2010年08月10日

カンコンキンシター24 『クドい!』 〜海の世界で肺呼吸〜


今夜は、関根勤さんが座長を務める
「カンコンキンシアター24 『クドい!』 〜海の世界で肺呼吸〜」
を観てきました。
楽しみすぎて、開場10分前に会場の東京グローブ座に到着。

kankonkin10_01.JPG

この舞台には、関根さんをはじめ、
ラッキィ池田さん、キャイ〜ンさん、ずんさん、
エネルギーさん、イワイガワさん、関根麻里さんなどが出演。

20を超える数のナンセンス・コントが
3時間半を丸々使い切って(途中15分間の休憩を挟む)展開され、
濃厚なカンコンキン・ワールドを思う存分楽しみました。
笑いすぎて肺呼吸困難なほど。
ものすごくエネルギッシュな時間を過ごしました。

どのコントも最高にくだらなくて爆笑したのですが、
覚えているコントの内容を以下に羅列します(順不同)。
※完璧なネタバレです。未見の方は絶対に読まないで下さい!



★開演前アナウンス
関根座長による開演前アナウンス。
もはや注意事項なんて言っていたのかどうか覚えていない(笑)。
時事ネタがふんだんに使われ、鋭い笑いでした。

★チンゲレラ
童話『シンデレラ』の「ガラス靴の履き主を探す部分」のパロディー。
玉の輿を待ち望む女性のもとに、
「ガラス靴の履き主」を探しに来た
郷ひろみ(関根座長)と野口五郎(ラッキィ池田)がやってくる。
「ガラスの靴とともに、一本の“チン毛”が落ちていた」
と語る郷ひろみ&野口五郎。
「私には“チン毛”なんか生えてません!」と言う女性。
最終的には、LEDで「チン毛Tバック」が光る――というコントでした。
意味不明ですか!?(笑)
個人的には、今日1,2を争うお気に入りコントでした!

★森元首相あいさつ
文字の通りです。
次男(天野ひろゆきさん)も出てきます。

★アマンダ相談室
アマンダのもとに、エネルギー森さんや菅直人が個別相談にやってきます。
でまあ、最終的にはアマンダによる水着ダンス!
簡易版リオのカーニヴァル。
さらに、変態オヤジ(西田たか子さん)がアマンダの生尻を揉んで
「いい尻してんなぁ〜!!」と言って、オチるという(苦笑)。
これがコントとコント合間のつなぎ寸劇を担っていました。

★ニセキャイ〜ン&本物キャイ〜ン
ニセキャイ〜ン(ウド鈴木さん:関根座長)のミニ漫才コントの後、
本物キャイ〜ンのお二人が本寸法で漫才。
いやあ、素晴らしく面白い漫才でした!

★ウドVS林間学校
林間学校で野外キャンプにやってきた
緑ジャージの教師(ウドさん)と、
女子たち(ずん飯尾さん、他女性キャスト)。
ウドさんの発言を、女子たちがいちいちいやらしく受け取り、
「先生!いやらしい!」+「精神的にキツい罵声」を浴びせます。
「緑のメガネサル」「山形帰れ」などなど。
ウドさんがツッコミ役というのが新鮮で、そのツッコミ方にも爆笑。

★密着ドキュメンタリー
密着ドキュメンタリー番組のディレクター(ずん飯尾さん)のもとに、
浜田ブリトニー(関根座長)と
そのマネージャー(エネルギー平子さん)が登場。
関根ブリトニー、「パコる」という性的発言を連発!
マネージャーが戒めのために、ブリトニーのつけまつ毛を取る。
つけまつ毛を取るたびに凶暴オヤジ化するブリトニー。

★経済番組
経済番組のゲストとして、謎の経済評論家(関根座長)が登場。
日本経済の話のはずが、
「人類は天文学的な確率でこの世に生まれてきた」
「(女性アナウンサーに対して)
 あなたは父親の精子が母親の卵子に飛び込んだおかげで生まれてきた」
「卵子がなくても精子は飛び込んできた」などのトークの後、
「人類はイルカに謝らなければならない」などやや哲学的な話題へ。
女性アナウンサーの注意を無視して、暴走し始めます。
最終的には、イルカ隊(はっぱ隊の「はっぱ」の部分がイルカのミニチュア)
が登場してきて、女性アナウンサーに対して、関根座長と集団セクハラ。
これも最高に面白いコントでした!

★休憩明けトーク
15分間の休憩明け、関根座長によるスタンダップ・トーク。
海老蔵・麻央結婚式の話、三田佳子さんの話、
先週土曜にカンコンキンを観に来たカップルの話
(『チンゲレラ』のコントが終わるや否や、
 女性のほうが劇場を出ていってしまった!)
など、テレビでは話せないような“裏・関根”トークがふんだんに。
そのまま、関根座長の司会進行でショートコントが始まります……。

★ミス御柱
長野県で7年に1度だけ開かれるお祭り「御柱(おんばしら)祭り」。
「ミス御柱」として、今井久美子さん?が
超巨大な御柱の頂点に座って、一言二言、甘くささやきます。
御柱を脇から支えるのは、ふんどし姿の男性キャスト陣。
関根座長「このふんどし姿は、女性客のみなさんへのサービスです。
 たまに男性でも喜ぶ方がいますが……」
と、水野晴郎先生トークへ(笑)。

★イワイガワ・ジョニ男の大喜利番組
小堺一機さんの自宅を出入り禁止となった、
イワイガワ・岩井ジョニ男さんによる、世界一いい加減な大喜利番組。
回答者はイワイガワ井川さん、
エネルギー森さん、キャイ〜ン・ウドさん。
「謎かけ」のコーナーでは、
回答者「○○とかけて〜、××と解きます」の直後に
ジョニ男さん「しかし?」と聞き返すなど、とにかく超キテレツ司会!
(「キテレツ」って死語か……?)

★ウンコチンチン
木村カエラの「リンガディンドン」の替え歌で、
偽カエラ(ラッキィ池田さん)と偽ラッシャー木村さんが
「ウンコチンチン」と歌い(「チンコウンチン」だったか?)、
会場、笑いながらも明らかにドン引きというコント。
ラッキィ池田さんのハイパー下ネタキャラが格好よかったです。

★みんなの農園
週末農園で、一人作業をする神経質そうな女性。
どうやら男性恐怖症のよう。
そこに、若い女性(関根麻里さん)が今日から週末農園に参加してきます。
「彼氏は?」
「先週、別れました。それで週末空いちゃって、
 週末農園に参加することにしたんです」
といったやり取りの後、
関根麻里さんに尻を触らせる、逆に麻里さんの尻の写真を撮る、
身体と身体をスキンシップさせて感じる――というレズ・コントへ。

★キッチン小ジロー
お客さん(ずん・やすさん)が一人でレストランに入ってきます。
「あ、ここがキッチンジローか」
しかし、入って女性店員(アマンダ)の接客を受けていると
「いらっしゃいませ、キッ“チンコ”ジローへ!」
「サービスのチン汁は、いかがいたしますか?」
「チンポイントカードはお持ちですか?」
などと言い間違えているのに気が付く。
「失礼だ!」と店長(ラッキィ池田さん)を呼ぶが、店長も同様に発言。
「この店は、キッチンジローから独立したお店なんです」
最終的には、再びアマンダのカーニヴァル・ダンスへ(笑)。

★ウドVS卒業旅行
「ウドVS林間学校」の卒業旅行バージョン。
見送りに、校長(作家の有川周一さん)が挨拶しにやってきますが、
突然、心臓麻痺で倒れてしまう。
そこに現れた頭のおかしなウド先生。ここからウドさんの独壇場!
ウドさんではなかなかラチがあかない。校長先生も助からない。
そこに、ステージの奥から声が。
「私が治しましょう!」と、佐良直美さんの扮装で関根座長が登場。
「性別関係なく、身近な人を愛しましょう〜!!」と
『世界は二人のために』を全員合唱。

そのまま、
「今日はありがとうございました〜」と終演。
……と思いきや、関根座長「こんなんで終われるか!!」。
天野さん「客席からものすごい『え〜』の声が上がってましたよ(笑)」。
そして、終演時間
(東京グローブ座の意向で、
 公演は22時00分までには絶対に終わらないといけない)
を気にしつつ、毎回恒例の『お白洲』のコーナーへ。

★お白洲
キャストの暴露話を関根座長が連発する『お白洲』コーナー。
終演時間を気にしつつも、
イワイガワ・ジョニ男さんが
小堺さんの自宅を出入り禁止になったエピソード、
エネルギー森さんがアマンダに対して
「嵐のライブチケット取って置くよ」と
言ったのは口先だけだったというエピソードなどが暴露される。
「時間ギリギリ」のタイマーが鳴って、
最後はやっぱりカーニヴァル・ダンス(笑)。

★アンコール
アンコールも関根座長、口早で。
「22時を1秒でも過ぎると来年貸してくれないので……」
と言いつつも、ちゃっかりアンコールは2回。素晴らしい!



……というわけで、長々と公演内容を書いてきましたが、
やはりものすごく面白くて濃い『カンコンキンシアター』でした。

関根座長が休憩明けのソロ・トークで
「今年初めて、稽古中に『俺、何やってるんだろ…』と冷静になった。
 若いころは、
 カンコンキンが『放浪記』と同レベルの素晴らしい作品だと思ってた」
と語ってらっしゃったのが、とても印象的でした。
私はまだ若いから、そんな気持ちでいいのかな……?

下ネタ満載、エロダンス満載、性の壁を越えたネタ満載、
芸能人ネタ満載、毒舌満載、総合的にザ・ナンセンス・ワールド。
カンコンキンの客すら引かせるネタもありました。
非常識すら超越した最高のコント・ステージ。
私にとっては、
夢のような(でも、かなりエネルギーを消費したように感じる)
3時間半でした。
やっぱりカンコンキンはすごい! 関根勤(カンコンキン)はすごい!

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(上)公演パンフレットとクリアファイル
posted at 23:59 | Comment(0) | 演劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2010年08月09日

陽気で哀しいラジオ番組の最終回 『今宵、フィッツジェラルド劇場で』


今日は、TSUTAYAで借りたアメリカ映画
『今宵、フィッツジェラルド劇場で』(2006年)を観ました。
先日このブログで取り上げた『バード★シット』の監督、
ロバート・アルトマン監督の遺作です。

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物語のあらすじはこんな感じ。

今夜は、30数年続いてきたラジオショー番組の最終回。
ラジオ局が大手企業に買収され、局の閉鎖が決まったのだ。
番組収録会場の「フィッツジェラルド劇場」も今夜で取り壊し。
しかし、ベテランのキャストたちはいつものように楽屋入りし、
慣れた様子でメイクをして、そのままショーの本番へ。
公開収録の観客たちには「今夜が最終回」ということを告げずに、
ショーはいつものように進行していく。

そこに現れた、白い服を着たブロンドの女性。
彼女は、まるで“幽霊”のように劇場内を静かに動き回っている。
警備員・ガイ(ケヴィン・クライン)によれば
その女性は「局閉鎖」を阻止する可能性を持つ女性とのこと。
もしや、ラジオ局買収を狙っている別の企業の幹部か……?
そして、いつものようにショーが進行していく中で、
突然、“事件”が起きる。
しかし、収録中に“事件”が起きても、ショーは続行される……。



――この『今宵、フィッツジェラルド劇場で』は、
ラジオショー番組の裏側を取り扱う「バックステージもの」。
私はこの「バックステージもの」が大好きで、
かつて『メガ☆ラジLIVE』第一幕でも
そんな形式のお芝居をやりました。
この映画では、ショービジネスに携わる者にとって、
心が揺さぶられるような、ある種の「あるあるネタ」が満載です。

★今夜が「最終回」だと観客に伝えるべきか?
 ⇒「リスナーのために伝えるべき」と主張する女性歌手。
 ⇒「最後まで陽気にやるのがプロだ」と主張するアナウンサー。

★卑猥な歌は許されるか?
 ⇒「下品な歌を唄うのはやめろ!」と怒るプロデューサー。
 ⇒「最終回だから思い切ってやっちゃえ!」と唄うカントリー歌手コンビ。
 (動画はこちら

★歌詞カードを忘れた時はどうする?
 ⇒歌詞カードを持ってくるのを忘れて、舞台に上がった新人歌手。

★残り時間をどう調整するべき?
 ⇒このままでは、収録時間を6分間余らして番組が終わってしまう。
 ⇒ストップできない公開収録。さてどうする?

……などなど、業界「あるあるネタ」のオンパレード。
私は『せいけいちゃんねる』で生放送に携わっているので、
余計にこの映画を親身な作品に感じているのかもしれません。
でも、この映画は決して「あるあるネタ」を伝えたいわけじゃなくて
ショービジネスが抱え込む悲哀を、
ラジオショー番組という形式を通して陽気に伝えています。
たとえば陽気な歌だったり、陽気なおしゃべりだったりで……。

と同時に、少し「怖い」と思わせられる演出もあり、
「バックステージもの」を超越した素晴らしい作品だといえるでしょう。
「傑作!」とか「名作!」とかいう称号をあまりに多用しすぎると
信憑性がなくなってしまうので今回は我慢しておきますが、
とにかくこの映画は大変に感動させられる
(ボロ泣きさせられる、という意味じゃなくてね)作品でした。



そして、この映画はキャストも豪華。
姉妹の女性歌手コンビ、姉役にメリル・ストリープ。
妹役にリリー・トムリン(アメリカを代表するコメディエンヌ)。
メリル・ストリープの娘役にリンジー・ローハン。
アナウンサー役に、実際の番組司会者、ギャリソン・キーラー。
番組の警備員(=裏プロデューサー)役にケヴィン・クライン。
番組タイムキーパー役にマヤ・ラドルフ(元『SNL』レギュラー)。
ラジオ局を買収する企業の幹部役にトミー・リー・ジョーンズ。
彼らが、陽気だけど哀しいラジオショーの関係者を演じています。

冒頭に書きましたが、この映画はロバート・アルトマン監督の遺作。
調べてみると、監督はたくさんの作品を撮ってるんですねえ。
映画のみならず、テレビドラマなんかの演出も。
アメリカでは最も尊敬されている映画監督の一人なのだそうです。
アルトマン監督がこの映画のラストで描いたシーンは、
ある意味、彼の「ラストシーン」にふさわしい場面だといえるでしょう。

いずれにせよ、この映画はとても面白いのでオススメです。
特に、放送系のサークルで番組を制作している人なんかは、
観ていてものすごく多様な感情を抱くことでしょう。
――もちろんそれ以外の人、
「仲間」を持つ人ならすべての人が楽しめる映画だと思います。
機会があれば、ぜひ一度観てみてください。


posted at 03:08 | Comment(0) | 映画・TV | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |

2010年08月08日

秋葉原事件 初公判を受けて : 加藤被告が選んだ「アピール」


相変わらず私は社会派を気取るつもりはないし、
偉そうなこと言えた立場じゃないけど、
いわゆる「秋葉原事件」(2008年6月)について思ったことを、少しだけ。


「アピール」発言が意味するもの

先月27日、加藤智大被告の初公判が行われました。
初公判で、加藤被告が多用したのが「アピール」という言葉です。
自分は他者に上手く言葉で「アピール」することができず、
どうしても行動でもって「アピール」するしかない。
事件もその「アピール」の一環だというわけです。

私は、加藤被告のやったこと
(トラックで人をはね、さらに車から降りて人々を次々と刺したことです)
は断じて許されることではないと思うし、怒りを覚えます。
しかし、それと同時に、彼の言っていることがある程度理解できてしまう。
先日、報道番組の記者が、加藤被告の「アピール」という発言について
「彼が言っていることは嘘だと思う」
と述べていましたが、私はそうでもないんじゃないかと考えています。

彼が「アピール」せねばならない状況に追い詰められたというのは、
私は理解できるし、半分納得できる。
自分の置かれた状況や、周囲の人間からの振る舞い。
たとえば、派遣先の上司から「派遣のくせに」と言われた。
ネットの掲示板に「なりすまし」が現れ、逆に自分はニセモノ扱いされた。
それらは、≪加害者≫(便宜上、ここではそう書かせてもらいます)
の立場からすれば軽微な行為、言動だったかもしれません。
しかし、≪被害者≫である加藤被告にとってそれは、
精神的にかなり大きな問題だった。
「自分にとって、それは実は大きな問題なんだよ!」
というのを、彼は、彼の知る社会に「アピール」せざるを得ない状況に
追い詰められたのではないかと思うわけです。


事件の「引き金」は?

だけど、他人から馬鹿にされたり、
インターネット上で自分の存在が軽んじられたり、
そういうことは他の誰にもあり得る話です。
それなのに、99.999999999……%の人は事件を起こしたりしません。
なぜ、加藤被告の場合、それは精神的に大きな問題だったのか。

先述した報道番組では、
子ども時代の加藤被告と母親の関係性に問題があったと
大きく着目していました。
幼少時代、食事を残すと、残りの食事をチラシの上にぶちまけられ、
「それを食べろ」と命令された。
1回泣くごとにカードに「スタンプ」が押され、
それが10個集まると、屋根裏部屋に閉じ込められた。
常識的に考えて、これは「しつけ」ではなく「虐待」に近いものです。
たしかに、教育は人間の根幹であり
(上記の「しつけ」が教育に当てはまるかという問題は残りますが)、
これらの体験が加藤被告の人格形成に影響した可能性は十分考えられます。
しかし、はたして母親との関係性が事件の引き金だったのか。

私は違うと思います。
私は加藤被告の母親はかばうつもりは一切ありませんが、
彼が事件を起こしたきっかけとして
この児童時の体験が引き金になったわけではないと思っています。
話は繰り返しになるのですが、加藤被告は
「君たち(上司やネットの住民たち)は
 軽いことだと考えているかもしれないけど、
 俺にとってはこんなに重大な問題なんだ!」
という「アピール」をしなければ、
精神としての彼自身が報われない状況に
追い詰められていたのではないでしょうか。


究極の「アピール」手段

最も重い意味を持たせることができる「アピール」方法は、「死」です。
中国王朝で、役人による「抗議の自殺」が流行したように、
「死」という手段を選ぶのが、
究極的な「アピール」の仕方だといえます。
加藤被告は、事件を起こす少し前、
一人暮らしをやめて母親と共同生活をしていましたが、
その直前に自殺を図り、失敗しています。
「死」という手段を眼中に入れ、
「自殺」か「他殺」かという選択をする必要に迫られた時、
彼は一度は「自殺」を試みた。しかし、上手くいかなかった。
そこで今度は「自己再生」としての母親との共同生活を試みたが、
これも「両親の離婚」という形で彼は挫折を余儀なくされた。
そんな加藤被告が次に試さざるを得なかったのが、
「他殺」という選択肢だったのではないでしょうか。

もちろん、「他殺」それ自体は断じて許されることではなく、
「試す」という表現で「他殺」を取り上げていいのかという
筆者である私自身の問題点はありますが、
とにかく彼は、「自殺」でもなく「自己再生」でもない
「他殺」という「アピール」を
しなければならない段階を迎えたが故に、
秋葉原での無差別殺傷事件を引き起こしたのだと思います。

これは完全な独りよがりの発想で、
自分自身の「アピール」を果たすことで、無関係な人々が何人も死ぬ、
これから先の人生を奪われるということの重大性を想像していません。
究極の「アピール」手段としての「死」を選択することで
「思考停止」の状態に陥り、その状態に精神的安定を求めたといえます。


容疑者の特殊性と社会システム性

皮肉なことですが、「秋葉原事件」以降、
派遣労働者の問題が大きく取り沙汰されるようになりました。
加藤被告が事件を引き起こしたのも、
この「派遣」の問題が原因だと、当初から考えられてきました。

私は、すべての事件には2つの側面があるだろうと考えます。
一つは、「この人間だから事件を起こしたんだ」という、
容疑者の特殊性。
もう一つは、「こういう社会環境だから事件が起きたんだ」という、
社会システム性。
この2つは、切っても切り離せない関係にあります。
複雑に、かつ強固に絡み合っています。
ただ、社会システム性が
容疑者の特殊性を形成する大きな要因に成り得るのは事実です。

幼少時代、食べ残した料理をチラシの上にぶちまけられたり、
派遣先でツナギを隠されたり、上司から罵倒されたり、
ネット上の掲示板に自分の「なりすまし」が登場し、
自分はニセモノ扱いされる。
その過程を経て、最終的に秋葉原で他人を殺す。
そんな人間はそうそういません。そういう意味で、加藤被告は特殊です。
しかし、それは当たり前のことで、
「加藤智大」という人生を歩んだのは彼一人しかいないわけですから、
それが特殊性を持つことは当然のことといえます。
しかし、これをさらに普遍化させていって、
幼少時代に厳しい「しつけ」を受けたり、派遣社員として働いていたり、
インターネット上の掲示板に依存する――という状況に捉え直してみた時、
このうちのどれか一つにでも自分が当てはまる、
という人は決して少なくないはずです。
そういう意味では、
社会システムそのものに問題があるという考え方もできます。


再発を防ぐために

だからこそ大切なのは、加藤被告の特殊性に着目しすぎるのではなく
彼の置かれた環境や状況を十分に理解し、
それ自体が珍しい環境や状況ではないことを認識することです。
そうしないと問題は何も解決されず、
最悪の場合、同じような事件が再び発生しかねない。
今回の場合、まず初めに具体的な問題点が露呈されたのが
「派遣労働」という、
場所によっては違法性すら持つ環境であり、制度でした。
「派遣」の問題という社会システムの側面を改善することによって、
容疑者が事件を起こすに至る特殊性を無効化、
つまり、事件を未然に防ぐことができるはずです。

ただし、社会システムを整備するだけで
事件が起きる可能性がなくなるわけでもない。
この点が非常に悩ましい点なのですが、
これは社会が個別に一人ひとりの人間と向き合っていくほかないと思います。
その具体策としては色々案があるでしょうから、それはまた別の機会に……。
ともかく、社会全体が介入可能なのは社会システム性のみだといえます。
個人の特殊性に介入するためには、制度変更だけでは追いつけません。
それはまさに個人の精神の問題であり、
制度を変えてどうこう解決する問題でもありません。


彼自身の口から

加藤被告が初公判で本当のことを言ったのか、
それとも嘘をついているのか私にはわかりませんが、
彼の示した「アピールのため事件を起こした」という思考展開が、
私自身に妙な納得感を与えたのは事実です。
だからといって彼の犯罪は絶対に正当化され得ないし、
ものすごく個人的なことを書けば、
私は彼にふさわしい刑罰は死刑だけだろうと思っています。
しかし、だからこそ私は彼が生きているうちに、
事件の真の動機を、彼自身の口から聞いておきたい。

おそらく今年9月には、
再び公判で加藤被告に発言の機会が与えられるはずです。
何が「真実」なのか。
私たちはそれを聞きとっていかなければなりません。
posted at 06:40 | Comment(4) | 社会・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする |
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