2015年06月28日

暑い日ならではの“涼しい”珍品! 藤兵衛『江ノ島の風』


今日は、鈴本演芸場 6月下席 昼の部 へ行ってきました。
主任は、桂藤兵衛師匠。

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 <本日の番組>

開口一番:(前座) 柳家小多け 『手紙無筆』
落語:(交互) 柳家さん光 『新聞記事』
太神楽曲芸:鏡味仙三郎社中
落語:古今亭菊丸 『たがや』
落語:桃月庵白酒 『真田小僧』
漫才:ホンキートンク
落語:春風亭一朝 『唖の釣り』
講談:(交互) 宝井琴調 『大岡政談 -人情匙加減-』
ギター漫談:(代演) ぺぺ桜井
落語:橘家圓太郎 『親子酒』

 〜お仲入り〜

奇術:アサダ二世
落語:橘家文左衛門 『時そば』
落語:三遊亭歌武蔵 『支度部屋外伝』
粋曲:柳家小菊
落語:(主任) 桂藤兵衛 『江ノ島の風』



★小多け 『手紙無筆』
開口一番は小里ん門下の小多けさん。
淡々とした口調で変なことを言えるので、
将来、与太郎噺とかがハマりそう。
座布団返しの時に客から芸名を聞かれていた。

★さん光 『新聞記事』
「おじさん」時代の仁鶴師匠ネタを経て
(逆に現在の芸名が覚えられなさそうだが……)、
軽快ながらも聴き応えある『新聞記事』。
声量も、物語の整理の仕方もとっつきやすい。

★仙三郎社中
「傘廻し」→「五階茶碗」→「土瓶」→「投げ合い」。
団体客も多かったので会場は大盛り上がり。
寄席の楽しさは太神楽曲芸の有無によって左右される、
ということはたしかにあると思う。

★菊丸 『たがや』
実は本日の私のお目当てその@だったりする。
「熱中症警報が出た。4時半頃に解かれる予定」
というご挨拶を経て、「掛け声」のマクラ。
本日のような暑い日にふさわしい『たがや』は、
アクションも見どころ満載のシビれる一席だった。

★白酒 『真田小僧』
寄席や電車内での子どもなどのマクラから、
一瞬の無駄もない爆笑の『真田小僧』へ。
白酒師匠の『真田小僧』は、
“おとっつぁん”のテンパり具合も聴き逃せない。

★ホンキートンク
血液型紹介に始まり、「有名になりたい」
(利さんの女性役が最高に気持ち悪くて魅力的!)、
そして最後は「嵐」で〆る。
客席の動きに反応する弾さんのアドリヴ性はさすが。

★一朝 『唖の釣り』
「イッチョウケンメイ」の挨拶で笑いを取り、
無邪気な“与太郎”が活躍する『唖の釣り』に入る。
一朝師匠は「唖」という単語を使わないが、
そのために“役人”の人情味がより一層伝わってきた。

★琴調 『大岡政談 -人情匙加減-』
ご挨拶代わりの「カタカナ語禁止」ネタを経て、
実は重苦しい要素もある『人情匙加減』へ。
“大家”夫妻は絶妙なキャラクターをしているし、
「勧善」はともかく「懲悪」の物語は心地よい。

★ぺぺ桜井
小猫さんの代演。
ペペ先生が弾くエルガーの『愛の挨拶』、
聴く度にいつも感動してしまうのは私だけ?
(2年半前に聴いた時は泣きそうになったほど……。)
「発車メロディ」ネタは初めて聴いた。

★圓太郎 『親子酒』
「寄席の出入口」ネタで客の心を惹き付け、
登場人物が全員お茶目な『親子酒』。
圓太郎師匠は、禁酒の経緯をやや丁寧に説明し、
“大旦那”の「酒呑みたい」感をはっきりと。
圓太郎落語はいつも「痒い所」に手が届いている。

★アサダ二世
「ハンカチ&紙コップ」→「紐」→「トランプ当て」。
「寒い時と暑い時は失敗しやすい」と語るも、
その前口上を逆手にとって飄々と舞台を展開する。
う〜ん、マジでクールだぜ!

★文左衛門 『時そば』
「これだけ(客が)いれば食ってはいける。
 だけど、上がったからには何かしなければ……」と
話しつつ入ったのは、なんと『時そば』。
暑い日に『時そば』を聴くのは初めてだったが、
そんなことお構いなしに広がる文左衛門ワールド。

★歌武蔵 『支度部屋外伝』
おなじみのご挨拶の後、「白鵬」ネタや
「行事の物言い」ネタで観客を爆笑の渦に。
コワモテなギャグも歌武蔵師匠だから成立する。
「面白いから笑うのではなく、笑うから面白くなる」。

★小菊
「弱虫がたった一言」などの都々逸を経て、
「さのさ」で〆る。
「終わったんですけど」という決まり文句(?)の
ニュアンスが若干優しくなっていたような……。

★藤兵衛 『江ノ島の風』
初めて拝見する噺家さんで、初めて聴く噺。
夏バテ気味の殿様をもてなすため、
「ニセモノの雪」「水のこたつ」、そして
「涼しげな江ノ島の風」を用意することになるが……。
ちょっとしたSFっぽさを含みながら、
「屁」という日常ネタが噺に落ち着きを与えている。
汚らしさを感じさせないのは演者の芸風ゆえか。
この噺、上方落語『須磨の浦風』が元ネタらしいが、
江戸の風情が漂う、暑い日ならではの珍品だった。



――というわけで、上半期最後の日曜日、
一足早く(?)夏の訪れを告げるかのような猛暑の中、
『江ノ島の風』や『たがや』などの“涼しげな噺”を楽しみました。
(なぜか『時そば』という変わり種もあったけど……。)

本日の客はとてもよく笑う客が多く、
かといって「何にでも笑う客」というわけではなかったので、
出演者もやりやすかったのではないかと思います。
その場に座っている一人の客として、
私も「この空間にいられるのは幸せだなぁ……」と感じました。

本日、高座上からよく聴かれたのは
「他にもお遊び場所の多い中……」というセリフ。
もちろんこのセリフは常套句の一つにすぎないけれど、
たしかに、「海に行こう!」的気分になりがちな猛暑日に
「寄席」を選ぶのは、その人の個性を表しているように思えます。

――本日の鈴本昼席は、手前味噌ながら
「私はそういう個性の持ち主でよかった」と感じられるような
楽しさと穏やかさと優しさと(以下略)に包まれた空間でした。
この「一期一会」な寄席のライヴ感は何物にも代えがたい……。
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2015年06月24日

「愚かさ」を楽しく&優しく包み込む 『マジック・イン・ムーンライト』


先日、Bunkamura ル・シネマで
映画『マジック・イン・ムーンライト』を観ました。

magic_in_the_moonlight_poster.jpg


 <あらすじ>
皮肉屋のイギリス人マジシャン:スタンリーは、
天才的なステージマジックの腕前で人気を博していた。
ある日、彼は幼馴染の手品師:ハワードから
透視能力を持つというアメリカ人女性占い師:ソフィの
ペテンを暴いてほしいと依頼される。
ソフィたちが滞在している南仏コート・ダジュールへ
婚約者を連れて意気揚々と乗り込むスタンリーだったが……。



1年ごとに新作が封切られるウディ・アレン監督の最新作
『マジック・イン・ムーンライト』(2014年)は、
アレン版スクリューボールコメディのように思わせておきながら、
前作『ブルージャスミン』(2013年)を思い起こさせる
ビターで現実的な結末へと向かう……と思わせておきながら、
小粋なオチを付けた、実にアレンらしい軽妙洒脱な小品でした。

それ以前の映画のジャンルやパターンに
当てはめようとすること自体がバカバカしいという意味で、
アレンの映画作品は「アレンチックコメディ」とでも呼ぶべきもの。
人間の「愚かさ」を見守る核心は本作でも変わりませんが、
霊媒師がブームだったという1920年代を舞台にしたことで、
これまで以上に、人間の「愚かさ」が優しく包み込まれています。



ただし、この作品がほとんどの「アレンチックコメディ」同様、
どこかつかみどころのない作品であるのもたしかで、
巨匠ハワード・ホークス監督が犯しがちだった
スクリューボールコメディの欠点を抱えているのもたしかです。

例えばスタンリーの婚約者:オリヴィアの扱いは
ケイリー・グラント主演『赤ちゃん教育』(1938年)での
主人公の婚約者:アリスとまったく同じ位置付けだったし、
ソフィの婚約者:ブライスの扱いは
『ヒズ・ガール・フライデー』(1940年)での
主人公の婚約者:ブルースを彷彿とさせる切り捨て方でした。

「おかしな2人」が団円を迎えるのは結構なのですが、
そのために「まともな人々」を劇中から追い払っているため、
『赤ちゃん教育』や『ヒズ・ガール・フライデー』では、
既存の社会的価値観への反発による「価値観の逆転劇」は
「真逆の価値観の押し付け」にしかなっていませんでしたよね。

本作『マジック・イン・ムーンライト』でも
やはり同様に婚約者たちが「追放処分」を受けていたことは、
本作と『ヒズ・ガール・フライデー』の共通性
――私にとっては、あの何かモヤモヤする感じ――という点で
とても象徴的な要素であったように思われます。
(同じホークスでも『モンキー・ビジネス』は好きなんだけど……。)



もっとも、この作品でもポイントとなるのは
「この人が好きなんだからしょうがないじゃん!」という
恋愛の非論理性であり、そこに常識を求めるのは無意味です。
「婚約者がいるのであなたには恋愛感情を抱きません」
「私もです」――というオチは喜劇にふさわしくなさそうだし。

ありがたいことに、熟練した脚本家であるアレンは
「懐疑主義者でニヒリストで皮肉屋のマジシャン」という
これ以上なく誇張されたキャラクターを利用することで、
観客が主人公に「常識」を求めずに済むように工夫しています。
スタンリーのおば(アイリーン・アトキンスが好演!)も
この物語と観客をつなぐ存在として有効に働かされていました。



――私がこのウディ・アレン作品を好きなのか嫌いなのか
イマイチ煮え切らない文章を書いてしまいましたが、
結論を申し上げると、私はこの作品が「好きです」。
もう少し時間が経ったらもう一度観たいほどに、「好きです」。

感情移入しにくい登場人物たちは魅力的なキャラクターだし、
『ヒズ・ガール・フライデー』なんかとは違って
スクリューボールな主人公には多少の迷いや罪悪感もあるし、
そして何より、人間の「愚かさ」が楽しく描かれていますもの。

本当の「魔法」は、手品や「超能力」が作り出すのではなく、
ある一夜の「月の光」が偶然に生み出すものなのだと思えば、
たとえ計画が思惑通りに運ばなかったとしても
「愚か」な私たちはあまり落ち込まずに済むかもしれませんね。
物事の意味なんて最後まで分からない、ということだから――。


オープニングクレジットを飾るのは『You Do Something To Me』。
言わずもがな、クラシックナンバーは「アレンチックコメディ」の重要な要素の一つだ。
posted at 23:59 | Comment(0) | TB(0) | 映画・TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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