2016年08月19日

歌丸の生まれ育った横浜で… 『笑点 放送50周年特別記念展』


先日、横浜高島屋ギャラリーで開催された
『笑点 放送50周年特別記念展』へ行ってきました。

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1階の正面口では、
歌丸師匠がビデオメッセージでお出迎え。

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8階のギャラリーに入ると、
これまでの演芸コーナー出演者を一覧したパネルが。
(※このエリアは写真撮影禁止。)

三笑亭夢太師匠のお名前が
「三笑亭夢太」とされているのは誤植だろうか……。



そして、歌丸時代の大喜利メンバーが登場!

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たい平師匠 & 山田隆夫さん

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昇太師匠 & 円楽師匠

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好楽師匠 & 木久扇師匠

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歌丸師匠 & 小遊三師匠

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さらに、巨大歌丸人形(2013年完成)が
歌丸師匠の地元・横浜に降臨!

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横顔はこんな感じになっております。

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材質(?)はこんな感じになっております。

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歌丸師匠の回答者時代のお着物も展示。

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このほか、過去の大喜利映像を上映するブースなどもあり、
大勢のお客さんが笑い声を上げておりました。



物販コーナー「笑点商店」。

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このような商品が販売されておりました。

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メンバーカラーを彩った「今治マフラー」も。
三平師匠のカラー:丁子色が早くも用意されておりました。



帰り際には歴代司会者がお見送り。
左から歌丸、5代目圓楽、三波伸介、前田武彦、談志 (敬称略)

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昇太師匠が6代目司会者に就任し、
51年目を迎えた演芸ドキュメンタリー番組『笑点』。

日曜夕方5時半がますます見逃せません!

(日曜夕方5時25分〜 『もう笑点』
 水曜ヨル9時〜 BS日テレ『笑点特大号』もお忘れなく……。)

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2016年08月13日

噺家生活65周年! “蘇生”を繰り返す歌丸の『江島屋怪談』


今日は、国立演芸場 8月中席 へ行ってきました。
主任は、桂歌丸師匠。

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 <本日の番組>

開口一番:(前座) 古今亭今いち 『初天神』
歌謡漫談:東京ボーイズ
落語:(交互) 春風亭柳若 『殿様団子』
落語:(交互) 桂歌助 『代り目』
落語:(交互) 桂歌春 『たがや』
落語:(交互) 春風亭昇太 『リストラの宴』

 〜仲入り〜

座談:歌丸 円楽 歌春 昇太 まねき猫
落語:(交互) 三遊亭円楽 『欠伸指南』
動物ものまね:江戸家まねき猫
落語:(主任) 桂歌丸 『鏡ヶ池操松影より 江島屋怪談』



★今いち 『初天神』
開口一番は今輔門下の今いちさん。
芸名を名乗って笑いを獲り、「今が私のピークです」。
新作風味が随所で滲む『初天神』を飴→団子まで。

★東京ボーイズ
謎かけ(錦織→内村→ゲスの極み→EUなど)を経て、
「海の歌」「長良川の歌」などの自作曲コーナー。
そして、鉄板の『ラブユー東京』『よせばいいのに』
『長崎は今日も〜』『中の島ブルース』で大フィナーレ。

★柳若 『殿様団子』
「座布団の向こうが全員年上のこともある」と話し、
敬老会のマクラを経て『殿様団子』に入る。
柳若版はマジメな表情で狼狽する“町人”が可笑しい。

★歌助 『代り目』
娘の小噺(「キティ」「稲」)で笑いを得ると、
「幸いにも所帯を持てた」という流れから『代り目』。
“女房”は俥賃をそれなりに時間をかけて手渡した。

★歌春 『たがや』
歌丸一門の出番が続く。
「寄席のシルバーシート」「新国劇の掛け声」などの
マクラを経て、当代円楽師匠も登場する『たがや』へ。
三両一分の解説があったり、結構グロテスクだったり。

★昇太 『リストラの宴』
「富山の志の輔」「静岡の昇太」のネタで爆笑を掴み、
「銅メダルだってすごいじゃないか!」と叫ぶ。
どんな仕事も大変ということで、爆笑『リストラの宴』。
時に座布団を飛び出して笑わせ、年齢を感じさせない。

★座談 -歌丸師を囲んで-
下手からまねき猫(司会)、昇太、歌丸、歌春、円楽。
「本日が70代最後の高座。人生最後ではない」(歌春)。
「噺を教えて。亡くなったらDVDで勉強します」(円楽)。
それぞれが温かみのあるブラックジョークを連発する。
壮絶な病歴(S字結腸など)のお話を伺えば伺うほど、
この師匠は「落語の神様」に生かされているのだと痛感。

★円楽 『欠伸指南』
ゲートボールとの関わりを談志師匠のマネを交えて。
習い事も大切ということで、「喧嘩指南」ののち、
間合いも所作も実に達者な『欠伸指南』を聴かせる。
「つまらない芸人が出た時? それだけは教えられない」。

★まねき猫
挨拶代わりに鶏の鳴きマネ(♂・♀)を披露してから、
“猫八ファミリー”の『チキンソング』をアカペラで歌唱。
持ち時間一杯だったが、「猫のさかり声」を押し込んだ。

★歌丸 『鏡ヶ池操松影より 江島屋怪談』
最高体重50kg、現在36kgの歌丸師匠(釈台なし)。
「小太りぐらいがいいが、ものには限度ある。
 さっきの“猫”はどこの“部屋”から来たんだと思った」。
今や通じなくなった言葉として「イカモノ」に触れ、
江戸時代には粗悪品の友禅も売られていたと解説する。
他の演者の『江島屋』とは異なり、前日潭のくだりを
削除した歌丸師匠の“編集”は見事としか言いようがない。
“老婆”は実に怖ろしく、“金兵衛”は実に小心者――。
照明も効果的に働き、気迫満点、極上の怪談噺となった。



――「桂歌丸噺家生活六十五周年記念公演」と冠せられた今席。
本日は、五代目圓楽一門会から円楽師匠がゲスト出演しました。
仲入り後の座談会では、幻に終わった「横浜年越し公演」や
入院時の看護師とのエピソードが歌丸師匠ご本人の口から語られ、
例年4・8月の興行以上に「プレミアム感」のある興行となりました。

わずか10日前までは「固形物を食べられなかった」(歌春師匠)
ことを考えれば、いくらこの興行への思い入れが強いとはいえ、
歌丸師匠の「蘇生」(円楽師匠)は奇跡的だと言わざるを得ません。
満身創痍でありながらますます精力的に高座を勤める師匠は、
「落語の神様」によって生かされている選ばれし存在なのでしょう。

三遊亭圓朝作『江島屋怪談』を語った歌丸師匠の本日の高座は、
勢いのあるものの方がいい。枯れた芸なんぞなりたくない」と
常々述べてこられた歌丸師匠らしい、気迫のこもった高座でした。
――というかここ数年、年を経れば年を経るほどに
歌丸師匠の「圓朝噺」は凄味を増しているような気がしてならない。


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2016年05月26日

人生は“捉えどころ”のないエピソード集 『ヘイル、シーザー!』


先日、TOHOシネマズ川崎で
映画『ヘイル、シーザー!』を観ました。

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 <あらすじ>
時は1950年代。
ハリウッドにある大手映画会社「キャピトル・ピクチャーズ」では、
「何でも屋」のエディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)が
撮影所で起こるトラブルや映画スターたちの面倒事を解決していた。
大作映画「ヘイル、シーザー!」を撮影していたある時、
主演のウィットロック(ジョージ・クルーニー)が何者かに誘拐される。

 (以下はネタバレを含みます!)



コーエン兄弟監督のユニークなコメディ作品群を愛する私にとって、
『ヘイル、シーザー!』はとびっきり贅沢な一本となりました。
1950年代のハリウッドを舞台にした映画讃歌ということで
様々なジャンルの映画が劇中劇としてパロディ化されているのです。
劇中劇がスタンダードサイズ(4:3)で映し出される演出もお洒落だし、
さながらコーエン兄弟版『キネマの天地』といった趣きですね。

人魚姿のスカーレット・ヨハンソンが魅せる壮麗な水中レビューは
バークレー・スタイルやエスター・ウィリアムズを彷彿とさせ、
チャニング・テイタムの肉体派ダンスはジーン・ケリーを想起させる。
古代ローマ軍や「歌うカウボーイ」が登場するところをみると、
やはり映画にオマージュを捧げてきたメル・ブルックス監督の作品
(とりわけ『珍説世界史PARTT』)を思い起こさずにはいられません。



本作では、「キャピトル・ピクチャーズ」の映画スターたちが
自分の演じる役柄と同じような行動をとっているのも印象的です。
ホビー・ドイルは西部劇よろしくウィットロックを取り戻しに向かい、
ミュージカルで水兵を演じたバーニーは潜水艦に乗ってソ連に亡命し、
人魚に扮していたディアナは極めて「陸地的な」男性と恋に落ち、
ウィットロックはローマ将軍と同じく戦地(スタジオ)へ戻りました。

人は往々にして、現実ではなく「作りもの」から安らぎを得るもの。
「神の子」に現実性を与える行為が嫌がられるのもそのためです。
(本作の冒頭でキリストの磔刑像は大写しになりましたが、
 「ヘイル、シーザー!」内でキリストの顔は映されませんでしたね。)
自分が演じる人物のような行動をとってしまう映画スターを通して、
本作は、「作りもの」が現実を凌駕する世界を美化しているのです。



もっとも、本作からは「映画愛」以上に「人間愛」が伝わってきます。
これまでコーエン兄弟は、人間に運命付けられた不条理を
シニカルな笑いにして表現することが多かったように思われますが、
本作では「不条理」のポジティブ面をだいぶストレートに表しています。
人間の弱さや愚かさ、小ささを温かく見守っているこの作品は、
アホらしさやマヌケさを肯定する「優しい」作品だといえるでしょう。

だからこそ本作では、彼らの作品にしては珍しく誰も死にません。
死にそうになる女性はいるけれど、犬一匹さえ本編では死にません。
その代わり、すべての人に毎日、始まりと終わりの物語があること、
非凡こそ平凡であり、平凡こそ非凡であることが明示されています。
ハリウッドスターの誘拐事件さえも日常の一コマとして描き、
人生が個々のエピソードの積み重ねであることを唆しているのです。

人生が結局は「捉えどころ」のないエピソード集だということは、
エピソードの良し悪しを人間が客観的に断定し得ない以上、
この世に〈客観的な意味で〉完璧な人間は存在しないということです。
人はそれぞれ自分なりに苦しみ、楽しみ、悲しみ、喜んでいる。
その人がその人なりに人生を歩んだ上で判断したことならば、
それはそれですべて「正しい」ことなのだと思うようにしましょうか――。

 「しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない。」
(ルカによる福音書10章42節)



 <ところで>
チャニング・テイタムがタップを踏む劇中劇のミュージカルは、
この時代の名作ミュージカルのエッセンスを随所にちりばめています。

ところで……
3ショットのダンスシーンでテイタムの左隣に立っているのは誰なのか。

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おそらくはクリフトン・サミュエルズ(Clifton Samuels)、
あるいはコリン・ブラッドベリ(Colin Bradbury)だと思うのですが、
如何せん2人の顔立ちが似すぎていて区別がつかない!

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別のシーンではどちらがどちらなのか判別できたのですが……
情報をお持ちの方がいたらコメント欄までご一報くださると幸いです。



 <おまけに>
映画の前売特典として、『ファーゴ』のポストカードが付いてきました!
このキャラクターは大好きなキャラクターなので嬉しかったです。

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