2015年09月29日

コメディは“現実”を生きやすくする 『テッド2』


先日、TOHOシネマズ渋谷で
映画『テッド2』(日本語字幕版)を観ました。

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Did you mean: black cocks



 <あらすじ>
「生きたテディベア」のテッドは職場の同僚女性と結婚したが、
結婚から一年後、夫婦の婚姻生活は破綻しかかっていた。
関係を修復するためにテッド夫婦は子どもを持つことを決意するも、
精子バンクでは問題を起こし、犯罪歴があるため養子ももらえない。
それどころか、養子をもらうための調査過程で、テッドが
法律上は「人間」ではなく「所有物」であることが判明してしまい……。

 (以下はネタバレを含みます!)



セス・マクファーレン監督の劇場最新作『テッド2』(2015年)は、
懐かしのバスビー・バークレー・スタイルを彷彿とさせる
華麗にして壮大なミュージカルレビューのシーンで幕を開けます。
ここで流れるのは、『イースター・パレード』(1948年)で
フレッド・アステアが歌っていた『Steppin' Out With My Baby』。
マクファーレンの芸術的センスは相変わらず傑出していますね。

マクファーレンは笑いの演出についても当代一の腕前で、
強面の買い物客(リーアム・ニーソン)が子ども向けシリアルを
購入するシーンでは、そのあまりの「間」のよさに腹を抱えました。
大麻畑を前にして「例の音楽」が流れるシーンには、
映画ファンやスピルバーグファンならずとも笑ってしまうことでしょう。
彼の映画は、決してFワードを連発するだけの映画ではありません。

とはいえ、『テッド2』は下品で非常識なネタが満載の作品。
「就寝中のトム・ブレイディを手コキして精子を盗み取ろうとする」
という下ネタはくだらないし(それゆえに素晴らしいのだが)、
その後の精子バンクでのあれやこれやは本当にどうしようもない。
これを観て怒って席を立つ観客がいたとしても不思議ではありません。

また、「9.11」やロビン・ウィリアムズの死を茶化すジョーク、
コミコンでの「オタクいじめ」に不快感を覚える観客もいるはずです
(もっとも、「オタクいじめ」ネタにはオチを付けていましたが)。
下品で非常識なネタをこれほどまで目の当たりにすると、
本当は下ネタや不謹慎ネタなしでも十分に面白い映画を作れるのに
マクファーレンはわざと非常識なネタを発しているようにさえ思えます。



そのように思えてくるのは、きっと、マクファーレンが
コメディを表現の「手段」ではなく「目的」に設定しているためでしょう。
隙あらば「いかがわしいこと」を織り込もうとする姿勢は、
コメディ自体を「目的」とするコメディ作家の精神に由来するものです。
――その上で、マクファーレンの場合は
下ネタや不謹慎ネタが「精神」を象徴する材料であるというだけです。

コメディ作家のこの姿勢は、時として、メッセージ性の強いドラマや
政治スピーチ以上に人々の心を動かす「人道性」を発揮します。
それは、非常識なネタに満ちた『テッド2』でも例外ではありません。
未見の人には意外に思えるでしょうが、『テッド2』は
差別や市民権、基本的人権を題材とする「社会派」映画でもあります。

新米弁護士のサマンサ(アマンダ・セイフライド)が法廷で
「かつては黒人奴隷も『所有物』扱いされていた」と述べる場面では、
アメリカの「差別のある社会」としての負の歴史が突き付けられます。
また、テッドへの市民権付与に反対するベテラン弁護士が
「テディベアに人権を与えるなら犬や猫にも人権を与えますか?」と
ドヤ顔で弁論するシーンは、同性婚の議論を思い起こさせるものです。

しかし、マクファーレン監督は、反差別の思想やメッセージを
映画の中でストレートに表現するような野暮な真似はしません。
先程も書いた通り、それは、マクファーレンが
特定の思想や意見を表明するために笑いを利用しているのではなく、
あくまでも笑いの表現それ自体を「目的」に設定しているためです。

「コメディ」という森羅万象を相対化するメディアを通して、
“実にくだらない”差別の愚かさはナチュラルに浮き彫りとなります。
そのため、この映画は、決して大上段に構えることなく
テッドが「人間」であることを観客に伝えることに成功しているのです。
――これは、米コメディ界の巨匠:メル・ブルックス監督が
『ブレージングサドル』(1974年)でやってみせたのと同じことですね。



残念ながら、アメリカに限らず、現実の世界には差別が存在します。
だからこそ差別は一つずつ撤廃していかなければならないのですが、
『テッド2』で弁護士(モーガン・フリーマン)が語っていたように、
「人間は感情に左右されるものだ。理屈だけでは動かない」。
差別の愚かさは論理的・学術的に理解していく性質のものではなく、
「これはおかしい」という感情・感覚によって把握されるものなのです。

「差別は許されない」と叫ぶだけで差別はなくなるわけではないし、
悲劇を悲劇に留まらせることで人生が楽になるわけでもない。
この社会が「差別のある社会」だからこそ、現実から目を逸らさず、
あえて差別を笑いに変換することで、現実を生きやすくしていく――。
優れたコメディはこのような効果を生み出すものだし、
マクファーレンはコメディの意義を証明し続けているのだとも言えます。

私としては、こういう映画をこそ若い観客に観てもらいたいし、
「最近の映画はいまいち」と感じている映画ファンにも観てもらいたい。
作品中の下ネタや不謹慎ネタが観客を選ぶのは紛れもない事実で、
頻出するアメリカ国内ネタが理解しにくい面もあると思いますが、
それさえ気にならなければ、この映画で豊かな時間を過ごせるでしょう。
――率直に言って、前作『テッド』(2012年)を上回る映画体験でした。



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▲ 映画パンフレット


 <カメオ出演>
米コメディ界隈からはこんな顔ぶれがカメオ出演していました。
● ジェイ・レノ (『トゥナイト・ショー』前司会者)
● ジミー・キンメル (『ジミー・キンメル・ライヴ!』司会者)
● タラン・キラム、ケイト・マッキノン、ボビー・モイニハン (『SNL』レギュラー)
● レニー・クラーク (スタンダップコメディアン)
● FOXニュースのコメンテーターたち
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