2014年07月19日

<集団的自衛権> 閣議決定で「集団的自衛権」は容認されたのか


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参院予算委員会で答弁する首相 (7月15日)



 食い違う「閣議決定」と「首相発言」

 集団的自衛権をめぐる7月1日の閣議決定を受けて、そして、直後の安倍晋三首相による記者会見での説明を受けて、私はこのブログに「これで日本は集団的自衛権を行使できる国になった」と記述しました(3日・『<集団的自衛権> 常識破りの閣議決定 “国のカタチ”変わった?』)。

 しかし、私が3日に記述した文章は、安倍首相の言動に対する論評としては現在でも有効ですが、今回の閣議決定に対する論評としてはピント外れであったことを認めざるを得ません。記者会見や国会での首相発言を一旦無視して、閣議決定そのものを冷静に精読すれば、これで日本が「集団的自衛権」を行使できるようになったとは判断できないからです。

 なぜ私は、1日の閣議決定をもって「日本は『集団的自衛権』を行使できる国になった」と“誤解”――正確には、それは半分は誤解であり、半分は誤解ではありません。その意味はこの後の文章を読めばお分かりいただけます――をしてしまったのか。それには2つの理由があります。

 (「2つの理由」の前提として――。1日の時点でも私は「この閣議決定は本当に『集団的自衛権』を認めたものなのか」との疑問を抱いていましたが、首相の発言に気を取られ、「閣議決定そのもの」と「首相発言」を混同していました。ほどなくして「閣議決定そのもの」の本質は把握しましたが、まとまった文章をブログに上げるまでに2週間程度の時間を要したことをお許しください。)



 「集団的自衛権」 3つの定義

 1つ目の理由は、安倍内閣の採用する「集団的自衛権」の定義が、国際法上の通説である「集団的自衛権」の定義とは異なっているためです。

 国際法の教科書などによれば、「集団的自衛権」の定義については3つの学説があります。@個別的自衛権の共同行使説、A他国防衛説、B自国の死活的利益防衛説――の3つです。

 @個別的自衛権の共同行使説とは、自国と他国Aが共同で「個別的自衛権」(自国防衛権)を行使する権利を「集団的自衛権」と呼ぶ――という説です。ただし、この説の下では「集団的自衛権」という概念自体が不要になるため、「@説」は少数説に留まります。

 A他国防衛説とは、他国Aが他国Bから攻撃を受けた際、自国が攻撃されていないにもかかわらず、他国Aを守るために他国Bに対して武力行使する権利を「集団的自衛権」と呼ぶ――という説です。この説は国際法上の通説で、国際司法裁判所が採用している説でもあります。私も、安倍首相が説明する「集団的自衛権」とは、この「集団的自衛権」のことだと思い込んでいました。

 B自国の死活的利益防衛説とは、他国Aが他国Bから攻撃を受けた際、そのことが自国にとっても死活的な悪影響となる場合に、自国防衛の延長線上として他国Bに対して武力行使する権利を「集団的自衛権」と呼ぶ――という説です。「@説」同様、これもまた少数説に留まりますが、今回、安倍内閣が閣議決定で採用したのはこの説です。

 ――ちなみに、竹内行夫元外務事務次官は、歴代内閣による政府見解は「A説」に基づいていたが、今回の閣議決定によって政府は「B説」に転じたと述べています(20日・朝日、記事中の「自国防衛説」とは「B説」のこと)。「A説」から「B説」への転換こそが、今回の「憲法解釈変更」の意味だったのでしょう。



 あえて少数説を採用した安倍政権

 閣議決定にあたり、安倍内閣は「B説」の下で「集団的自衛権」を定義し直したのですが、当初の私は、首相の説明する「集団的自衛権」とは「A説」のことであると思い込んでいました。もっとも、14日・15日の衆参予算委員会での答弁を聞く限り、首相が「A説」「B説」の違いを理解できているとは思えませんが、首相が違いを理解できていないということを私は理解できていませんでした。

 「B説の下での集団的自衛権」は、原則として「A説の下での個別的自衛権」と重なります。いずれも「自国の死活的利益」を防衛するための武力行使であるためです。今回の閣議決定とは、本来は「個別的自衛権の範囲」として説明できることを、あえて少数説を採用することで、「集団的自衛権の範囲」として説明したものだったのです。



 「集団的自衛権」の6字のために

 日本国憲法は個別的自衛権の行使(自国防衛)を認めています。そのため、日本国憲法は「A説の下での個別的自衛権」と同時に「B説の下での集団的自衛権」を認めているとも考えられます。ですから、今度の閣議決定により「B説の下での集団的自衛権」が認められたところで、実態はこれまでと何ら変化がないと言えるのです。

 「A説」が通説であるとの前提に立てば、「B説の下での集団的自衛権」は「見せかけの集団的自衛権」であると言わざるを得ません。あえて少数説を採用し、閣議決定の上で「見せかけの集団的自衛権」を容認した首相は、まさに「集団的自衛権」という6字が欲しかっただけなのでしょう。



 閣議決定から逸脱する首相答弁

 私が「日本は『集団的自衛権』を行使できる国になった」と記述してしまった2つ目の理由は、先程も述べた通り、安倍首相や岸田文雄外相が「A説」「B説」を正確に区別せず、自ら決めたはずの閣議決定の内容から逸脱した発言を繰り返しているためです。

 14日の衆院予算委員会で、安倍首相は、ホルムズ海峡が封鎖されれば日本国内の経済活動に悪影響が生じるので、ホルムズ海峡の機雷を除去するために集団的自衛権を行使することもあり得る――と答弁しました。しかし、閣議決定を素直に読めば、「日本国内の経済活動に悪影響が生じるかも」という理由では、閣議決定に盛り込まれた「新3要件」を満たすことなどできません。

<武力の行使の「新3要件」>
 (1) 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること
 (2) これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
 (3) 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

 また、岸田外相は同日、日米関係は重要な同盟関係であるため、同盟関係の毀損を防ぐために集団的自衛権を行使することもあり得る――との趣旨の答弁を行いましたが、これもまた「新3要件」を踏まえた答弁だとは言えません。「A説」「B説」を混同している疑いすらあります。

 これでは、安倍首相も、岸田外相も、自ら決めたはずの閣議決定の内容を理解できていないか、あるいは、意図的に嘘をついているかのどちらかであると指摘されても致し方ないでしょう。――もっとも、閣議決定や横畠裕介内閣法制局長官の答弁を踏まえる限り、首相や外相が閣議決定の内容を理解できていない、あるいはわざと前のめりな答弁をしていることは明白に思えますが。



 議論はこれからが正念場

 以上、私の読み込みの浅さに対する反省も込めて、今度の閣議決定の意味を振り返ってみました。今度の閣議決定が、あくまでも「B説の下での集団的自衛権」(=「A説の下での個別的自衛権」の一部)を再確認したものにすぎないことはご理解いただけたかと思います。

 しかし、私は、もうこれで「A説の下での集団的自衛権」を認めようとする動きがなくなったとは思いません。たしかに、閣議決定そのものを素直に読めば、「A説の下での集団的自衛権」は現憲法下では認められません。そのことは、内閣法制局をはじめとする官僚も理知的に整理しているはずです。

 ただし、安倍首相や岸田外相の答弁からも明らかなように、「過失(うっかり)」か「故意(わざと)」かはさておき、閣議決定に対する政治家の理解は未熟そのものです。そして何より重要なことは、理解の未熟なその政治家たちが、今後の国会で具体的な法整備を行っていくという点にあります。

 官僚の説明を目の前にしても、政治家は「私は民意で選ばれた存在なんだぞ」というマジックワードを使用することで自らの主張を押し通そうとすることがあります。今回の閣議決定は「B説の下での集団的自衛権」を追認したにすぎないのに、「A説の下での集団的自衛権」をも認めたものだと強弁する政治家が現れてくる可能性は大いにあるのです。

 不条理な話ですが、今回の閣議決定が何を意味していたかは、今後の国会で事後的に確定されていくことになります。今度の閣議決定が、「B説の下での集団的自衛権」を認めただけのもの(これまでと実態は変化なし)として終わるのか、それとも「A説の下での集団的自衛権」をも認めたものとして蠢き始めるのか――。集団的自衛権をめぐる議論はまさにこれからが正念場なのです。



 ミスリードを企む?首相

 「専守防衛のための『集団的自衛権』行使容認」という表現のうち、公明党は「専守防衛」の部分を強調し、安倍首相らは「『集団的自衛権』行使容認」の部分を強調しています。1日に行われた閣議決定直後の記者会見の時点で、安倍首相の説明と公明・山口那津男代表の説明は一部食い違っていました。

 安倍首相は「集団的自衛権」というフレーズを強調することで、「A説の下での集団的自衛権」――山口氏はこれを「いわゆる集団的自衛権」と呼称しましたが、これはまさに「A説の下での集団的自衛権」という意味です――までもが認められたかのように国民をミスリードしています。これは、時の首相の態度としてあまりに不誠実な態度だと言わざるを得ません。

 (――もっとも、首相は今度の閣議決定の意味を正確に理解できていないがために、「A説の下での集団的自衛権」が認められたかのように錯覚しているという可能性も捨てがたいです。ほら吹き男爵と裸の王様ではどちらが首相にふさわしいかという議論には、ここでは立ち入らないことにしますが。)



 国民が手に入れた新たな「盾」

 いみじくも首相は、今回の閣議決定を超える範囲で武力行使をしたければ憲法改正が必要であると明言しました。首相ご本人がご自身の発言内容を理解できているか否かはさておき、憲法改正をしない限り、「A説の下での集団的自衛権」を行使することは不可能だと断言したのです。

 今回の閣議決定を「悪用」して、今後、安倍首相や自民党が「A説の下での集団的自衛権」を具現化するための法案作りに着手する可能性は否定できないと思います。そのとき、立憲民主主義を守らなければならないと考える国民は、今回の閣議決定を「盾」に、政府・与党に対して「自分で言ったことぐらい守りなさい」と反論する必要があります。

 たしかに、今回の閣議決定によって、安倍内閣が「集団的自衛権」という漢字6字を手に入れたことは事実です。しかし、その6字は見せかけの6字にすぎません。今回の閣議決定は、政権の暴走を阻止するための「盾」を私たちに用意してくれたものだったとポジティヴに評価することも可能でしょう。



<1枚にまとめると>

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クリックすると拡大します。



 (注――以上は、閣議決定そのものについての解説にすぎません。他方で、首相が閣議決定の内容から逸脱した「集団的自衛権行使容認」アピールを繰り返しているがゆえに、諸外国から「日本は『A説の下での集団的自衛権』を行使できるようになったのか」とみなされていることも事実です。今後は、いかにして閣議決定の「真意」を国内外で明確化するかが重要な課題となります。)
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