2011年01月31日

「静かな笑い」はどこから生まれる? 三三&ナオユキ二人会


今日は、下北沢・北沢タウンホールで開かれた
『柳家三三、ナオユキ ふたりぽっち2』へ行ってきました。
落語界の若き名人・柳家三三師匠と
大阪を代表するベテランピン芸人・ナオユキさんによる二人会です。
昨年(2010年)4月に第1回が行われ、好評に応えて、今回は2回目。

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まずは、舞台上手にナオユキさんが“お客”として椅子に座っていて、
下手に三三師匠が“バーテンダー”として立っています。
“お客とバーテンダー”、2人による即興コント。
静かに、しかしパンチのある言葉のかけ合いが続きます。
たまーに、素に戻る部分もあったりして、本当に楽しいコントでした。
三三師匠の「『三三』っていう落語家は中途半端じゃありませんか?
 喬太郎ほど爆発力があるわけでもなく、
 白酒ほど毒が吐けるわけでもなく、
 談春ほど上手いわけでもなく……」という言葉には場内爆笑。
お二人とも本当に芸達者だな、と実感した瞬間です。

その後は、ナオユキさんによる漫談。
見事、今年の『R-1ぐらんぷり』決勝戦進出を決めたナオユキさん。
ボツボツと、日常に潜む笑いをつぶやいていきます。
聴けば聴くほどクセになる面白さ。
グイグイとナオユキワールドに引き込まれていくのです。
ナオユキさんのしゃべりを聴いていることが脳に心地よく、
毒舌ジョークが続いても、その裏に人間的な優しさがあるので、
心も次第に温まる。
ずーっとこのままナオユキさんの漫談を聴いていたい、
そんな時間でした。

続いて登場したのが、三三師匠。
かなり長いあいだ出囃子が鳴った後、
ようやく幕が開き登場した三三師匠。
「本当にお待たせしました」。
なんでも、ナオユキさんの出番後、
舞台に高座を設置するのに時間がかかってしまったとのこと。
こうなることが予想されていたので、三三師匠は公演スタッフに
「高座設置時にイヤらしいBGMを流して、
 それすら見せてしまう『設置ショー』にしてしまってはどうか?」
と提案したそうですが、無言で却下されたそうです(笑)。
そんな三三師匠がかけたのは、『だくだく』。
シュールな落語でありながら、
やっぱりこれも人間のおかしさ、可愛さを現す落語です。

そして、15分間の休憩。
会場BGMには、アフリカ系の音楽(?)が流れていました。
客層は、若い人もチラホラいながら、
おじさんやおばさん、お年寄りも多く、
なんとも安心感のある客層。
この二人の芸達者を支えているお客さんの幅の広さを実感しました。



その後、幕が開いて、まずはナオユキさん。
『R-1ぐらんぷり』決勝進出者発表の舞台裏エピソードから、
自然な流れでネタ(漫談)に。
やっぱり、聴けば聴くほど面白い、噛めば噛むほど面白い、
裏打ちされた悲しくも笑える話芸に、魅せられ続けました。

そして、トリは三三師匠で『夢金』。
いやー、これが本当によかった!
もともと私が
「夢オチ」の作品に並々ならぬ思い入れがあるのを差し引いても、
三三師匠の江戸前な笑いは聴いていて本当に心地よく、
古典落語のキャラクターが、いきいきと表現されていました。
いま、三三師匠は「若き名人」と形容するのが実にふさわしい。
脂のノった落語家さんで、これからも追っかけていこうと思います。



私はお二人ともかねてより大好きな芸人さんなのですが、
芸風も共通している点が多い。
「静かな笑い」「落ち着いた笑い」という点です。
たしかに、お二人ともうるさくしゃべるような芸風ではなく、
落ち着いた声で、言葉を選んで話をされます。
それでいて、しっかりと爆笑をつかむのは、
お二人が優れた話芸の持ち主であることのなによりの証拠でしょう。

ただ「落ち着いている」だけでなく、
そのキャラクターの背景には「ロック魂」とでも表現できるような、
強烈な風刺精神があるような気もします。
なのに二人とも、人間の悲しさをどこかで背負っている。
その悲しさは「悲劇」ではなく、
あくまで「喜劇」としての悲しさです。
悲しい話を悲しく話すのは誰だってできるけど、
笑える話にして話すっていうのは、
ロックな精神とたしかな話芸がないと出来ないものね。

ナオユキさんも三三師匠も、素晴らしい芸人さんです。
「素晴らしい」とは、面白いということ、
そして、この人でしか出せない絶妙なカラーを持っているということ。
これからも、お二人のライブを見続けていきます。
そして、ナオユキさん、『R-1』決勝戦頑張って下さい!

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個人的に嬉しかったはなし。
終演後、会場の外で、帰り際の初老の男性が
「三三は、どこか若いころの談志に似てきたね」
と話していらっしゃって、
私は「まさに!」と思いました。

三三師匠は新作落語はやらず、古典落語一本の落語家さん。
新作落語を愛する私が三三師匠にハマっているのは
どこか妙だと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、
私は三三師匠の落語に、やや過激な落語の面白さを強く感じるのです。
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2011年01月18日

談志がいる、談志がいた


今日は、新宿・紀伊國屋ホールで開かれた
『立川談志の会
 「GOTO DVD BOOK 談志が帰ってきた夜」刊行記念落語会』へ
行ってきました。

梧桐書院から本日発売されたDVDブックの刊行を記念しての落語会です。

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紀伊國屋ホールは、若かりし頃の家元が
『談志ひとり会』を毎月実施していた場所でもあります。
その紀伊國屋ホールに家元が帰ってくる!
――ということで、運良く購入できたチケットを片手に行って参りました。

談志師匠の高座を拝見するのは、人生2度目。
1度目は私にとってはだいぶ昔、まだ私が子どもだった頃のことです。
今は亡き『東西落語研鑽会』に家元が特別出演した回でした。
たしか演目は『松曳き』だったと思います。
でも、残念ながらその時の記憶はほとんどないので、
今回が私にとっては初めての「生談志」体験のようなもの。

とても楽しみであったと同時に、
「家元は大丈夫だろうか…… いらっしゃるだろうか……」
という一抹の不安を感じながら、紀伊國屋ホールに到着。
すでに客席は異様な緊張感に包まれています。
これまで足を運んできた落語会とはちょっと違った雰囲気。
そんな中、ついに落語会が始まるのですが……。



★立川平林 『平林』

開口一番に登場したのは、落語立川流二ツ目・平林さん。
入院中の家元のお見舞いに伺うにあたって
「なにか持っていかなければ」と思った平林さんは、
熟慮の結果、プチトマトやところてんを持っていったとのこと。
そうしたら、家元はそれらをたいらげ、
「お前はムダがない」と平林さんを褒めたのだそうです。
さらに、電話でおかみさんにまで
「平林がいいものを持ってきてくれた」とご報告。
――この成功体験を受けて、平林さんは後日、
「今度はこれを持っていこう」とキンカンを持っていきました。
家元に「キンカンです」と差し出したら、
「いらない」と言われてしまった平林さん。
何事もなかったかのように、さっとキンカンを隠したそうです。

そんな平林さん(どんなだ)が本日高座にかけたのは、
師匠から初めて教わった噺だという『平林』。
実に平林さんらしい――というか、名前そのままのネタです。
独自のアレンジも施され、風刺もメタ視線も効いていました。
平林さんは、見どころのある面白い落語家さんです。
これからもう少し意識的に注目していこうと思いました。



★松元ヒロ

続いて登場したのは、スタンダップコメディアンの松元ヒロさん。
家元お気に入りの芸人で、もはや「立川一門」とも言うべき人物。
「客席が緊張感に覆われている」というギャグ(状況説明?)のあと、
世相に斬り込む、やや過激な漫談を展開しました。
ネタにする対象は、民主党政権から右翼団体、
石原都知事、さらには禁断のKOU-SHITSUまで……。

「もはや怖いものなし?」と思いきや、
客席でガサゴソする客を「刺客」だと勘違いし慌てる一幕も。
談志師匠の落語会で石原都知事をネタにする勇気に感動。
話術が本当に素晴らしい、貴重な芸人さんだと思います。



★立川談笑 『片棒・改』

仲入り前に登場したのは、私のスーパースター・談笑師匠。
今日の私は、会場を訪れる前、
もし今日談志師匠が会場にいらっしゃらなくても、
談笑師匠の落語を見られるだけでよしとしよう……と思って
紀伊國屋ホールにやってきたので、ある意味“お目当て”。
場合によっては、本日“唯一”になるかもしれないお目当て。
しかし、マクラの冒頭、談笑師匠から
「朗報です。先ほど、談志師匠が楽屋入りしました」
というアナウンスがありました。
ホッと一安心する客席。談笑師匠が続けます。
「でもまだ安心してはいけません。
 私の落語を聴いてお帰りになる可能性があります」。

今日、談笑師匠がお演りになったのは、
ケチな親父の葬式プランを考える三兄弟の噺『片棒』です。
といっても、もちろんそこは談笑師匠。
現代流とも独自流とも言い表せられないような、
「談笑流」としか言い様がないぶっ飛んだ世界観が展開されました。
なにしろ、三兄弟「金」「銀」「鉄」のキャラ設定がすごい。
「金」はオカマ、「銀」はハリウッドかぶれ、「鉄」はユダヤ人。
こんなオチになるとは誰も予想できない噺の展開です。
開口一番の平林さんも発想力豊かだと思いましたが、
談笑師匠はよりハイレベルな“落語パレード”を魅せてくれました。


  〜仲入り〜


★立川談志 『羽団扇』『落語チャンチャカチャン』

15分間の休憩が終わり、仲入り後の開演ブザーが鳴りますが、
なかなか出囃子が始まらない。
その間、「どうしたのか」とは思いつつも、
誰も喋ることのできない静まり返った客席。
しばらく経って出囃子が鳴り始めたときの安心感たるや、
言葉では言い表せないものがありました。
しかしその出囃子に乗って出てくるのは家元ですから、
安心してもいられない。
さあ、いよいよお待ちかね、立川談志師匠の登場です――。

「体調は良い。声さえ出ればいいのだが……」と語り出した家元。
たしかにガラガラ声で、喉の調子は良くなさそうですが、
「あの談志が目の前で喋っている」というだけで十分というものです。
「和田勉が死んだけど、ダジャレばっか言ってる奴で大嫌いだった」
というご挨拶(?)のあと、先日NHKで紹介したというジョークを披露。
「ハリウッドでヤギが映画の台本を食べた。
 そうしたらヤギが言ったそうだ。『原作のほうが美味かった』」。
笑いのあるマクラで次第に客席の緊張はほぐれ、
「生談志」を目の前にしての喜びと幸せの感情が渦を巻きます。

さて、家元が登場したのは嬉しいが、はたして今日は噺に入るのか。
「仮に家元の落語を聴けなかったとしても、
 生で家元を見られただけで満足としよう」
と思っていましたが、家元はやってくれました、落語を。
何しろ、「家では暇なので落語の稽古ばかりしている」のだそう。
「この間なんか、かみさんを前に『火事息子』を一席やっちゃってね」。

「噺の途中、咳が出ないことだけを祈ります」と話した後、
今夜、談志師匠が高座にかけたのは『羽団扇』という古典落語。
『天狗裁き』のロングバージョンとでもいうべき噺で
(正確には『羽団扇』の短縮版が『天狗裁き』なんでしょうけど)、
私の大好きな、知的好奇心をくすぐらされる噺です。
俗な言い方をすれば「SF落語」とも呼べる「夢」がテーマの噺で、
しかも「夢オチ」が上手く使われている。
私が「夢オチ」偏執狂であることを考えてみると、
『羽団扇』を談志師匠で聴けたというのは運命的なことでした。

それにしても、どうして家元の噺に出てくる「おかみさん=女房」は、
あんなにも可愛らしいのだろう。
色っぽいとか艶っぽいではなく、可愛らしい。人間として可愛らしい。
キュンとしてしまいます。
ちなみに、途中にあった「昨日、朝鮮人が『笑点』に出ている夢を見た」
というクスグリには爆笑してしまいました。

『羽団扇』のサゲを言ったあと、追い出し太鼓の音が鳴り始めますが、
下座に手で合図し、太鼓を止めさせる談志師匠。
「まだ(終わるの)早いか……?」という師匠の言葉に、場内大拍手。
「じゃあ、『落語チャンチャカチャン』をやっておしまい」と、
様々な名作古典落語を“イリュージョン”的に一つの噺にまとめた
自作の『落語チャンチャカチャン』を一席演じてくれました。
次々と出てくる、有名な噺の有名な文句。
落語を愛し、落語を冷静に分析する家元だからこそ演れる一席です。

『落語チャンチャカチャン』の世界ははてしなく広がるので、
「もうキリがないから、最後にジョークを言っておしまい」と家元。
「兄と妹が関係を持つようになってしまった。
 ヤってるとき、兄が妹に言った。『お前は母さんよりいいよ』。
 そうしたら、妹が言った。『お父さんもそう言ってた』」。
最後は家元らしく、秀逸なブラックジョークでまとめたのでした。

……これで本当に終わりかと思いきや、ここでおしゃべりを少し。
どうやら、本日の家元は絶好調のようです。
「なにか言い残したことはないか……。
 キウイが真打ちになる。談大が死んだ。
 ……キウイが死ねばよかったのになあ」。これには客席爆笑。
さらに、自宅で映画のビデオを観たり、
睡眠薬を飲んだりする日々の暮らしについても話してくれました。
そんな毎日の中で、時折出演する落語会。
きっと家元は、こうやって人前で話すことが大好きなんだろうなあ。
そして、私たち(?)若い世代に向けてのメッセージもありました。
「談志が真打ちになった後に生まれた子も多いんだろう。
 談志が生きているときの高座を見られた。若い子、これは貴重です。
 若い子はいいね。これから先、まだ生きられる」。
最後には「あけましておめでとうございまァーす!」と締め、
今度こそ緞帳が下り始めました。
幕が下りる瞬間、家元は客席に向かって一度だけ小さく手を振っていました。



――そんなこんなで、無事に(?)終わった『立川談志の会』。
家元の落語を本格的に聴くようになってからは
初めての「生談志」体験でしたが、
会が終わり、帰路の電車に乗っている時も私の夢見心地は続きました。
師匠の高座の時間は、おそらくは他の客にとっても
気が狂いそうになるほどの喜びを感じられる時間だったはずです。

考えてみれば、
あれだけ集中して観た・聴いた高座はこれが初めてかもしれない。
というぐらい、私は食い入るように家元の高座を見つめていました。
一切の邪念が入らず、ただただ目の前の名人の話を聴く。
普段は“意識して”拍手をしたりするのですが、今日、家元を前にしては、
完全に無意識に、自然に拍手をしている自分に気が付きました。
そして家元の一挙手一投足に笑い、聴き入りました。
「一言一句たりとも聴き逃してはならない」という感情が、
自然に私を支配していたのです。
感覚としては、神様にお祈りをする瞬間のキリスト教徒に近い。
となると、もはやこれは信仰だな……。

今夜、私は、
立川談志という稀代の芸術家と同じ時代を生きられたことに感謝しました。
この世に神はいなくとも、立川談志がいる。
それだけで十分です。


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2011年01月09日

スベり続けた徳武会新年会


今日は、指定暴力団徳武会の新年会へ行ってきました。
「暴力」といっても、「笑いの暴力」ということで……(?)。

吉祥寺駅前に17時50分集合だったのですが、
ダメ人間の私らしく、案の定遅刻してしまいました。

意味なくどの靴下を履いていこうかとか迷っていると、時間が経ってしまう。
人に靴下など見せるわけがないのに。
「『新年会』だから新年っぽい靴下を……」と思って、何度も履き換えて
「あー、この靴下じゃないかなー」などとやっていたら、20分遅刻ですよ。
それなのに駅前の寒い中、お待ち下さいまして、
喜一さん以下みなさん、失礼いたしました。

ラジオ部関係の方とお会いすることが結構久しぶりだったりするのですが
(テラワロスメンバーは別)、
中でも、シンサク先輩やおいちゃんといった
普段あまり一緒に飲まない方々とゆっくり話せてよかったです。

特に、シンサクさんとは今までで一番親身にお話しいただけた感じ。
私がつまらないギャグでスベりまくっていたところを、
シンサクさんもおいちゃんも優しく(時に厳しく)
回収してくれたので嬉しかったです(笑)。
たまに私のギャグがウケたのも嬉しかったです(って、私は小学生か)。
今年は(今年も?)スベリ芸で攻めて参ります!



さて、ラジオ部の渉外部門では、私は最初はシンサクさん、次にヨーテンの下で
2年間渉外副部長として働かせていただきました。
もし私がラジオ部で渉外をやっていなかったら、
私は早い段階でラジオ部を退部していたかもしれません。
それぐらい、私がラジオ部で活動する中で渉外であったことは重要なことです。
その渉外職に私を誘って下さった(引きずり込んだ!?)シンサクさんと
久々にお話しさせていただき、楽しかったです。

おいちゃんも、初めて会ったときから変な人だと思っていましたが
(私には言われたくないか)、
未だに私と意味のない会話をしてくれるので、精神衛生上、助かっています(笑)。
ガリズム』のパーソナリティとして出演していた時は楽しみにしていましたが、
もっともっとおいちゃんの面白さを引き出す番組が見たいです。
そんなおいちゃんはこの後バイトがあるということで(偉い!)、
一次会終わりにてさようなら……。

ちなみに、一次会には途中から小太刀さんが参戦し、
いつものようにガード固めでご自身の恋愛トークを話して下さいました。
この時、私がだいぶ色々なことをしゃべったので、
結構小太刀さんが怒っているような感じもしました……。
さすがに破門はされないと思いますが、今度仕返しされそうです。

二次会からは、おいちゃんに代わって裕太が参加。
このぐらいの時間から、私は気持ちいい感じに酔って来たので、
トークの中身がいい加減な感じになったような気がします。
たしか、ここでも小太刀さんの恋愛トークがメインだったような……。
あんまり記憶がしっかりしていない私でしたが、
唯一、喜一さんと千葉のソープ街へ行く約束を交わしたことだけは覚えています。



喜一さんも翌朝からお忙しいということでその日は23時台で帰り、
25時過ぎには自宅に着きました。
いつもならここで気持ちよく寝るところなのですが、
そういえば先日、中学校時代の友人から飲みに誘われたけど断ったことを思い出し
(というか、この友人たちからはしょっちゅう誘われるけど、
いつも私のほうでお断りすることばかりなのです)、
それじゃあ今夜は私のほうから誘ってみようかと思い立ったが吉日、
電話したらバイト明けの疲れた中、駅前の居酒屋まで集まってくれました。

もうこの時点で、ある程度私は酔っ払っているので、
旧友2人と話した内容も、あんまりよく覚えていません。
お酒を飲むと私はすっかり心を許してしまうので、
普段なら誰にも言わない私の家庭事情を話したりなどしてしまいました。
相手に引かれなければ、なんでもOK!

その居酒屋でも勢いを変えず飲んでしまったからなのか、
居酒屋のトイレで少し戻してしまいました。
たしかに最近、急にお酒が弱くなったので、
「あ〜、きっと飲む会合が減ったからかな〜」と思っていたのですが、
自分のペースで飲んでて戻しちゃうっていうのは、少しショックでした……。

でも一度戻してしまったら、あとはすっかり気分が楽になって、
近くのカラオケで『邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド編)』などを熱唱しました。

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というわけで、新年らしいことも何一つなく終わった徳武会新年会、
さらに、地元での実に意味なき深夜飲み会という二本立てでお送りしましたが、
いかがでしたでしょうか。

私の友人知人、あるいは私に興味を持つ人以外が読んだら
「なんのこっちゃ」という内容の日記でしたが、
まあ、ブログってそんなものよね。

とりあえず目の前の課題を一つ一つ片付けつつ、
というか、それしか考えないで生きていこうという毎日。
明日を生きなければ、明後日はないのだ。
明後日の心配をする前に、明日を悔いなく生きよう。
……という教訓めいたことを書いて、今日のブログはお開きです。
posted at 23:59 | Comment(0) | 白黒日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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