2012年10月17日

「小勝DNA」継ぐ文字助をトリに据えて… “個性”と“実力”の立川流寄席


今日は、「立川流 広小路寄席」に行ってきました
(と言いながら、
 だいぶ日にちが経ってからこの文章を書いているのだけど)。

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これまで、同じく上野広小路亭での
「立川流 夜席」には何度か行ったことがありますが、
“昼席”にあたる
「立川流 広小路寄席」に行ったのは、今回が初めて。

私は、桂文字助師匠の落語を
どうしても聴きたくなる時がたまにあって、
できる限りは聴きに行かなくてはという想いもあって(詳細は後述)、
この数か月間、聴きに行けていなかった分、
どうにもこうにもフラストレーションが溜まっていたのです(?)。



 <本日の番組>

開口一番:(前座) 立川寸志 『やかん』
開口二番:(前座) 立川春樹 『狸鯉』
落語:立川幸之進 『蔵前駕籠』
落語:立川志らべ 『締め込み』
落語:立川談修 『目黒のさんま』
落語:立川談幸 『寄合酒』
落語:立川左談次 『阿武松』

 〜お仲入り〜

落語:泉水亭錦魚 『金明竹』
落語:立川志ら乃 『持参金』
落語:立川談四楼 『六尺棒』
落語:立川志遊 『権助芝居』
落語:(主任) 桂文字助 『寛政力士伝 -雷電の初土俵-』



★寸志 『やかん』
談四楼門下の前座さん、寸志さんの高座を観るのは今回が初めて。
いわゆる“前座さん”とは思えない、達者な話しぶりでした。

★春樹 『狸鯉』
「続きましても前座で……」と登場したのが、談春門下の春樹さん。
春樹さんの“狸”は、やさしくて真面目な“狸”です。

★幸之進 『蔵前駕籠』
「暮れ六つ時以降は追い剥ぎが出る可能性が高いため、
 吉原行きの駕籠は出さない」と決まった当時の噺。
幸之進さんの『蔵前駕籠』では、
客から「お前のところは腰抜けで出せねえのか」(大意)と言われると
挑発にすぐに乗ってしまう、ある意味まっすぐな駕籠屋が描かれていて、
そこにものすごく魅力を感じました。
「駕籠賃を多めに払う」「酒手も弾む」に反応するわけではないのです。
この噺に欠かせない『駕籠屋の狸寝入り』の小噺も大好き(笑)。

★志らべ 『締め込み』
「最近の犯罪者は『振り込め詐欺』とか、苦労しない犯罪ばかり。
 もっと額に汗かいて犯罪しろ!と言いたくなる」とマクラで語り、
泥棒の出てくる『締め込み』という古典落語へ。
旦那さんもおかみさんも悪くないのに、
泥棒のせいで夫婦喧嘩になり、泥棒のおかげで喧嘩が納まる。
どこかあったかい噺だなあ。

★談修 『目黒のさんま』
来年春、真打に昇進する予定の談修さん。
その談修さんの『目黒のさんま』は、本当に素晴らしかった!
それぞれの人物描写も鮮やかで、
噺全体を覆う“おかしさ”が小気味よく効いてくる。
まさしく、“絶品の『さんま』”(←ドヤ)。
もちろん、さんまを食べたくもなりました……。

★談幸 『寄合酒』
長屋連中で集まって酒でも呑もう、
そのためは酒の肴が必要だということで、
各自が色んな食べ物を持ってくる。
中には怪しいものもあり……、というか、怪しいものしかない。
恥ずかしながら、これまで聴いてきたはずの『寄合酒』という噺が、
実はこんなにも面白い噺だったとは知りませんでした。
さすがの上手さ、
さすがの面白さと称うほかない談幸師匠の高座です。

★左談次 『阿武松』
相撲噺『阿武松』のマクラを振り始めてから、
本日のトリが文字助師匠であったことに気付く左談次師匠。
文字助師匠は相撲噺オンリーの落語家さんなので、
相撲噺でネタがツくことは確実。
でも、「マクラ振っちゃったもんはしょうがない」と
『阿武松』へ強行突入です。
主人公(後の阿武松)は力士として才能があるのに、
「飯を食いすぎる」というおかみさんの不満がもとで
相撲部屋を破門され、自殺を決心する羽目になる。
このおかみさんは“相撲部屋のおかみさん”失格だと思うし、
それに言いなりとなる親方も“親方”失格だ。
だけど、結果として、
その不幸をきっかけに大成していくのだから、
「ピンチはチャンス」「捨てる神あれば拾う神あり」ですね。
これまで『阿武松』は、談志師匠(「ひとり会」CD)と
文字助師匠でしか聴いたことがなかったのですが、
左談次師匠の『阿武松』も力強くて、楽しかった。

★錦魚 『金明竹』
仲入り後の食いつきは錦魚さんで『金明竹』。
独特の語り口で、それとなく全身からおかしみが伝わってきます。
分かりきったクスグリのはずなのに、
猫と旦那さんをごっちゃにして説明してしまうところは面白いなあ。
後半部では、「屏風を開けたら坊主」のクスグリが、
画を想像していつも笑ってしまいます。

★志ら乃 『持参金』
噺の中に出てくる“妻となる女性”が、
『持参金』史にその名(様子?)を刻むほどのヒドさ!
しかも、「俺、そういう女、好きだろ?」
 「知らねえよ!」という会話のやり取りに衝撃!
そうか、この落語は“ブス専落語”だったのか――。
もちろん、志ら乃さんは
そのような直接的な言葉は一切使いませんが、
そのような視点(?)のおかげで
この噺が一気に分かりやすくなりました。

★談四楼 『六尺棒』
談四楼師匠の本日の高座は、談幸師匠の『寄合酒』同様、
もう「絶品!」としか称えようがありません。
これまでもその“実力派”の腕を拝見してきましたが、
今日の『六尺棒』はとりわけ上手くて面白かった。
表情の変化を見ていても楽しい、
耳から入っていく語りを聴いていても素晴らしい。
ちなみに、昨年の談志師匠追悼特番(BS-TBS)にて、
三遊亭小遊三師匠も『六尺棒』を
談志師匠から習ったとおっしゃっていました。

★志遊 『権助芝居』
落ち着きがあって、上品な芸風の志遊師匠。
『権助芝居』という噺は
私は隅田川馬石師匠ヴァージョンが大のお気に入りなのですが、
志遊師匠の『権助芝居』でも
権助の“ニクめなさ”を楽しめました。

★文字助 『寛政力士伝 ―雷電の初土俵―』
まずは、「近ごろの前座は……」という怒りの小言から始まり、
「先ほど、左談次がことわったんだって?」と
本日、もうすでに相撲噺をかけてしまった左談次師匠に触れました。
「本来ならば、寄席では噺が重なってはいけないんです」と
ことわりを入れながらも、楽屋で談四楼師匠から
「兄さんなら、(また相撲噺でも)大丈夫ですよォ」と言われたし、
今日のお客さんの中から
「『雷電の初土俵』を」とのリクエストをいただいている、
とのことで、文字助師匠の十八番『雷電の初土俵』へ。
本気で相撲を愛する噺家による本気の相撲噺だから、
これはもう、迫力や説得力が違う。
個人的に「ああ、さすがは文字助師匠」と思うのは、
この『雷電の初土俵』でいえば、
“雷電為右衛門”が“八角”を打ち負かした場面の後で
「そこは“八角”、人気者でして馴染みも多く……」といった具合に、
敗れてしまった“八角”に対してフォローを入れること。
「“八角”は悪い奴じゃないのに、ちょっと可哀想だよなあ」
という人情深き相撲ファンの眼差しを噺の中に入れるから、
「主人公、万歳!」で終わらない、
本当の意味で報われる落語になるのです。
そして、サゲた後、一度下がってしまった緞帳を再び上げさせて、
「さっきここに来るとき、雨がポツポツ来てましたよ。
 お気を付けてお帰り下さい」というようなことを言う。
実のところ、私は
文字助師匠の「この部分」が一番好きなのかもしれません。
(しかし、前座さんも、文字助師匠がトリの時は
 必ず「ちょっと止めてくれ」って言って、下がる緞帳を止めさせて
 “エンディング・トーク”するに決まってるんだから、
 その時ぐらいは注意していればいいのになあ。)



――ところで、少し前の話ですが、
談志師匠が著した
談志絶倒 昭和落語家伝』(大和書房)という本の中で
6代目三升家小勝師匠
 (前名:2代目桂右女助)に関する記述を読みました。
この「右女助の小勝」は、
何を隠そう、文字助師匠の最初のお師匠さんです。
まだ文字助師匠が二ツ目であったころに
小勝師匠は亡くなってしまったので、
当時「勝松」と称った文字助師匠は、談志門下に移籍しました。

『昭和落語家伝』に
掲載されていた小勝師匠の高座写真を見てビックリ!
なんと、文字助師匠にそっくりなのです
(実際には、文字助師匠が小勝師匠に似ているということなのだけど)。
それから、小勝師匠の落語CDを聴くようになって、
口跡がハッキリしているところ、
粋でいなせで端正な語り口であるところまでもが
師弟そっくりであるということに気付かされました。

それ以来、私は小勝師匠のことも大好きになって
(私が生まれるずいぶん前に亡くなっている方ではありますが)、
その弟子であり、
しかも明らかに「小勝DNA」を継承している文字助師匠のことも
拍車をかけて、さらにさらに好きになっていったのです。

当然のことながら、1971年に亡くなった
「右女助の小勝」師匠を生で観ることは、もうできません
(今から私が天国の寄席にでも行けば話は別でしょうが、
 小勝師匠が天国でも落語家をやっているとは限らないし、
 そもそも私が天国に行けるかどうか分かりません)。
私が文字助師匠を生で「聴きたい」、
延いては「聴いておかなくてはならない」と思うのは、
生前の「右女助の小勝」師匠に間に合わなかった分、
「小勝DNA」の継承者である文字助師匠を通して
小勝師匠に逢いたい、という想いがあるからでしょう
(自分のことなのに他人事みたいな物の書き方で恐縮ですが)。

だけど、この構造はちょっと不思議だな、と我ながら思うのは、
私は文字助師匠が好きだからこそ
「右女助の小勝」師匠を好きになったという経緯があるからです。
文字助師匠が好きになったから小勝師匠も好きになって、
だからこそ文字助師匠をさらに好きになる。
無限ループか? ……「芸」の道は怖ろしいですなあ。

余談ながら、文字助ファン(?)の密かなる願いとしては、
いつかぜひ、
相撲噺以外も演っていただきたいという想いもあります。
でも、相撲噺を貫くことが
談志師匠との誓いを守るいうことなのかもしれないし、
“場外”の人間は
「いつか」を密かに願っておくだけにしておきましょう。



――というわけで、
文字助師匠をトリに据えての、本日の「立川流 広小路寄席」。
久しぶりの立川流、久しぶりの文字助師匠でしたが、
やっぱり、
文字助師匠の落語を聴いて妙なところから元気が出たし、
余所の寄席ではめったにめぐり逢えないような
“個性派”、“実力派”の落語を、思う存分、堪能できました。

やっぱり、落語って、面白くて、優しくて、心地いいなあ。
「落語を聴いていると死なないで済む」という談志師匠の言葉が、
若輩ながらも、少ーしだけ、
自分のこととして理解できたような気がします。
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