2011年01月31日

「静かな笑い」はどこから生まれる? 三三&ナオユキ二人会


今日は、下北沢・北沢タウンホールで開かれた
『柳家三三、ナオユキ ふたりぽっち2』へ行ってきました。
落語界の若き名人・柳家三三師匠と
大阪を代表するベテランピン芸人・ナオユキさんによる二人会です。
昨年(2010年)4月に第1回が行われ、好評に応えて、今回は2回目。

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まずは、舞台上手にナオユキさんが“お客”として椅子に座っていて、
下手に三三師匠が“バーテンダー”として立っています。
“お客とバーテンダー”、2人による即興コント。
静かに、しかしパンチのある言葉のかけ合いが続きます。
たまーに、素に戻る部分もあったりして、本当に楽しいコントでした。
三三師匠の「『三三』っていう落語家は中途半端じゃありませんか?
 喬太郎ほど爆発力があるわけでもなく、
 白酒ほど毒が吐けるわけでもなく、
 談春ほど上手いわけでもなく……」という言葉には場内爆笑。
お二人とも本当に芸達者だな、と実感した瞬間です。

その後は、ナオユキさんによる漫談。
見事、今年の『R-1ぐらんぷり』決勝戦進出を決めたナオユキさん。
ボツボツと、日常に潜む笑いをつぶやいていきます。
聴けば聴くほどクセになる面白さ。
グイグイとナオユキワールドに引き込まれていくのです。
ナオユキさんのしゃべりを聴いていることが脳に心地よく、
毒舌ジョークが続いても、その裏に人間的な優しさがあるので、
心も次第に温まる。
ずーっとこのままナオユキさんの漫談を聴いていたい、
そんな時間でした。

続いて登場したのが、三三師匠。
かなり長いあいだ出囃子が鳴った後、
ようやく幕が開き登場した三三師匠。
「本当にお待たせしました」。
なんでも、ナオユキさんの出番後、
舞台に高座を設置するのに時間がかかってしまったとのこと。
こうなることが予想されていたので、三三師匠は公演スタッフに
「高座設置時にイヤらしいBGMを流して、
 それすら見せてしまう『設置ショー』にしてしまってはどうか?」
と提案したそうですが、無言で却下されたそうです(笑)。
そんな三三師匠がかけたのは、『だくだく』。
シュールな落語でありながら、
やっぱりこれも人間のおかしさ、可愛さを現す落語です。

そして、15分間の休憩。
会場BGMには、アフリカ系の音楽(?)が流れていました。
客層は、若い人もチラホラいながら、
おじさんやおばさん、お年寄りも多く、
なんとも安心感のある客層。
この二人の芸達者を支えているお客さんの幅の広さを実感しました。



その後、幕が開いて、まずはナオユキさん。
『R-1ぐらんぷり』決勝進出者発表の舞台裏エピソードから、
自然な流れでネタ(漫談)に。
やっぱり、聴けば聴くほど面白い、噛めば噛むほど面白い、
裏打ちされた悲しくも笑える話芸に、魅せられ続けました。

そして、トリは三三師匠で『夢金』。
いやー、これが本当によかった!
もともと私が
「夢オチ」の作品に並々ならぬ思い入れがあるのを差し引いても、
三三師匠の江戸前な笑いは聴いていて本当に心地よく、
古典落語のキャラクターが、いきいきと表現されていました。
いま、三三師匠は「若き名人」と形容するのが実にふさわしい。
脂のノった落語家さんで、これからも追っかけていこうと思います。



私はお二人ともかねてより大好きな芸人さんなのですが、
芸風も共通している点が多い。
「静かな笑い」「落ち着いた笑い」という点です。
たしかに、お二人ともうるさくしゃべるような芸風ではなく、
落ち着いた声で、言葉を選んで話をされます。
それでいて、しっかりと爆笑をつかむのは、
お二人が優れた話芸の持ち主であることのなによりの証拠でしょう。

ただ「落ち着いている」だけでなく、
そのキャラクターの背景には「ロック魂」とでも表現できるような、
強烈な風刺精神があるような気もします。
なのに二人とも、人間の悲しさをどこかで背負っている。
その悲しさは「悲劇」ではなく、
あくまで「喜劇」としての悲しさです。
悲しい話を悲しく話すのは誰だってできるけど、
笑える話にして話すっていうのは、
ロックな精神とたしかな話芸がないと出来ないものね。

ナオユキさんも三三師匠も、素晴らしい芸人さんです。
「素晴らしい」とは、面白いということ、
そして、この人でしか出せない絶妙なカラーを持っているということ。
これからも、お二人のライブを見続けていきます。
そして、ナオユキさん、『R-1』決勝戦頑張って下さい!

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個人的に嬉しかったはなし。
終演後、会場の外で、帰り際の初老の男性が
「三三は、どこか若いころの談志に似てきたね」
と話していらっしゃって、
私は「まさに!」と思いました。

三三師匠は新作落語はやらず、古典落語一本の落語家さん。
新作落語を愛する私が三三師匠にハマっているのは
どこか妙だと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、
私は三三師匠の落語に、やや過激な落語の面白さを強く感じるのです。
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2011年01月18日

談志がいる、談志がいた


今日は、新宿・紀伊國屋ホールで開かれた
『立川談志の会
 「GOTO DVD BOOK 談志が帰ってきた夜」刊行記念落語会』へ
行ってきました。

梧桐書院から本日発売されたDVDブックの刊行を記念しての落語会です。

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紀伊國屋ホールは、若かりし頃の家元が
『談志ひとり会』を毎月実施していた場所でもあります。
その紀伊國屋ホールに家元が帰ってくる!
――ということで、運良く購入できたチケットを片手に行って参りました。

談志師匠の高座を拝見するのは、人生2度目。
1度目は私にとってはだいぶ昔、まだ私が子どもだった頃のことです。
今は亡き『東西落語研鑽会』に家元が特別出演した回でした。
たしか演目は『松曳き』だったと思います。
でも、残念ながらその時の記憶はほとんどないので、
今回が私にとっては初めての「生談志」体験のようなもの。

とても楽しみであったと同時に、
「家元は大丈夫だろうか…… いらっしゃるだろうか……」
という一抹の不安を感じながら、紀伊國屋ホールに到着。
すでに客席は異様な緊張感に包まれています。
これまで足を運んできた落語会とはちょっと違った雰囲気。
そんな中、ついに落語会が始まるのですが……。



★立川平林 『平林』

開口一番に登場したのは、落語立川流二ツ目・平林さん。
入院中の家元のお見舞いに伺うにあたって
「なにか持っていかなければ」と思った平林さんは、
熟慮の結果、プチトマトやところてんを持っていったとのこと。
そうしたら、家元はそれらをたいらげ、
「お前はムダがない」と平林さんを褒めたのだそうです。
さらに、電話でおかみさんにまで
「平林がいいものを持ってきてくれた」とご報告。
――この成功体験を受けて、平林さんは後日、
「今度はこれを持っていこう」とキンカンを持っていきました。
家元に「キンカンです」と差し出したら、
「いらない」と言われてしまった平林さん。
何事もなかったかのように、さっとキンカンを隠したそうです。

そんな平林さん(どんなだ)が本日高座にかけたのは、
師匠から初めて教わった噺だという『平林』。
実に平林さんらしい――というか、名前そのままのネタです。
独自のアレンジも施され、風刺もメタ視線も効いていました。
平林さんは、見どころのある面白い落語家さんです。
これからもう少し意識的に注目していこうと思いました。



★松元ヒロ

続いて登場したのは、スタンダップコメディアンの松元ヒロさん。
家元お気に入りの芸人で、もはや「立川一門」とも言うべき人物。
「客席が緊張感に覆われている」というギャグ(状況説明?)のあと、
世相に斬り込む、やや過激な漫談を展開しました。
ネタにする対象は、民主党政権から右翼団体、
石原都知事、さらには禁断のKOU-SHITSUまで……。

「もはや怖いものなし?」と思いきや、
客席でガサゴソする客を「刺客」だと勘違いし慌てる一幕も。
談志師匠の落語会で石原都知事をネタにする勇気に感動。
話術が本当に素晴らしい、貴重な芸人さんだと思います。



★立川談笑 『片棒・改』

仲入り前に登場したのは、私のスーパースター・談笑師匠。
今日の私は、会場を訪れる前、
もし今日談志師匠が会場にいらっしゃらなくても、
談笑師匠の落語を見られるだけでよしとしよう……と思って
紀伊國屋ホールにやってきたので、ある意味“お目当て”。
場合によっては、本日“唯一”になるかもしれないお目当て。
しかし、マクラの冒頭、談笑師匠から
「朗報です。先ほど、談志師匠が楽屋入りしました」
というアナウンスがありました。
ホッと一安心する客席。談笑師匠が続けます。
「でもまだ安心してはいけません。
 私の落語を聴いてお帰りになる可能性があります」。

今日、談笑師匠がお演りになったのは、
ケチな親父の葬式プランを考える三兄弟の噺『片棒』です。
といっても、もちろんそこは談笑師匠。
現代流とも独自流とも言い表せられないような、
「談笑流」としか言い様がないぶっ飛んだ世界観が展開されました。
なにしろ、三兄弟「金」「銀」「鉄」のキャラ設定がすごい。
「金」はオカマ、「銀」はハリウッドかぶれ、「鉄」はユダヤ人。
こんなオチになるとは誰も予想できない噺の展開です。
開口一番の平林さんも発想力豊かだと思いましたが、
談笑師匠はよりハイレベルな“落語パレード”を魅せてくれました。


  〜仲入り〜


★立川談志 『羽団扇』『落語チャンチャカチャン』

15分間の休憩が終わり、仲入り後の開演ブザーが鳴りますが、
なかなか出囃子が始まらない。
その間、「どうしたのか」とは思いつつも、
誰も喋ることのできない静まり返った客席。
しばらく経って出囃子が鳴り始めたときの安心感たるや、
言葉では言い表せないものがありました。
しかしその出囃子に乗って出てくるのは家元ですから、
安心してもいられない。
さあ、いよいよお待ちかね、立川談志師匠の登場です――。

「体調は良い。声さえ出ればいいのだが……」と語り出した家元。
たしかにガラガラ声で、喉の調子は良くなさそうですが、
「あの談志が目の前で喋っている」というだけで十分というものです。
「和田勉が死んだけど、ダジャレばっか言ってる奴で大嫌いだった」
というご挨拶(?)のあと、先日NHKで紹介したというジョークを披露。
「ハリウッドでヤギが映画の台本を食べた。
 そうしたらヤギが言ったそうだ。『原作のほうが美味かった』」。
笑いのあるマクラで次第に客席の緊張はほぐれ、
「生談志」を目の前にしての喜びと幸せの感情が渦を巻きます。

さて、家元が登場したのは嬉しいが、はたして今日は噺に入るのか。
「仮に家元の落語を聴けなかったとしても、
 生で家元を見られただけで満足としよう」
と思っていましたが、家元はやってくれました、落語を。
何しろ、「家では暇なので落語の稽古ばかりしている」のだそう。
「この間なんか、かみさんを前に『火事息子』を一席やっちゃってね」。

「噺の途中、咳が出ないことだけを祈ります」と話した後、
今夜、談志師匠が高座にかけたのは『羽団扇』という古典落語。
『天狗裁き』のロングバージョンとでもいうべき噺で
(正確には『羽団扇』の短縮版が『天狗裁き』なんでしょうけど)、
私の大好きな、知的好奇心をくすぐらされる噺です。
俗な言い方をすれば「SF落語」とも呼べる「夢」がテーマの噺で、
しかも「夢オチ」が上手く使われている。
私が「夢オチ」偏執狂であることを考えてみると、
『羽団扇』を談志師匠で聴けたというのは運命的なことでした。

それにしても、どうして家元の噺に出てくる「おかみさん=女房」は、
あんなにも可愛らしいのだろう。
色っぽいとか艶っぽいではなく、可愛らしい。人間として可愛らしい。
キュンとしてしまいます。
ちなみに、途中にあった「昨日、朝鮮人が『笑点』に出ている夢を見た」
というクスグリには爆笑してしまいました。

『羽団扇』のサゲを言ったあと、追い出し太鼓の音が鳴り始めますが、
下座に手で合図し、太鼓を止めさせる談志師匠。
「まだ(終わるの)早いか……?」という師匠の言葉に、場内大拍手。
「じゃあ、『落語チャンチャカチャン』をやっておしまい」と、
様々な名作古典落語を“イリュージョン”的に一つの噺にまとめた
自作の『落語チャンチャカチャン』を一席演じてくれました。
次々と出てくる、有名な噺の有名な文句。
落語を愛し、落語を冷静に分析する家元だからこそ演れる一席です。

『落語チャンチャカチャン』の世界ははてしなく広がるので、
「もうキリがないから、最後にジョークを言っておしまい」と家元。
「兄と妹が関係を持つようになってしまった。
 ヤってるとき、兄が妹に言った。『お前は母さんよりいいよ』。
 そうしたら、妹が言った。『お父さんもそう言ってた』」。
最後は家元らしく、秀逸なブラックジョークでまとめたのでした。

……これで本当に終わりかと思いきや、ここでおしゃべりを少し。
どうやら、本日の家元は絶好調のようです。
「なにか言い残したことはないか……。
 キウイが真打ちになる。談大が死んだ。
 ……キウイが死ねばよかったのになあ」。これには客席爆笑。
さらに、自宅で映画のビデオを観たり、
睡眠薬を飲んだりする日々の暮らしについても話してくれました。
そんな毎日の中で、時折出演する落語会。
きっと家元は、こうやって人前で話すことが大好きなんだろうなあ。
そして、私たち(?)若い世代に向けてのメッセージもありました。
「談志が真打ちになった後に生まれた子も多いんだろう。
 談志が生きているときの高座を見られた。若い子、これは貴重です。
 若い子はいいね。これから先、まだ生きられる」。
最後には「あけましておめでとうございまァーす!」と締め、
今度こそ緞帳が下り始めました。
幕が下りる瞬間、家元は客席に向かって一度だけ小さく手を振っていました。



――そんなこんなで、無事に(?)終わった『立川談志の会』。
家元の落語を本格的に聴くようになってからは
初めての「生談志」体験でしたが、
会が終わり、帰路の電車に乗っている時も私の夢見心地は続きました。
師匠の高座の時間は、おそらくは他の客にとっても
気が狂いそうになるほどの喜びを感じられる時間だったはずです。

考えてみれば、
あれだけ集中して観た・聴いた高座はこれが初めてかもしれない。
というぐらい、私は食い入るように家元の高座を見つめていました。
一切の邪念が入らず、ただただ目の前の名人の話を聴く。
普段は“意識して”拍手をしたりするのですが、今日、家元を前にしては、
完全に無意識に、自然に拍手をしている自分に気が付きました。
そして家元の一挙手一投足に笑い、聴き入りました。
「一言一句たりとも聴き逃してはならない」という感情が、
自然に私を支配していたのです。
感覚としては、神様にお祈りをする瞬間のキリスト教徒に近い。
となると、もはやこれは信仰だな……。

今夜、私は、
立川談志という稀代の芸術家と同じ時代を生きられたことに感謝しました。
この世に神はいなくとも、立川談志がいる。
それだけで十分です。


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2011年01月05日

今年も正月興行で「ヨネスケDNA」に興奮


明けましておめでとうございます。
今年も、私の奇行を大いに笑って下さりますよう、よろしくお願いします。

さて、今日は新宿・末廣亭へ行ってきました。
昨年から勝手に年始行事となりました、私と友人による寄席見学。
私が誰かと一緒に寄席の定席に行くのは、これが人生2度目。
(昨年友人と行ったのは、ちょうど1年前の時だけでした)

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昨年同様、この時期(元日〜1月10日)の寄席は
「正月興行」ということで、特別プログラム。
いつもは「昼の部」「夜の部」の二部構成なのですが、
この10日間だけは「第一部」「第二部」「第三部」の三部構成なのです。

そして、各部ごとの出演者もほぼ倍増しており、
ここだけの話、通常では考えられないような豪華な顔ぶれがご出演。

昨年と同じく、私たちが行ったのは
今年も「第二部」(午後2時30分〜5時30分)で
ある意味、一番「目玉」である時間帯といえるかもしれません。

ちなみに、会場はビッシリと客席が埋まった大入り満員で、
末廣亭の前に着いたのが開場30分ほど前だったのですが、
昨年同様、やはり相当の長蛇の列が出来ていました。
(※昨年の正月興行レポは、こちら



寄席は「落語協会」と「落語芸術協会」が交代で興行しているのですが、
末廣亭の正月興行は、落語芸術協会が担当しており、今年も、
基本的には、昨年の正月興行時と変わらないメンバーが出演しました。

主任(トリ)は、『笑点』でおなじみの桂歌丸師匠ですが、
私のお目当ては歌丸師匠にとどまらず、
三遊亭小遊三師匠、春風亭昇太師匠、
そして! 「ヨネスケ」としておなじみの桂米助師匠!

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こんなにスターが出演する寄席が楽しめるのも、
正月興行ならではですね。
それでは早速、本日のプログラムをご紹介しましょう。



 <本日の演目>

開口一番:(前座) 鏡味味千代
落語:昔昔亭笑海
バイオリン漫談:マグナム小林
落語:三遊亭遊喜
落語:三遊亭遊史郎
漫才:新山ひでや・やすこ
落語:三遊亭圓丸 『町内の若い衆』
落語:三遊亭右京
落語:柳亭楽輔
奇術:松旭斉八重子・プラスワン
落語:春風亭昇太 『時そば(時うどん風)』
落語:三遊亭小遊三 『六尺棒』

 〜お仲入り〜

落語:桂歌蔵
落語:柳家蝠丸
動物ものまね:江戸家まねき猫
落語:桂歌春
落語:桂米助 『猫と金魚』
太神楽曲芸:鏡味正二郎
落語:(主任) 桂歌丸 『鍋草履』



正月興行は出演者も多いため、持ち時間が少なく、
「マクラ」(噺に入るまでのフリートーク部分)だけで高座を降りてしまう
落語家さんが多いのですが、昨年(2010年)1月5日と比べると、
今日の寄席は「噺」がたくさん聴けました。

中でも、昨年は「マクラ」のみだった
小遊三師匠と昇太師匠の「噺」が聴けたことに、それなりの満足感。

昇太師匠は、『時そば』という超スタンダードな落語を
『時そば』の上方風(関西風)ともいえる
『時うどん』形式で演じていらっしゃいました。
こんなこと書くと、「お前は矢口真理か」とツッコまれそうですが、
実は私も、『時そば』は上方版のほうが面白いなーと思っていたのです。
だから、もし私が『時そば』をやる時は、
上方版(『時うどん』風)でやろうと以前から決めています。
それだけに、
大好きな昇太師匠が上方版『時そば』をやっていたのは嬉しかったです。

昇太師匠の後に中トリで登場した小遊三師匠は、
マクラで「今朝、
 『時そば』をやるつもりだったのに先を越されてしまった」
と語り、爆笑を誘っていました。
「なので、今日は落語はなし!」という展開で
マクラだけで終わりかと思いきや、
『六尺棒』という、親子を描いた滑稽話を演じてくれました。
私はこの話も個人的には好きな噺です。
小遊三師匠なりのアレンジも入っていて、
そして何より耳に心地よい江戸弁で、とても面白かったです。

その他、前半で印象に残った落語家さんは、
宇宙関連(「はやぶさ」とか)のネタを話していらした右京師匠、
代演で登場ながらも爆笑をかっさらっていた楽輔師匠など。
普段はあまり存じ上げない落語家さんを楽しめるのも、
寄席の醍醐味です。



仲入り後、後半に登場した噺家さん。
蝠丸師匠や歌春師匠といった
独特のキャラクターを持つ落語家さんの出番の後、
ついに登場! 私のお目当て、米助師匠です。
定番の『突撃!隣の晩ごはん』ネタのマクラの後、
なんと高座で演じていらっしゃったのは『猫と金魚』。
私が昨年(2010年)11月の「欅祭」で高座にかけた噺です。
(詳しくはこちら

私は米助師匠の『猫と金魚』を昨年の正月興行で拝見して感激し、
「自分が落語を初めてやるときは、
 絶対『猫と金魚』をやろう!」と決意しました。
つまり、今日見た米助師匠の『猫と金魚』は、
昨年も見たネタだったのですが、むしろ個人的には
また「思い出の一席」をやってくれたことに興奮しました。
「番頭さん、番頭さん」という噺の入りを聴いて、
思わず私、ニターッとした顔に。

以前、Twitter
米助師匠に
「師匠の『猫と金魚』が大好きです」みたいなメッセージを送って、
米助師匠から
「また寄席に遊びに来て下さい」みたいなご返信をいただいたのですが、
まるで私が今日お邪魔するのを米助師匠、ご存知だったかのごとく、
今年も私がいる日に『猫と金魚』をやってくれました。
しかも、昨年のものに新たなギャグを追加しての『猫と金魚』改訂版。
そしてなんと、
私が「欅祭」でぶち込んだ「東京スカイツリー」を使ってのギャグも、
米助師匠は新たに追加していらっしゃいました。

私が敬愛する米助師匠が、
私とおんなじようなネタの発想をしている……。
そう思うと、ビックリするとともに、さらに興奮してしまいました。
私の中に「ヨネスケDNA」が流れていたという事実。
米助師匠が今日やっていらした『猫と金魚』は、
残念ながら時間の都合上、
サゲまで行かず途中で終わってしまったのですが、
新たなギャグを日々どんどん追加していこうという
「ヨネスケDNA」を私も勝手に継承し、
心の師匠として追っかけ続けてまいりたいと思います。

昨年末に録画した、NHKテレビ『日本の話芸』での
米助師匠『天覧試合』はまだ見ていないのですが、
これから見るのが楽しみ。
ああ、本当に米助師匠が大好きだー。
知らないところで、
私と米助師匠をつないでくれた「東京スカイツリー」にも感謝。
これから私が『猫と金魚』で「スカイツリー」ギャグをやる時は
米助師匠のパクリだと思われそうだけど、
これはそれを聴く前に思いついたものなのよ。
……なんていちいち注釈付けてたら、
もはや何のために落語をやるのか分からない。



トリの歌丸師匠も、実は、私が
昨年の正月興行(2010年1月5日)で拝見した噺と同じ噺でした(笑)。
この事実、歌丸師匠ご本人は知るはずもない。
歌丸師匠の毒舌満載のマクラ、
飄々としたリアクションが楽しい『鍋草履』、
これぞまさしく現代の名人芸です。

落語というものは、いや、落語に限らないけれど、
こうやってプロがライブでやる芸能には、
必ず「ライブでこそ楽しめる」要素がある。
目の前にお客さんがいて、その空気を生かすも殺すも演者次第。
そこに模範解答なんてない。
そこが、演劇と演芸の違いなのかもしれません。
「頑張ったんだけど、笑いがとれなかった」で安住していては、
プロではないものねえ。

他人からプロと見初められた時、
私はプロを名乗る資格を持つのだと思うけど、
せめて気持ちだけではプロでありたい。
そんなことを感じた、歌丸師匠の「芸」でした。

「芸」ということでいえば、
バイオリン漫談のマグナム小林さん、
動物ものまねの江戸家まねき猫さんも大変素晴らしく、
これぞ芸人!と感じました。
マグナム小林さんのバイオリンを弾きながらのタップダンスは、
「この人にしかできない」という意味で正真正銘の「芸」です。
江戸家まねき猫さんによる、今年の干支「ナキウサギ」の鳴きマネも
年の初めに聴いて縁起のよい、本当に楽しいものでした。



帰り道、伊勢丹のデパ地下に寄ったりした後、
ビックカメラの店頭に「iPad」が置いてあったので、
その「iPad」をちょっといじってきました。

インターネットのトップページが「Yahoo!JAPAN」になっていたので、
「こりゃ味気ないな」と思い、
トップページを「Mi.ch」のトップページに変更しました。

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そうしたら数十秒後に、
その「iPad」のところにOL風の若い女性がやって来て、
「iPad」をいじり始めました。
当然、トップページは「Mi.ch」のままのわけですが、
その女性はページを変えることなく、
「Mi.ch」に書かれていた文章をただひたすら黙読していました。
指でスクロールしながら、ただひたすら黙読していました。
見た感じ、「採用情報ページ」と
「『こちらSRC幼稚園』制作発表ページ」に興味を持っているようでした。

私は、それを少し遠くで見ながら、一人爆笑していました。
一緒に行った友人からは少し叱られましたが、私は爆笑を続けました。
私が笑い続けているあいだも、
その女性は「Mi.ch」に書かれている文章を読み続けていました。

真顔で。
じっくりと。
黙読。

この女性が、どういう気持ちで
この「Mi.ch」のホームページを読み進めていたのかは、
今となっては謎のままです。
おそらく普通に生きていれば、
死ぬまで知ることもなかった「Mi.ch」の存在を、
電器屋の「iPad」コーナーで知ることとなったOL風の女性。
その時間、そこは、
「iPad」コーナーというより、「Mi.ch」コーナーになっていました。

ビックカメラ新宿東口店さん、ご協力ありがとうございました。

(それから約10分後、
 「iPad」コーナーに再び行くと、そこにその女性の姿はなく、
 「Mi.ch」のトップページも、店員さんによって閉じられていました。)

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