに賛成する立場」だと自己紹介しつつ差別的主張(以下詳述)をすることも可能です。

 世界に目を転じると確かに同性婚まで認めている国が、特に先進国で増えています。しかし一方同性愛を刑罰をもって禁止している国もあります。婚姻制度がその国の伝統や文化に応じて多様であることの現れだと思います。
 そもそも、異性愛者でなければ異性同士の婚姻(異性婚)制度を利用できないわけではなく、同性愛者でなければ同性同士の婚姻(同性婚)制度を利用できないわけでもないので、性的指向(どの性別を好きになるか/ならないか)と婚姻制度を直結して理解することには注意が必要です。
 そのことを横に置いておくとしても、はたして日本の政治機構は、「同性愛を刑罰をもって禁止」する行為を「その国の伝統や文化に応じ」た「多様」性の一つとしてカウントできるのでしょうか。基本的人権と法の下の平等を原則とする国家であれば、特定の性的指向を「刑罰をもって禁止」するような「伝統や文化」は差別的な施策(多様性に反する施策)であるため、許容不可能なはずです。
 同性愛を処罰する「文化」(および、そのような「文化」に由来する婚姻制度)を「多様」性の一つと理解する柴山氏は、法の下の平等を原則とする政治的共同体の一員として、著しく人権感覚を欠いていると言わざるを得ません。

 少なくとも日本においては、婚姻制度は典型的には男女が子供をもうける共同体として理解されており、そしてそれに着目して法律上の相続や同居義務、各種の税制上の効果などが認められています。無論現在において子供のいない家庭や母子・父子家庭など、家族のあり方は多様化しており、それぞれに対して対応が求められていますが、やはり一般の経済ルールなどと違い、日本を支えてきたこうした伝統や家族のあり方は大切にしていくべきだと思うのです。
 いつから、婚姻制度が「男女が子供をもうける共同体」として理解されるようになったのでしょうか。少なくとも憲法や民法はそのような「理解」などしていません。生殖・出産の意思や可否に関わらず、利用条件さえ満たせば婚姻制度は利用可能です。「法律上の相続や同居義務、各種の税制上の効果」なども、その夫婦の生殖・出産の意思や可否とは関係ありません。婚姻制度は生殖・出産のためにあるという「理解」があるとすれば、それは単なる「誤解」です。
 ですから柴山氏は、「〜として理解されており」ではなく、「俺はそう信じているッ!」と主張するべきでしょう。個人の妄想や価値観を根拠に「俺は婚姻制度を生殖・出産のための制度だと信じているッ!」などと主張するのは個人の自由ですが(「こいつはなんて差別的なやつなんだ」とは思われるでしょうが)、迷信をさも事実であるかのように説明する行為は看過できません。
 単純な事実を申せば、「男女が子供をもうける」ことを前提とする婚姻制度なるものは、少なくとも戦後の日本国には存在していません。それでもなお柴山氏が「こうした伝統や家族のあり方は大切にしていくべき」だと主張するならば、柴山氏は「家制度」の復活を熱望する復古主義者だということになります。基本的人権と法の下の平等を否定することでしか、柴山氏の主張は成立しないのです。

 同性婚を制度化した国には、出生率がその後上昇した国も低下した国もあり、確かにデータ上同性婚が少子化をもたらしたと断言はできません。ただ、出生率の上昇は同性婚を導入したことによってではなく、他の少子化対策によってもたらされた可能性も高いわけですから、少なくとも自然な方法で夫婦間に子供ができる可能性のない同性婚を進めることで出生率が上がるという根拠はないと言わざるを得ないでしょう。
 同性婚を認めると「少子化に拍車がかかる」という柴山氏の発言は「少子化には結び付かない」「何を根拠にそんなことを言っているのか」と批判されたのであって、「同性婚を認めれば少子化は解消される」と反論されたのではありません。「同性婚を認めても少子化には結び付かない」を「同性婚を認めれば少子化は解消される」と読み換える論法は、詭弁以外の何物でもありません。
 柴山氏の持論の正当性が問われているだけなのに、架空の「敵」を持ち出してシャドーボクシングを始めるのであれば、柴山氏は壮大な「論点ずらし」をしたがっているだけということになります。

 「同性カップルは別に同性婚を認めるかどうかにかかわらず異性との間で子供をもうけることはない。少子化とは無関係だ。」というご指摘も数多くいただきました。これも番組出演前から想定していたことで、確かにそういう事例が多いと思いますが、バイセクシャルで現行制度の中において異性間の結婚により子供をもうけている方もいらっしゃるはずですから、「少子化とは無関係だ」と断言することができるかは疑問です。
 婚姻はあくまでも自由意志によって成立します。生殖・出産の意思や可否は関係ありません。バイセクシュアルの人は、同性の相手と結婚したいときには同性婚を、異性の相手と結婚したいときには異性婚をすればよいだけです。
 ところが、ブログの文章を素直に読む限り、柴山氏は「バイセクシュアルの連中は異性とも結婚できるでしょ。だったら、同性とは結婚せずに、異性と結婚した上で子作りに励んでくださいよ。それがお国の少子化対策のためになるんだから」と考えているようです。これはバイセクシュアルに対する典型的な差別発言でしかありません。「当事者の合意」はどこへ行ってしまったのでしょうか。これでは、国民を「子どもを作る機械」としか思っていないと批判されても致し方ないでしょう。

 現に、放送でも申し上げましたが、性同一性障害者の性別変更を認める法律も施行されており、こうした要件や手続を満たせば、同性カップルも結婚することができます。
 性同一性障害と同性愛の違いを理解できていない柴山氏は、「同性愛者だって性別を変えれば結婚できるぞッ!」などと主張していますが、そもそも同性愛者や両性愛者は性別を変更したい人たちではありません。性自認と性的指向、すなわち「自分の性別は何か」と「自分がどの性別を好きになるか」は別のお話です。
 性別を変更したくない人たちに向かって「結婚したいなら性別を変えればいいじゃない」などという言葉を吐くことがどれほど相手を傷付けることになるか、柴山氏にはしっかり反省してもらいたいと思います。

 ただ、不利益を極力解消することと、同性カップルに異性間と同じ結婚を正面から認めるということの間にはやはり差があると感じるのです。
 ここで私は断言しておきますが、異性婚が認められておきながら同性婚が認められていないという状況は、根本的な差別、原理的な「不利益」以外の何物でもありません。法の下の平等に反対しているならば話は別ですが(それならば同性婚の制度化にも反対するのは当然ですね)、法の下の平等という原則を受け入れるのならば、「同性愛を差別しない」と「同性婚を認めない」は両立しないのです。
 法の下の平等を否定しない限り、婚姻制度が現に存在する以上は「同性婚を認めるべき」とも言わなければなりません。これ以外の論理的帰結はあり得ません。

 ちなみに、私が党のヘイトスピーチ対策プロジェクトチームの座長代理であることから、「性的マイノリティー差別を行うヘイトスピーチを行う人物がこのような役職に就くのは不適切だ」という書き込みがツイッター上見られますが、このブログをお読みいただければ全くそのような批判が当たらないことはお分かりだと思います。(もちろん、今世界で議論している「ヘイトクライム」や「ヘイトスピーチ」が単なるヘイト(嫌悪)と違うことも承知していますし、これが現行法上の名誉毀損罪や侮辱罪でカバーされない部分があることが問題であることも承知しています。)
 柴山氏の発言や文章を一読すれば分かるように、柴山氏の主張は「妄想乙」と一刀両断されるようなポエムにすぎません。しかもそのポエムは、同性愛者にとっても、生殖・出産しない/できない夫婦にとっても、両性愛者にとっても、トランスジェンダーにとっても、すなわち全方位に対して差別的なポエムです。
 このような「差別ポエム」の作者が胸を張って座長代理を務める「ヘイトスピーチ対策PT」とは、一体どのような目的で何を議論している部署なのでしょうか。これでは、柴山氏自身が発言の差別性を自覚しているか否かにかかわらず、自民党ヘイトスピーチ対策PTの存在理由そのものが問われかねません。
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