2014年12月30日

全体主義は「涙」を許さない 『悪寒』


先日、シアター・イメージフォーラムで開催された
「ポーランド映画祭2014」にて、映画『悪寒』を観ました。

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 <あらすじ>
舞台は、1950年代半ばのポーランド人民共和国。
13歳の少年トマシュの父親が「反乱分子」の疑いで突如逮捕され、
トマシュはピオネール(共産主義少年少女団)の寮生に抜擢される。
当初は寮での全体主義体制に「悪寒」を示すトマシュだったが、
女性教官への淡い恋心もあり、次第に共産主義思想に染まっていく。
ある日、釈放された父親がトマシュに会うため寮を訪れるのだが……。



ヴォイチェフ・マルチェフスキ監督の『悪寒』(1981年)は、
13歳の少年を通して全体主義体制の恐怖を描いた古典的作品です。
映画の中に「ゴムウカも復党した」などという台詞があることから、
おそらくは1956〜57年頃のポーランドが舞台なのでしょう。
燃やされた新聞紙が灰色の空の下で舞う印象的なシーンに始まり、
「マダガスカル」の切手を大切に所有する平凡な少年トマシュが
葛藤しながらも「共産主義少年」へと変化する様子を映し出しています。

この映画が製作されたのはポーランド人民共和国時代――、
すなわち、ポーランドが未だ社会主義体制だった時代のことで、
共産主義・社会主義自体に対する批判精神はさほど感じられません。
とはいえ、1980年代は「連帯」が躍進した民主化運動の時代であり、
映画はスターリン主義という名の全体主義を明確に否定しています。
この映画が民主化の気運の中で製作されたのは間違いないでしょう。

劇中、恐怖を言葉で表現できない13歳のトマシュ少年は、
神への信仰とマルクス主義を奇妙に混在させながら体を震わせます。
これが、『悪寒(Dreszcze)』という映画の題名の由縁です。
映画において、少年は「体で」全体主義の実態を示しているのです。
今にもストレスに押し潰されそうなトマシュ少年の焦りと苦しみが、
トマシュ少年役:トマシュ・フドズィエーツの演技から伝わってきました。



20世紀は、ナチズムと共産主義という2つの全体主義の時代でした。
『悪寒』では、上司から叱責された女性教官が、涙を堪えながら
「あなたたち(少年たち)を誇りに思うわ」と述べるシーンがあります。
さらにその後、その女性教官が、みんなの前で嗚咽するトマシュを
「泣くのはやめなさい。落ち着きなさい」と叱りつけるシーンもあります。
このように、全体主義体制は個人が涙を流すことを許しません。
涙を流すことは「未熟」の証であり、涙を流す者は軽蔑の対象であり、
個人の感情が暴発するのを許さないことで全体主義は成立するのです。

劇中では、マルクスの肖像写真も印象的な使われ方をしていました。
トマシュ少年が入部した寮内の「写真クラブ」の撮影会で
部員たちが「偉大」な共産主義者の肖像写真を撮影することになり
(写真を写真で撮影するなんてややこしい……)、
トマシュ少年は肖像写真の中のマルクスの額を水拭きします。
その時、額の部分から垂れた水が写真中のマルクスの目の上を通り、
まるでマルクス本人が泣いているかのように映し出されるのです。

トマシュも「マルクスの涙」に気付いて怪訝そうな表情を見せますが、
「涙」は、マルクスの予期せぬ方向へ進んだマルクス主義への嘆きとも、
マルクス主義という全体主義体制の生みの親に「なってしまった」が
もはや自分にはどうにもできないという非力さの表現とも受け取れます。
前述した「涙を許さない全体主義」に対する強烈な皮肉だとも感じられ、
この場面からは、私はむしろ監督のマルクスに対する愛情を感じました。

映画は、寮が突然解散され、少年たちが帰宅する場面で幕を閉じます。
この時、マルクスの肖像写真が再び登場するのですが、
男性職員は、もう不要になったその肖像写真を路上に放り投げます。
放り投げたとはいえ、職員はマルクスに敵意を抱いたのではありません。
それがもはやどうでもいい一枚の紙となったので放り投げたのです。
彼にとってはマルクスもマルクス主義も業務上必要な「飾り」でしかなく、
重要なのは「勤勉」に働き、党本部から評価されることだけでした。
そして、一時的にせよ、トマシュたちはその「飾り」に翻弄されたのです。



劇中でトマシュたちが3か月間を送ることになるピオネールの寮は、
その場所が全体主義体制を敷く実験的な寮であることを除けば、
欧州の一般的な少年寮と変わらないものだと言えるかもしれません。
そこで職員として勤務する者たちも、寄せ集められた少年少女たちも、
各自は基本的に「勤勉」であり、「善良」な意識の下で行動しています。
それなのに多くの者たちが理不尽に苦悩し、「悪寒」に苛まれるのは、
個人の美徳や良識などは全体主義体制に対してもはや無力だからです。

ブルガリア出身の哲学者ツヴェタン・トドロフが強調しているように、
全体主義があくまでも「善なるもの」として存在している以上、
全体主義の支配に対抗し得るのは「それとは異なる政治体制」だけです
(そうして、トドロフは「自由主義的な民主主義」の必要性を訴えます)。
繰り返しになりますが、全体主義という「一神教」の支配下では、
実在する個人の良識などといったものはまったく歯が立たないのです。

忘れてならないのは、全体主義が過去の遺物ではないということです。
フランスの作家ラ・ボエシは『自発的隷従論』(1549年)において、
人間には「自発的に隷従する」性質が備わっていると書いています。
 信じられないことに、民衆は、隷従するやいなや、自由を余りにも突然に、あまりにも甚だしく忘却してしまうので、もはや再び目覚めてそれを取り戻すことができなくなってしまう。なにしろ、あたかも自由であるかのように、あまりにも自発的に隷従するので、見たところ彼らは、自由を失ったのではなく、隷従状態を勝ち得たのだ、とさえ言いたくなるほどである。
(山上浩嗣訳)
ラ・ボエシ流に言えば、古今東西を問わず、人間が人間である限り、
全体主義体制は「円満」に成就する可能性を常に秘めているのです。

「私は振り込み詐欺には騙されない」と自らを過信している人ほど
振り込め詐欺の被害に(無邪気にも)遭いやすいのと同じように、
人類は悪しき全体主義を克服したと思い込んでいる教養のある人ほど
その全体主義を渇望し、実現させる可能性が高いのかもしれません
(もちろん、教養を欠くこの私が全体主義を欲する可能性もあります)。
映画『悪寒』は、私たちに全体主義の恐怖を自覚させる作品であり、
人間が人間である限り、観続けなければならない作品だと言えそうです。


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2014年12月28日

本年千穐楽! “自由演技”の白鳥&彦いち VS. 天どん『芝浜』


今日は、池袋演芸場 12月下席 昼の部 へ行ってきました。
主任は、三遊亭天どん師匠。

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 <本日の番組>

開口一番:(前座) 柳家さん坊 『つる』
落語:(交互) 三遊亭粋歌 『卒業』
落語:(交互) 桃月庵白酒 『浮世床 -本-』
落語:(交互) 蜃気楼龍玉 『親子酒』
漫才:ホンキートンク
落語:(交互) 林家彦いち 『掛け声指南』
落語:(交互) 三遊亭白鳥 『隅田川母娘』

 〜お仲入り〜

落語:(交互) 古今亭志ん八 『取扱説明書店』
落語:(代演) 三遊亭歌奴 『掛取り』
太神楽:翁家社中
落語:(主任) 三遊亭天どん 『芝浜』



★さん坊 『つる』
2014年ラスト寄席はさん喬門下のさん坊さんから。
前半は落ち着いた語り口で「物語」を聴かせるが、
“辰っちゃん”登場の件からオリジナル色が出て盛り上がる。
「……あいつ、なんであんなに無関心なんだろう」。

★粋歌 『卒業』
17年間、“ユーザー”の成長を見守ってきたストーカー。
“女”の地味でパッとしない部分をむしろ愛し、
「気持ち悪い!」「変態!」と言われて喜ぶ。
女性側が穏健に接していることもあり、噺に不快感はない。
粋歌さんには今後も「変態」的な新作を創り続けてほしい。

★白酒 『浮世床 -本-』
龍玉師匠の芸術祭受賞に触れ、「龍玉さんは銭ゲバ」。
「今日は翁家社中あたりで帰ったほうがいい」と語って、
ゆったりとした空気の『浮世床』に入った。
『太閤記』をモーリス信号のように読み上げたり、
絶妙な間で「マツコウ」をリピートしたりで爆笑を得る。

★龍玉 『親子酒』
兄弟子の紹介を受け、「私が銭ゲバです」。
龍玉版『親子酒』に登場する“女房”は熱燗作りの名手。
龍玉師匠のこの噺を聴くと、いつも熱燗をいただきたくなる。
「お腹の中の酒が『よろしく』って」などの台詞もたまらない。

★ホンキートンク
血液型挨拶を経て、2014年のニュースを振り返る。
オボカタさん、サムラゴウチさん、ASKAさん……。
時事ネタがスピーディに繰り出され、客は息つく暇もなし。
後半では「芸能人だから電車通勤は〜」などのネタも。

★彦いち 『掛け声指南』
「ここからは自由演技」とことわって自作の新作へ。
おなじみの「八っつぁん、熊さん、ご隠居さん……」の流れで、
「一生懸命なのがムアンチャイ」と挟み込んでくる可笑しさ。
情熱的だが語学力が足りないタイ人青年ムアンチャイは、
仕種がいちいち可愛らしく、母性本能をくすぐるタイプである。
「的確に具体的に」というフリ、「細かく!」「シャブ!」
「目の前に来たら出す!」などの伏線がきれいに回収された。

★白鳥 『隅田川母娘』
今年最後の寄席ということで、やんごとなき新作を。
「これはアイコさまを応援する話。引いた客こそ非国民!」。
外の世界を冒険したいアイコさまと庶民の交流を通して、
不謹慎さは徐々に薄れ、だんだんと心が温かくなるから不思議だ。
恋もロマンスもないがホッピーはある、『浅草の休日』。
今年の聴き納めに、哄笑と感動(?)の名作を聴けてよかった。

★志ん八 『取扱説明書店』
食い付きは、神保町でよく本を買うという志ん八さん。
この噺の当初の主語は“『キン肉マン』愛読者の男”なのだが、
会計の場面で噺の主人公が“店主”にスライドする。
その後、“詐欺被害者の女”“ロック歌手志望の男”など、
『代書屋』よろしく客が次々と来店してくる面白い構成。

★歌奴 『掛取り』
同県人:文治師匠と盲導犬のネタを経て、ザ☆年の瀬ネタ。
「狂歌」→「寅さん」→「芝居(ハメモノ入り)」と、
聴く者をまったく飽きさせない陽気な高座を展開する。
特に「寅さん」パートでは渥美清モノマネも挿み込み、
替え歌や「前田吟」「さくら」で客の遊び心をくすぐっていた。

★翁家社中(小楽・和助)
お二人で「傘」→「毬」→「五階茶碗」→「ナイフ」。
太神楽を見ると気持ちが引き締まり、
「自分は寄席に来ているんだなあ」という嬉しさを感じる。
本日は、「今年最後の太神楽」感で普段以上にしっとり。

★天どん 『芝浜』
「5時の時計アラームは切っておいてください」。
天どん師匠の『芝浜』は奇を衒わず「基本」に忠実だが、
前半を貫く「めんどくせぇなぁ〜、楽してぇなぁ〜」という台詞で
『芝浜』という古典作品に現代的なセンスをもたらしている。
夫婦心中を唆す“勝五郎”を“女房”が撲つという演出や
“勝五郎”の口癖が現在は変わったという設定も興味深いのだが、
やはり、“勝五郎”のダラけた怠け者キャラが好印象だった。



――というわけで、文字通り年内最後の寄席定席は、
豪華な出演者が目白押しだった池袋演芸場の昼席で迎えました
(ぜひ白鳥師匠を最後に聴いておきたかったのです!)。
早くも開演時に立ち見客が出るほどの大盛況ぶりで、
トリの天どん師匠の時間までに退出する客もほぼいなかった様子。

まさか聴くことになると思わなかった天どん師匠の『芝浜』は、
「(勝五郎は)もとより腕がよかった。……誠に都合のよい噺で」
などのクールな地語りに象徴されるように、
『芝浜』という古典落語自体へのツッコミ精神を基礎にしています。
とはいえ、噺の筋や設定は基本的に「古典」を踏襲しているので、
天どん版『芝浜』の「物語」に聴き入る客の姿も見受けられました。

――さて、本日で今年の私は「寄席納め」なわけですが、
昨年に比べると、今年の私はあまり寄席に行けなかったかなあ……。
それでも、いくつかの寄席でいくつもの好演・名演に出会えました。
寄席は一期一会、その日その時しか味わえない娯楽のエリア。
いつだって平常運転なのに、いつだって異常気象な「夢の国」です。
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2014年12月04日

「不快でしつっこい」現実の記憶 『シャトーブリアンからの手紙』


先日、シアター・イメージフォーラムで
映画『シャトーブリアンからの手紙』を観ました。

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2012年に製作されたこの映画の舞台は、1941年10月、
第二次大戦期:ナチスドイツ占領下のフランス・シャトーブリアン郡。
共産党の政治犯らを収容したショワゼル収容所で
27名の「人質」が銃殺されるまでの4日間を、淡々と描いています。
この虐殺は17歳の少年ギィ・モケが銃殺されたことでも有名で、
銃殺される直前にモケが書き遺した「手紙」もよく知られています。

かくいう私がギィ・モケのことを知ったのは、
2007年、就任間もないニコラ・サルコジ大統領(当時)が
全国の高校で生徒たちにモケの「手紙」を朗読させることを義務化し、
愛国心教育のために「手紙」を政治利用したことがきっかけでした。
サルコジは、モケが共産党員だった事実は伏せたまま、
「手紙」の感動的で愛国的な要素だけを活用しようと考えたのです。

一方の共産党も、戦後、モケが共産党員だった事実を利用し、
レジスタンスに参加していたモケを殉教者のように神格化していました。
長い間、いずれの立場からも神話化されてきたモケの物語を、
ドイツ映画界の巨匠フォルカー・シュレンドルフ監督が
冷静に描き直したのが、本作『シャトーブリアンからの手紙』です。



この映画の主人公は、少なくともギィ・モケ一人ではありません。
監督は、複数の登場人物の視点を物語に取り入れることで、
観客が特定の人物に感情移入し切ってしまう事態を防いでいます。
まるでドキュメンタリーでも見ているのかと錯覚するほど、
カメラと人物との距離感が付かず離れず、適度に保たれているのです。
当然、劇中にはモケの英雄的なエピソードもなければ、
扇情的なナショナリズム的描写も、共産主義的な美辞もありません。

印象的だったのは、司令官をはじめとする駐仏ナチス幹部たちが
シャトーブリアンなどでの仏市民虐殺に消極的だったことです。
しかもそれは戦略的というよりも人道的な観点から説明されていました。
「加害者」側ですら誰も望んでいなかったはずの虐殺が、
どうしてこんなにもスムーズに計画化され、実行されてしまったのか。
――劇中に登場する神父の言葉を借りれば、彼らは、
「良心」ではなく「命令」に従うことに甘んじたということなのでしょうか。



駐仏大尉エルンスト・ユンガーはこの虐殺事件を記録した人物であり、
このドラマの「生みの親」と言えなくもありません。
しかし、この映画は、善良そうなユンガーさえも適度に突き放し、
女性歌手との会話シーンでその微かな偽善性を露呈させています。
この映画は、「善人」と「悪人」とを絶対に区別しようとせず、
単純な「赦しの神話」にも「恨みの神話」にも与しようとしないのです。

他収容所の人質が無抵抗で銃殺されたとの報告を受けたユンガーは、
「死ぬ時にその人の人間性が現れる」と感慨深げにつぶやきます。
素直に受け取れば、これは人質の「勇気」を讃える好意的な発言です。
しかし、映画終盤で丁寧に、そして静かに描かれる銃殺シーンでは、
後に神格化されることになるモケが、震えながら最期の瞬間を迎えます。

「観察者」であることを善意とするユンガーが想像しているほど、
人間が殺されるということは美しいことではありませんでした。
「結果的に虐殺を黙認した側」がどのような名句を吐いたところで、
現実を前にして、その名句は薄っぺらさを際立たせるだけだったのです。
――理不尽な死に「勇気」を見出し、称賛を送ることの危険性を、
この映画は、苛烈な台詞もBGMも使わずして堂々と表現していました。



第二次大戦時、自身もレジスタンスに参加したアルベール・カミュは、
1938年6月の『手帖』に次のような文章を書き記しています。
 いまや可能な唯一の同胞愛、われわれに与えられ、われわれに許される唯一のそれは、戦死を前にしたときの、不快でしつっこい同胞愛だ。
(高畠正明訳)

虐殺と戦死を同一視することもまた危険ですが、この映画を観て、
そしてその後のフランス国内における「手紙」の政治利用を振り返って、
私はカミュのこの文章を思い出さずにはいられませんでした。
この映画から私たちが学ぶべきは、「手紙」の美しさでもなく、
はたまた死に際しての彼らの「勇気」でも、政治的立場でもなく、
どんな状況でも「不快でしつっこい」戦争の本質そのものだと思います。


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パンフレットには最上敏樹先生の解説も掲載。
posted at 23:59 | Comment(0) | TB(0) | 映画・TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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