2013年06月07日

心からおめでとう! メル・ブルックスが「AFI生涯功労賞」を受賞


現地時間6日、我らがメル・ブルックス監督が
第41回「AFI生涯功労賞(AFI Lifetime Achievement Award)」を受賞しました。

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AFIというのは「アメリカ映画協会」のこと。
2000年にAFIが発表した「アメリカ喜劇映画ベスト100」では、
メル・ブルックス作品が3本、ランクインしています。
★『ブレージングサドル』(1974年):第6位
★『プロデューサーズ(1968年版)』(1968年):第11位
★『ヤング・フランケンシュタイン』(1974年):第13位

コメディ映画監督の象徴的存在として、
アメリカ国民のみならず
全世界の観客を爆笑させてきたメル・ブルックスですが、
意外にも、アカデミー賞を受賞したのは過去に一度だけ。
しかも、監督デビュー作『プロデューサーズ(1968年版)』で
1968年度「脚本賞」を受賞したのみです。

2012年には、AFIから「AFI名誉博士号」の称号を贈られましたが、
これほどのキャリアと存在感がありながら、
映画賞レース自体にはあまり縁がありませんでした。



そんなメル・ブルックスが、この度、
“ついに”というか“ようやく”というか、
映画界に名誉ある功績を残した人物に贈られる
「AFI生涯功労賞」を受賞したのです。

現地時間6日に開催された授賞式では
マーティン・スコセッシ監督からトロフィーを授与され、
メル・ブルックスは相変わらずの健在ぶりをアピールしました。

授賞式で披露されたトリビュートパフォーマンスの模様は、
今月15日にTNT(ターナー・ネットワーク・テレビジョン)で
全米放映されるとのこと。
(マーティン・ショートなどが登場するそうです!)

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そこで今夜は、米ハリウッド・リポーター誌が
メル・ブルックスのAFI生涯功労賞受賞を記念して行った、
できたてホヤホヤの特別インタビューを和訳版で公開します!
(原文はこちら。)

第41回AFI生涯功労賞 受賞記念!
メル・ブルックスが語る“我がキャリア60年”

(“The Hollywood Reporter” 2013年6月14日号より)


 ―ハリウッドでコメディ映画の評価が低いのはなぜだと思いますか?

 メル・ブルックス: これまでの人生の中で、私は“映画監督”として評価されたことがなかった。私はコメディ畑の人間だ。スタンダップコメディアンだし、コント作家だし、プロデューサー。でも、“映画監督”としては評価されることがなかった。ハリウッドの連中は、コメディは軽薄なものだと思っているんだ。本物のコメディというものは、長年に渡って、人間の在り方を実に美しく表現してきたのにね。「アンタは映画監督だ」と言ってくれたのは、AFIが初めてだったよ。

 ―監督第一作『プロデューサーズ』(1968年)は、製作から45年経った現在も新鮮です。なぜなのでしょう?

 ブルックス: 価値ある作品というものは、普遍的で真実味ある人間の有り様を描いている。そういう作品は生き続けるものだよ。でも、人間の真実の姿に注意を払わず、単発的な笑いに執着するなら、作品は長生きしないだろう。コメディは現代に通じている必要があるんだ。私が政治喜劇を作らなかったのは、民衆がコロコロ大統領を変え続けるからだよ。コロコロ変わる政治家をネタにしても面白くないだろ?

 ―クエンティン・タランティーノ監督の『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)は、あなたの監督した『ブレージングサドル』(1974年)に影響を受けていますね。

 ブルックス: 『ジャンゴ』は大好きだよ。タランティーノのことも大好きだ。彼の勇気には感心する。でも、誰かが言ってあげなきゃダメだ。「歴史を改竄するのはやめろ!」って。彼は『イングロリアス・バスターズ』(2009年)でヒトラー、ゲッベルス、ゲーリングをパリに登場させた。クレイジーだよ!

 ―現在では、『ブレージングサドル』でのジョークの多くは政治的に問題があるとも指摘されます。

 ブルックス: 私たちは『ブレージングサドル』の中で“Nワード”(黒人差別用語)を使った。それは、黒人保安官のバートが困難に立ち向かっていることを表現したかったからだ。バートは、保守的な地域で自分の理念を実現しようとする。そして、市民から支持を得ていく。バートに巨大な圧力がかかっていることを表現するために、“Nワード”は必要だったんだ。

 ―あなたは、コメディ映画監督としては第一線を退いたようにみえます。

 ブルックス: 『ブレージングサドル』のオナラのシーンにヒステリックに反応する人も多いからね。キャンプファイアーのシーンも、豆のシーンも、スリム・ピケンズの登場シーンも、馬のシーンもカットしなくちゃダメ……。“ゲージュツ界”の容赦ない攻撃を浴びることから一休みしたかったんだ。

 ―監督作品では、ジーン・ワイルダーやマデリーン・カーン、クロリス・リーチマンを起用することが多かったですよね。

 ブルックス: 自分の作品の常連役者がいるっていうのはいいもんだ。彼らは腕があるし、ハイレベルな仕事をこなす。『メル・ブルックス 新サイコ』(1977年)の脚本に息詰まった時、思ったんだよ。「俺にはマデリーン・カーンがいるじゃないか!」って。私のクレイジーなアイディアを、彼女は現実のものにしてくれた。同じことはジーン・ワイルダーにも言える。彼は悲しい演技やヒステリックな演技が上手かったよ。

 ―40年間に渡り、アン・バンクロフトは、あなたの妻であり、クリエイティヴパートナーでした(注:2005年に死別)。あなたにとって、彼女の存在とはどのようなものでしたか?

 ブルックス: 彼女は私にとってのものさしだった。麗しい存在でもあった。彼女はすばらしいセンスの持ち主だったよ。彼女は、何が本当に価値あるもので、何が本当に面白くて、画期的で、独創的なものなのかを知っている人物だった。使い古されたネタに対してはダメ出ししてくれたしね。

 ―現在のコメディ界をどう捉えていますか?

 ブルックス: リチャード・プライヤーが亡くなった時、これでコメディ界は終わりだと思った。彼は私の大好きなコメディアンだったからね。でも、コメディ界はそこで終わりじゃなかった。サラ・シルヴァーマンは才気に満ちていて面白い。私がマデリーン・カーンと一緒に仕事をしていた時代は、マデリーン以外にはすばらしいコメディエンヌなんていなかったのに……。何が言いたいかっていうと、新世代は生まれ、育っている。心配はない。まあ、私のかつての仲間たちレベルではないにせよね!



――テレビのコント作家として、コメディ俳優として、
そしてブロードウェイクリエーターとして、
歴史に残る活躍を続けてきたメル・ブルックスですが、
これまであまりにも“映画監督”としての評価は低かった。
(メル・ブルックスといえば“映画監督”なのに!)

今回、AFIというアメリカを代表する映画界の権威が、
メル・ブルックスを“映画監督”として評価し、
“映画監督”メル・ブルックスに「生涯功労賞」を授与したことは、
遅すぎたがゆえに価値ある出来事だったと感じます。

しかも、授賞式のプレゼンターはマーティン・スコセッシ。
昨年(2012年)、来日した際、映画を学ぶ学生たちに
「自分が表現の場に選んだ媒体に対して、情熱を忘れるな。
 心に従うとか夢を追うとかの綺麗事ではなく、
 『それしかない』というクレイジーなまでの決意が必要だ」
と語った“根っからの映画人”であるスコセッシが
メル・ブルックスにトロフィーを手渡したことの重みを考えると、
なんだか感慨深いものがありますね。



ブロードウェイミュージカル『プロデューサーズ』で
“リバイバル評価”を受けたメル・ブルックスが、
本来の媒体の制作者として“初めての評価”を受ける――。

2013年6月6日は、メル・ブルックスが
「“映画監督”メル・ブルックス」として真に称賛された、
とても大切で心から記念すべき一日となりました。


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本当におめでとう! 私の神様!
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