2012年02月26日

ついに『エレンの部屋』が日本上陸! でも、そもそもエレンって誰?


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3月17日(土)午後6時、
ブロードキャスト・サテライト・ディズニーが運営する
BSデジタル放送局「Dlife(ディーライフ)」が開局します。
BS 258ch、オール無料放送です。

『リベンジ』『アグリー・ベティ』『ダメージ』『デスパレートな妻たち』
『LOST』『LAW&ORDER:性犯罪特捜班』『30 ROCK』など
「欲張って集めたね〜」と言いたくなるような
超人気米国ドラマがシーズン1から放送されるほか(これはありがたい)、
『サバイバー』『ドクター・オズ・ショー』のようなリアリティ番組や、
もちろん『リロ&スティッチ』のようなディズニー・プログラムも放送されます。



私が注目するのは、
本国アメリカでは2003年に開始した『エレン・デジェネレス・ショー』が
このDlifeにて、いよいよ日本上陸するということ
日本語版の番組公式ページはこちら)。

本国と同じように平日午後の帯番組として(日本では午後3時〜)、
しかも、ご丁寧にも高島雅羅さんの日本語吹替版でオンエアされます。
「毎日、『エレン・デジェネレス・ショー』が見られる?」
「それでもって、なぜか日本語吹替版にしてくれちゃう?」という、
Dlifeの力の入れ様に、私なんぞは謎の感動を覚えてしまいました。

ちなみに、Dlifeでは『エレン・デジェネレス・ショー』は
『エレンの部屋』というタイトルで放送されます。
(“謎の感動”を一瞬冷ましてれるような邦題のセンスではあります。)



そもそも、エレン・デジェネレスとは何者なのか。

エレン・デジェネレスを一言で説明するならば、
“アメリカで最も人気のあるトークショーホスト”(……の一人)。

もともとはスタンダップ・コミック出身で、
米国の国民的トーク&バラエティ番組
『ザ・トゥナイト・ショー・スターリング・ジョニー・カーソン』にも
スタンダップ・コメディアンとして1986年に初出演を果たしました。

1994年に放送を開始したシットコム『Ellen』では主人公を演じましたが、
この中でデジェネレスは、キャラクターとしての“エレン”も
実生活における“エレン”もレズビアンであることをカミングアウトしました。
このカミングアウトが原因で『Ellen』は打ち切られます。

(余談ですが、レズビアンのコメディアンであるロージー・オドネルも
 カミングアウトしたことをきっかけに自身のトーク番組を失っています。
 同性愛に「寛容」とされる米国でも、わずか十数年前、
 カミングアウトは社会的地位を失う効果を持っていたわけです。
 このことは2012年現在の米国でもさほど変わらないようで、昨年は、
 ゲイであるためにいじめられた少年が自殺して話題になりましたね。)

しかし、2003年に『エレン・デジェネレス・ショー』という
午後のトーク番組を初めてみたところ、これが大評判に。
デジェネレスは、オプラ・ウィンフリーと並ぶ女性トークショーホストとして
一躍、“大物セレブ”の仲間入りを果たしました。



2007年には、アカデミー賞授賞式の司会に抜擢されています。

エレンのモノローグ(オープニング・トーク)映像はこちら
イーストウッド&スピルバーグを巻き込んだギャグ映像はこちら
マーティン・スコセッシ監督を巻き込んだギャグ映像はこちら

当時、このアカデミー賞授賞式はNHK-BS2で中継されていたのですが、
なぜか渡辺高校生はエレンの司会ぶりがお気に召したらしく、
大学ノートに“オスカーでのエレン・ギャグ集”を書き連ねています
(それを紹介しだすとキリがないので、今日のところは割愛しておきますが)。



2008年、デジェネレスは女優のポーシャ・デ・ロッシと結婚しました。
ポーシャ・デ・ロッシは、今年(2012年)あたりに
ABCで放送される『The Smart One』というTVドラマに主演するそうです
(このコメディドラマのプロデューサーは他ならぬデジェネレス!)。

またデジェネレスは、今年に入ってから
米国の百貨店「J・C・ペニー」のスポークスマンに就任しました。
しかし、同性愛者を忌み嫌う保守系団体がデジェネレスの就任に反発。
Facebook上で不買運動コミュニティが立ち上がる騒ぎとなりましたが、
J・C・ペニー側は「本社に抗議の電話がかかってきたら、
 反論する代わりに黙って電話を切る」との声明を発表するなど、
現在のところ、一件落着したようなしていないような感じになっています。



2009年5月に、デジェネレスはチュレーン大学で卒業講演を行いました。

その動画(日本語字幕付き)が、こちら。
日本語字幕が表示されない方は、一度オリジナルのページに飛んで、
画面右下の字幕表示ボタンをクリックすると、日本語字幕が表示されます。


余談ですが、アメリカでは、
大学の式典でコメディアンがゲスト講演することが珍しくありません。
2011年には、
コナン・オブライエンもダートマス大学の始業式で講演しています。
日本でいうところの「成人式にタレントを呼ぶ」感覚なのでしょうか。

ウィンフリーやオブライエン、デジェネレスらのクラスになると、
知名度・集客力があるだけの「お笑い芸人」というより
尊敬を集める「社会的カリスマ」と位置付けられているのでしょうね。

デジェネレスによる卒業式でのこの講演を聴くと、
そのジョークに笑わされると同時に、とても前向きな気持ちになれます。
スタンダップ・コメディアンは、言葉の“プロ中のプロ”なだけに、
ユーモアとメッセージの同時送信が得意なのです。

3月の『エレンの部屋』放送開始を前に、ぜひご覧になってみてください。
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2012年02月24日

無声映画の“仲介者”として… バニラ味の『メトロポリス』に感動


今日は、全労済ホール/スペース・ゼロで開かれた
『山崎バニラの活弁大絵巻 〜ニセモノvsホンモノ〜』へ行ってきました。

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山崎バニラさんの活弁ライブに行くのは、だいぶ久しぶり。
もしかしたら、数年前に開かれた『山崎バニラ 出版記念サイン会』以来かも?
あの時は、図々しくも「同じ高校の卒業生です」と声をおかけしたような気がします。
(有名人のサイン会に行ったのなんて、後にも先にもこれだけだった……。)

今日は、大正琴弾き語りでの活弁1本、自作映像1本、
ピアノ弾き語りでの活弁1本が上映されました。



<本日のプログラム>

白石の歌 白石よござりす』 〜 オープニング・トーク
『国士無双』(1932年・日) 大正琴弾き語り
『活動写真いまむかし』 オリジナル動画

 〜休憩〜

『メトロポリス』(1927年・独) ピアノ弾き語り
エンディング・トーク



★『国士無双』 大正琴弾き語り
この会のタイトルは『ニセモノvsホンモノ』ですが、
昭和7年に公開されたこの映画は
“ホンモノ”の侍と、その“ニセモノ”が対決(?)する映画です。
といっても、まったくスリリングな作品ではなく、
伴淳三郎先生なんかもチラッと顔を出すコメディーです。
片岡千恵蔵が、悪気のない“ニセモノ侍”を演じています。
“ホンモノ侍”役は高勢実乗さん。動く姿を初めて拝見しました(笑)。
監督は、伊丹十三監督のお父様=伊丹万作監督です。
実によくまとまったコメディー映画で、
そこにバニラさんの現代風ギャグも加わり、笑える一本となっていました。
「何がホンモノで、何がニセモノなんか分からない。
 たまには逆転の発想が必要なのでは」といったような台詞にも感激(涙)。

★『活動写真いまむかし』
本年度アカデミー賞にもノミネートされている無声映画『アーティスト』。
バニラさんによると涙が出るほど素晴らしい映画だそうです。
もしかしたら、無声映画ブームが世界中で発生するかもしれません!?
……ということで、バニラさんが活弁士になったきっかけエピソード込みで、
日本独特ともいわれる「活弁」の歴史をひも解くアニメーション動画
『活動写真いまむかし』が上映されました。
日本初の活弁士=上田布袋軒(もともとはチンドン屋さんだったらしい)が
「西洋のキスは、日本でいうところのあいさつと同じ」と語ったから、
検閲の厳しい当時の日本でも、映画のキスシーンは削除されなかったのですね!

★『メトロポリス』 ピアノ弾き語り
フリッツ・ラング監督による名作中の名作SF映画。
「『メトロポリス』を超えるSF映画はないよね」と言われたら、
どんなに辛口なSF映画ファンも黙ってしまうんじゃないかというぐらいの名作。
数年ぶりにこの映画を見ましたが、
今まで見たどんなバージョンの『メトロポリス』よりも
バニラさんバージョンの『メトロポリス』が面白く、また心を揺さぶられました。
この会でも何度かバニラさんが強調していたように、
活弁士は、自分で無声映画の活弁台本を作ります。
“バニラ味”に味付けされた『メトロポリス』では、
「支配者と労働者」「心と手」をつなぐ“仲介者”の尊さが訴えられていました。
どんな人間にも感情はある。
その感情は、社会全体にどういった影響をも与え得る。
もしかしたら、感情のせいであってはならないことが社会に起きるかもしれない。
でも、一番あってはならないことは、それらの感情が否定され、抑圧されること。
難しいけど、人間はバランスをとって生きていかなくちゃいけない――。
バニラさん流の“大団円ではないラスト”も、私の胸に突き刺さりました。



――ということで、久々に山崎バニラさんの活弁ライブに伺ったわけですが、
無声映画の面白さ、素晴らしさを改めて痛感するとともに、
バニラさん流の解釈と実演にも、改めて魅了されてしまいました。
今夜使われた『メトロポリス』のテーマ曲(バニラさん作曲?)も素敵だったなあ。

『国士無双』も『メトロポリス』も、ちょっと毛色は違うけど、
無声映画の面白さを2012年の現代人に強烈に示してくれる作品です。
でも、そう感じられたのは「山崎バニラ」という“仲介者”がいたから。
バニラさんは、「無声映画」と「現代の観客」をつなぐ“仲介者”なのです。
(「現代の観客」というのは、正確に書くと
 「(無声映画に縁のない)現代の観客」ということなのですが。)

バニラさんは、宮城県白石市の観光大使としても活動されていますが、
ある被災者の方からこんな言葉をかけられたそうです。
「エンターテインメントは
 人々を“非日常”の世界に連れて行くものとされているけど、
 被災地においては“日常”を取り戻させるものになるんだよ」。
――今日、とっても印象に残った言葉でした。

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2012年02月10日

“等身大の人間”を描いた馬石版『柳田格之進』


今日は、池袋演芸場の二月上席・昼の部へ行ってきました。

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主任(トリ)は、大好きな隅田川馬石師匠!
当初は、10日間中何日も通おうと思っていたのですが、
結局、行けたのは楽日の今日だけ……。トホホ。

私は開口一番直前(12時13分ごろ?)に到着したのですが、
土日祝日でもあり得ないような超満員ぶり。
立ち見のお客さんも出るほど大盛況していました。

たしかに、池袋二月上席・昼の部――
――この芝居はかなり素晴らしい顔付けだったのです。
(と、個人的には思うのです。)
私がこれまでの人生で出会った中で、
最も魅力的な寄席の顔付けだったといっても過言ではない!

早速、本日の番組をご紹介しましょう。



 <本日の番組>

開口一番(前座):柳家いっぽん 『十徳』
落語:古今亭志ん公 『真田小僧(完演)』
奇術:アサダ二世
落語:蜃気楼龍玉 『駒長』
落語:桂文雀 『探偵うどん』
漫談:林家ペー
落語:桃月庵白酒 『ざる屋』
落語:金原亭伯楽 『粗忽の釘』
太神楽:鏡味仙三郎社中
落語:柳家喬太郎 『次郎長外伝 〜小政の生い立ち〜』

 〜お仲入り〜

落語:柳家三三 『しの字嫌い』
落語:五街道雲助 『辰巳の辻占』
三味線漫談:三遊亭小円歌
落語(主任):隅田川馬石 『柳田格之進』



★いっぽん 『十徳』
オリジナリティにあふれた前座さんとして注目株のいっぽんさん。
今日の『十徳』も、登場人物が「ジットク」を
「マッコリ?」「トッポギ?」と聞き間違えたり、
三遊亭○丈師匠の新作落語に出てきそうな叫び声が上がったりと、
面白い仕掛けがいくつもありました。

★志ん公 『真田小僧(完演)』
『真田小僧』に“完演”もなにも
あったものじゃないのかもしれませんが、
ロング・ヴァージョンを聴いたのは超久々だったので印象的でした。

★アサダ二世
右手の人差し指をノラ猫に引っ掻かれて怪我したということで、
ノラ猫を去勢するために悪戦苦闘したエピソードが語られました(笑)。
手品師にもそれぞれ得意分野があるらしく、
引田天功は大型のやつ、アサダ先生は中ぐらいのやつ、
Mr.マリックはテーブル・マジックがそれぞれ得意分野だそう。
今日のアサダ先生は、トランプと小銃を使った中奇術でした。

★龍玉 『駒長』
雲助一門(師匠+3人の弟子)が勢ぞろいした、
この二月上席・昼の部。
本日の主任=馬石師匠の弟弟子にあたる龍玉師匠は、
『駒長』という珍しい噺(少なくとも私にとって)を高座にかけました。
どこか『庖丁』チックで『転宅』チックなこの噺。
なんだかものすごく不思議な味わいのある噺です。

★文雀 『探偵うどん』
「今日の他の出演者のように、人気を浮上させたい!」
とのマクラから、
新しいようで古いようで新しい落語『探偵うどん』へ。
この絶妙な時代観が、私はなぜか好きなんだよなあ。
文雀師匠はいつでも客席をパーッと明るくさせる、
寄席に欠かせない芸人です。

★ペー
ペー先生のスタンダップ・コミック(?)が、私は大好き!
これだけ面白いスタンダップ・コメディアンも珍しいと思います。
いつもの「私の出身大学、立教……。
 ま、受かってればですけど」というジョークに、
「あれ? ペー先生って立教出身だったっけ?」
と毎回騙されてしまう私は、一体なんなんでしょう。
今日のギター演奏は、『前座ブルース』と『イエスタデイ』でした。
余談ですが。

★白酒 『ざる屋』
ペー先生とどこか似ていると言えなくもない、白酒師匠のマクラ。
毒っ気たっぷりに、池袋の町をイジり倒します。
色んな嫌なことを忘れて大いに笑いたい時に、白酒師匠はNo.1!
『ざる屋』という噺も、聴いているだけで気分爽快になれる噺です。

★伯楽 『粗忽の釘』
伯楽師匠の『粗忽の釘』は、
しゃべり方的に「ザ・粗忽者!」というよりは
「バカですまないねえ、テヘッ」って感じです
(かつて、こんないい加減な感想文があっただろうか?)。
サゲは“弁天様の股間”で、
結構お色気を強調した『粗忽の釘』でした。

★仙三郎社中
私は寄席の色物芸人さんが大好きで、たまに
「私は落語家よりも色物芸人のほうが好きなのではないか?」と
自分自身を疑ってしまうほど。
“寄席の吉右衛門”こと仙三郎先生は、いつも楽しい太神楽です。

★喬太郎 『次郎長外伝 〜小政の生い立ち〜』
仲入り前は、若い落語ファンからも熱狂的人気を誇る喬太郎師匠。
喬太郎師匠がマクラで触れていた通り、
たしかに、今日の客席は学生がめちゃくちゃいました。
学生客が比較的多い池袋演芸場とはいえ、
ここまで多いのは珍しいのでは。
『次郎長外伝』は講談からの移植ネタですが、
喬太郎師匠の魅力が存分に発揮された一席。
“泣かせる”とは違う意味で、グッときます。

★三三 『しの字嫌い』
食い付きの三三師匠がかけたのは、
寄席ならではの滑稽噺『しの字嫌い』。
この噺も、『ざる屋』同様、
言葉遊びの精神をビンビンに感じる噺です。
私は少し前から、三三師匠は
若いころの談志師匠(もちろん私はリアルタイムで知るはずもない)に
どことなく似ていると感じていて、
今日聴いた『しの字嫌い』も、
噺のはじめで“権助”が屁理屈を並べる時、
妙にロジカル&流暢になるところで「おっ」となりました。
『しの字嫌い』自体がそういう噺だということなのかもしれませんが、
談志師匠の『よかちょろ』のあの感じ
(「分かっていないということが分かっているという、
 それこそがまさに分かっていないってことなんですよ」的な言い回し)
を思い出します。

★雲助 『辰巳の辻占』
雲助師匠は、本日の主任=馬石師匠のお師匠さんです。
あの優しそうな笑顔……たまりません!
(馬石師匠によると、実際にお優しい方なんだそうです。)
ところで、『辰巳の辻占』を聴くと
“ミニ『品川心中』”というキャッチコピーが思い浮かぶのは私だけ?
この噺を聴く度に、いつも“辻占菓子”を食べたくなります。
小さいころ、近所の駄菓子屋で何度か食べたような記憶があるなあ。
あれは単なるフォーチュン・クッキーだったろうか?

★小円歌
いつお見かけしてもお美しい小円歌師匠……。
本日の“今は亡き”名人出囃子生演奏は、5代目小さん師匠、
志ん朝師匠、志ん生師匠、
三平師匠(初代も2代目も『祭囃子』)でした。
なお、高田文夫先生=藤志楼師匠の出囃子も『祭囃子』です。
蛇足ですが。
そして、最後には寄席の踊り『かっぽれ』。
こんなに躍動的な『かっぽれ』は初めて見た! ビューティフル!
大学卒業したての前座さん(男性)を指しての、
本日の小円歌師匠の金言。
「男の子を見て『かわいい』と思うようになったら、女はおしまいね」。
……我が人生訓とします。

★馬石 『柳田格之進』
「待ってましたッ!」というかけ声の中、トリの馬石師匠が登場。
林家しん平監督の映画『落語物語』(2011年公開)に
キザな若手真打役(だいぶハードな役)で出演した馬石師匠ですが、
落語界入りする前は、実際に舞台俳優として活動なさっていました。
馬石師匠は、映画『落語物語』の撮影用に
『柳田格之進』の特定の場面だけ憶えたそうですが、
しん平師匠から「どうせだから全部憶えちゃえよ!」と言われ、
この『柳田格之進』という噺をマスターしたとのこと。
最初、馬石師匠は誰に『柳田――』を習おうか考えて、
自らのお師匠さんである雲助師匠に稽古を頼んだそうですが、
実は雲助師匠はこの噺が嫌いで、持ちネタではなかったそうです。
そこで、「師匠!
 師匠がこの噺を一度憶えて、私に稽古をつけてください!」
と頼んだそうですが、もちろん断られ(笑)、
馬石師匠自ら『柳田格之進』を組み立て直しました。
では、馬石師匠がこの噺をどう組み立てたのかというと、
完璧な善人も完璧な悪人もこの噺には出さず、
それぞれの個人の中に両立して存在している
「ピュアさ」と「セコさ」を同時に表現する噺として
組み立て直したように、私は感じます。
敬愛する友人を想う気持ち(“万屋”の主人←→柳田格之進)、
主人を想う気持ち(番頭→主人)、使用人を想う気持ち(主人→番頭)、
そして、かけがえのない親を、娘を想う気持ち(柳田格之進←→お絹)。
気持ちの中には「ポジティヴ」「ネガティヴ」両方の感情があり、
そのどちらの感情が重たくなるかで、
気持ちは瞬時にグラついてしまいます。
もはや、どんな気持ちが「正解」なのか分からない。
いや、そもそも「正解」なんてないのかもしれない。
気持ちの中には割り切れない部分がありますが、
割り切れないこともあるということを理解しておくと
その点では割り切ることができるし、
ほんのちょっとだけ心が軽くなる。
それが“等身大の人間”というものだから――。
馬石師匠の『柳田格之進』は、
そんな“等身大の人間”の心情を見事に描いていると思いました。



――『柳田格之進』の登場人物は、
とりわけ馬石版において、誰しもが“分かりやすい善人”とか
“分かりやすい悪人”とかではないので、
それだけこの噺は難しい噺だという言い方ができるかもしれません。
場合によっては、そういう“キャラ設定が分かりやすくない”物語は
完成度の低い物語になることがあるからです。

多くの落語家さんが『柳田格之進』を難しい噺だと捉えてきた中、
馬石師匠は、この噺を“人間”の噺として実に見事に再構築しました。
マザー・テレサのように“分かりやすい善人”でもなければ
極悪殺人犯のように“分かりにくい悪人”でもない“等身大の人間”は、
実は、マザー・テレサの要素も、極悪殺人犯の要素も
自分自身の中に併せ持っています。

そのバランスを取りながら、そしてたまにバランスを乱しながら、
すべての個人は生き続けている。
人はみな誰しも、根っから悪気があって生きているわけじゃない。
バランスの取り方にみんな悩みながら、
苦しみながら生きているのです。

そのことを迫力たっぷりに表現しているから、
馬石師匠の『柳田格之進』は
現代人の胸にダイレクトに届く噺となっています。
隅田川馬石師匠の『柳田格之進』――文句なしに素晴らしい高座でした。
posted at 23:59 | Comment(0) | TB(0) | 落語・笑い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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